守る力と、守りすぎた男
私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。
人にはそれぞれ、“守るべきもの”がある。
私にもある。
それが何かは、今はまだ、はっきりしない。
(たぶんゴジラだ)
さて、その西さん。
今日はなぜかやたらと周囲を気にしている。
デスクの上には、やたらと多い付箋。
パソコンには二重ロック。
カバンにはなぜか南京錠。
南さんが不安そうに声をかける。
「西さん……何してるんですか?」
「守っている」
「何をですか」
「全部だ」
(出た、“全部”)
そのとき、小田さんがため息をつく。
「もう無理……」
「どうした」
「仕事でミスしそうで怖くて……何もできなくなってるんです」
(来たな、迷える子羊)
西さんはゆっくり立ち上がる。
「守ろうとしているな」
「はい……でも守れないのが怖くて……」
「なるほど」
西さんは真剣な顔になる。
「守るとは何か、教えよう」
南さんが小声で言う。
「また始まった……」
西さんは左手を上げる。
「セキセイ」
軽く咳。
インちゃん登場。
『マモレ、マモレ』
「うむ」
西さんは机の上のペンを一本持つ。
「これが“守る対象”だとする」
「はい……」
「では守る」
そう言って、西さんは――
ペンをポケットにしまう。
「……え?」
「これで守られた」
「いや使えないじゃないですか!」
「そうだ」
西さんはうなずく。
「守りすぎると、使えなくなる」
「……あ」
小田さんが少しだけ顔を上げる。
「大事なのは」
西さんはペンを取り出す。
「使いながら守ることだ」
「どうやってですか」
「知らん」
「知らんのかい!!」
職場に一瞬、笑いが起きる。
インちゃんが補足する。
『テキトー、テキトー』
「違う、柔軟だ」
そのとき、部長が現れる。
「西江くん」
「はい」
「何をしている」
「教育です」
「そうか」
部長は静かにうなずく。
「では、この重要書類、任せる」
「お任せください」
西さんは書類を受け取る。
表紙には大きく書かれている。
“極秘”
(ほう……守るべきものか)
西さんは深くうなずく。
「任務、了解」
南さんが不安そうに言う。
「西さん、それ本当に大事なやつですよ」
「わかっている」
「絶対守ってくださいね」
「当然だ」
――数分後。
西さんのデスク。
書類は机の上に置かれている。
西さんはじっと見つめる。
(守る……)
そして――
引き出しを開ける。
そこに書類を入れる。
さらに鍵をかける。
さらにガムテープを貼る。
さらに付箋で
「さわるな」
と書く。
「完璧だ」
『ヤリスギ』
「守るとはこういうことだ」
そのとき、小田さんが言う。
「西さん……それ、使えないですよね」
「……あ」
西さんは考える。
「では取り出す」
引き出しを開けようとする。
鍵を探す。
「……鍵がない」
「え?」
「どこだ」
机の上、ポケット、カバン。
ない。
『マモリスギタ』
「しまった……」
南さんが青ざめる。
「西さん、それ提出期限、今日ですよ!?」
「……なるほど」
西さんは冷静にうなずく。
「完全に守られている」
「ダメですそれ!!」
職場がざわつく。
そのとき――
窓をコンコンと叩く音。
全員が振り向く。
そこにはカラス。
「カァー……」
一拍おいて、
「アホー、アホー」
「……今じゃない」
しかし、その一瞬の隙に――
西さんはふと気づく。
「……あ」
ポケットから鍵が出てくる。
「あった」
「最初からそこです!!」
急いで引き出しを開ける。
ガムテープを剥がす。
付箋が大量に剥がれる。
中から書類を取り出す。
「間に合うか……」
南さんが時計を見る。
「あと1分です!」
「走る」
西さんは走り出す。
廊下を全力で。
インちゃんが叫ぶ。
『マモレタ、マモレタ』
「まだだ!!」
――部長室前。
ドアを開ける。
「間に合いました!!」
部長が見る。
「……遅い」
「え?」
「提出は5分前だ」
「……」
沈黙。
西さんは静かにうなずく。
「なるほど」
「何がなるほどだ」
西さんは振り返り、職場のみんなを見る。
そして言う。
「守るとは」
「はい……」
「タイミングも含めて守ることだ」
「最初からそうです!!」
小田さんが思わず笑う。
「……でもなんか、わかりました」
「何がだ」
「守るって、“抱え込むこと”じゃないんですね」
西さんはうなずく。
「そうだ」
『イマイイコトイッタ』
そのときだった。
南さんがぽつりと言う。
「……でも西さん」
「うむ?」
「さっきから、その“極秘書類”」
「何だ」
「ずっと裏表、逆に持ってますよ」
「……何?」
全員の視線が集まる。
そこには――
“社内昼食アンケート”
「……」
沈黙。
部長が静かに言う。
「本物は、さっき私が回収した」
「……」
インちゃんがつぶやく。
『ナニモマモッテナイ』
西さんは遠くを見つめる。
「……なるほど」
「何がですか」
「守るものを、間違えていた」
「深いようで浅いです」
――これが本当の意味での、
守る対象の選定ミスである。




