花粉症とお父さんおパンツ
今日の西さんは、朝から限界である。
目は真っ赤、鼻は完全に蛇口。マスクは三重構造で、もはや防災レベル。
「……今年の花粉は、敵だ」
「毎年言ってますよ」
南さんのツッコミにも力がない。
「いや違う。今年は“人格”がある。しかも執念深い」
「花粉に人格ついたら終わりですよ」
西さんはくしゃみを三連発。
「ハックション!ハックション!ハックション!」
『コンボ、コンボ』
「実況するな」
その後も、
「目がかゆい……これはもう哲学だ……」
「鼻水が意思を持っている……」
と、謎の名言(迷言)を量産。
ついに小田さんがキレる。
「うるさい!!もう医者に行ってください!!」
「……行くか」
(最初から行け)
――その日。
西さんは観念してクリニックへ向かった。
診察室。
医師は落ち着いた表情でカルテを見ている。
「症状は?」
「目と鼻と、あと人生です」
「目と鼻ですね」
「人生も少々」
「……では説明します」
医師はペンを持ち、なぜか少し真剣な顔になる。
「西江さん。花粉症というのはですね――」
「はい」
「思春期の娘さんの感覚で例えると、わかりやすいです」
(嫌な予感しかしない)
「……はい?」
医師は続ける。
「花粉=お父さんのパンツ、です」
「……はい?」
西さんの思考が一瞬止まる。
「つまりですね」
医師は淡々と説明する。
「娘さんにとって、“お父さんのパンツ”は、生理的に受け入れがたい存在です」
「……まあ、そうでしょうね」
「それと同じで、体が花粉を“これは無理だ”と判断する」
「……」
「すると、体は必死に排除しようとします」
「それが」
「鼻水です」
「……なるほど」
「つまり、鼻から出ているものは、“拒絶の意思表示”です」
「だいぶ強烈な例えですね」
医師はさらに畳みかける。
「だから娘さんは言うのです」
間を置いて、
「“お父さんのパンツと一緒に洗濯せんといて”と」
「やめてください」
西さんは真顔で言った。
「診察室で心をえぐらないでください」
医師はうなずく。
「しかし、これが本質です」
「本質がつらい」
「受け入れてください」
「受け入れたくない」
「受け入れた瞬間、少し楽になります」
「いや、それは……」
沈黙。
西さんは天井を見る。
「……つまり私は今、全身で“パンツ拒否”していると」
「そういうことです」
「……帰ります」
「薬出しますね」
診察、終了。
(なんだこの診察は)
――その夜。
西さんはリビングで、ぼんやりしていた。
娘がスマホを見ながら言う。
「パパさー」
「なんだ」
「今日、学校で話題になったんだけど」
「うむ」
「“お父さんのパンツ、一緒に洗うの無理”ってやつ」
「……」
『キタ、キタ』
「やめろ」
娘は続ける。
「みんな言ってたよ。“絶対別で洗ってほしい”って」
「……そうか」
「パパはどう思う?」
西さんはしばらく考える。
そして静かに言う。
「……分けよう」
娘が一瞬驚く。
「え、いいの?」
「人は成長する」
『マタソレ』
その夜、西さんは自室でパンツを見つめていた。
ゴジラ柄。カラフル。やや主張が強い。
「……これが、原因か」
『ゲンイン、ゲンイン』
翌日。
西さんはなぜかスッキリした顔で出社した。
「おはようございます」
南さんが驚く。
「あれ、西さん、今日元気ですね」
「うむ。根本から見直した」
「薬効きました?」
「いや」
西さんは誇らしげに言う。
「パンツを分けた」
「……はい?」
そのとき、小田さんがぽつり。
「……それ関係あります?」
西さんは力強くうなずく。
「ある」
「なぜですか」
「拒絶されない人生が大事だ」
(なんかそれっぽい)
そのときだった。
『ハナミズ、キテル』
インちゃんが言う。
西さん、くしゃみ。
「ハックション!!」
……ズズズ。
鼻水、全開。
南さんが冷静に言う。
「……全然治ってないですね」
「……ああ」
西さんは遠くを見る。
「パンツは分けたが」
「はい」
「花粉は分けられない」
「当たり前です」
西さんは静かにうなずく。
「つまりこれは」
「はい」
「パンツの問題ではなかった」
「最初からそうです」
――その瞬間、娘からLINEが来る。
『パパ、洗濯見たけどさ』
「うむ」
『なんで私の服と“インコの羽”一緒に洗ってるの?』
「……え?」
『無理なんだけど』
『てかそっちのほうが無理なんだけど』
インちゃんが肩でつぶやく。
『ワタシモ、パンツ』
「違う」
――これが本当の意味での、
分けるべきものを間違えた男である。




