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名前の恐怖~フルネームは地雷です~

私は、西江 郁。

周りからは「西さん」と呼ばれている。

なぜか「西江さん」とは呼ばれない。

そして、フルネームで呼ばれることは――断固として避けたい。


理由はよくわからないが、なんとなく“終わる気がする”からだ。


さて、その西さん。

本日は極めて不愉快である。


なぜか。


同じ部署の小田さんが、朝からチークちぱーちく、チークちぱーちく、

もはや小鳥のさえずりを超えて繁殖期の群れレベルで私語をしているのだ。


(ここは注意せねばなるまい。社会人として)


私は一歩前に出る。

そして、なぜか脳内で再生された“ある芸能人風”の口調で――


「おだまり!」


ビシッと決まった。

これは決まった。


……はずだった。


「うっ……」


小田さんの肩が震える。


「え……?」


次の瞬間――


「彼にもフルネームで呼び捨てにされたことがないのにぃぃぃ!!」


(フルネーム!?)


「もう私、お嫁に行けないぃぃぃ!!」


(なぜそこまで!?)


職場が一瞬で凍りつく。

コピー機の音すら気を遣っている。


理解が追いつかない私は、隣の大場さんに助けを求める。


「いや、黙れとは言ったけど、呼び捨てしたつもりはないし……」


すると大場さん、呆れ顔で言う。


「西さん、小田さんのフルネームは“小田真理”なの」


「……はい?」


「彼女、自分の名前、無茶苦茶気にしてるの。知らなかったでしょ。さすがは西さんね」


(何その“さすが”の使い方)


私は茫然とする。


(知らなかったとはいえ……これはまずい)


少し好意を持っていた小田さんに対して、申し訳なさが込み上げる。


思わず私は、ぽつりとつぶやく。


「俺は、大馬鹿よ……」


その瞬間――


「えっ、誰が大馬鹿よ!?」


(早い!)


大場さんが突然キレる。


「西さん、本当に失礼ね!!」


(なぜそっちに刺さる!?)


そう、大場さんの名前は――

大場佳代おおば かよ


(しまった、地雷原だったか……)


職場は一気に修羅場と化す。


小田さんは泣く。

大場さんは怒る。

南さんは遠くで「帰りたい」とつぶやく。


(これはまずい。非常にまずい)


しかし、こんなときに限って――


インちゃんがいない。


(なぜだ。こういう時こそ出るべきだろう)


そのときだった。


コン、コン。


窓を叩く音。


全員の視線が一斉に向く。


そこには――カラス。


「カァー……」


一拍おいて、


「アホー、アホー」


(お前、空気読め)


しかし、その“絶妙に失礼なタイミング”により、

全員の意識が一瞬だけ逸れる。


――その隙を、私は見逃さない。


(今だ)


私は音もなく立ち上がる。


書類を一枚手に取り、

あたかも「もともと外出予定でしたが何か?」という顔で歩き出す。


誰も気づかない。


いや、気づいているかもしれないが、

それどころではない。


私はそのまま、静かにオフィスを脱出した。


エレベーターの中で、私は小さくつぶやく。


「……今日は、インちゃんよりカラちゃんだな」


なぜか満足げにうなずく。


――そのころオフィスでは。


小田さんと大場さんが、ふと我に返る。


「あれ……?」


「……西さんは?」


しばらくの沈黙。


二人は顔を見合わせる。


そして――


「……まあいいか」


「うん……なんか、どうでもよくなってきた」


なぜか急激に冷静になる二人。


その表情は、もはや悟りを開いた菩薩のようであった。


南さんがぽつりと言う。


「……すごいな、西さん」


「何が?」


「問題を起こして、問題ごと消えるっていう新しい解決法……」


――結果的に、場は収まった。


これを“導いた”と言えるのかは不明だが、


少なくとも一つ言えることはある。


西さんは、名前より先に逃げ足が速い。

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