ついている日の定義
今日も西さんは、やたらとご機嫌だ。
機嫌が良すぎて、逆に周囲が不安になるタイプのご機嫌である。
部下の南さんは、先ほどの商談を思い出し、いまだに胃のあたりがキリキリしていた。
(……あれ、本当に成立したの?)
相手は、屁理屈と論点ずらしを生きがいにしている得意先の部長、通称「ひろゆき」(※西課長が勝手に命名)。
普通なら交渉は泥沼化するはずだった。
しかし西さんは違った。
議論の途中でなぜか話題を「ゴジラの社会的意義」にすり替え、
さらに「インコの発言は論破になり得るか」という謎の論点に持ち込み、
最終的に相手はこう言ったのだ。
「……まあ、そこまで言うなら、今回はそれでいいです」
(どこまで言ったの!?)
南さんは今も理解できていない。
一方、西さんはというと――
「ふん♪ ふん♪ ふんふんふ~ん♪」
鼻歌である。しかもリズムが一定ではない。
途中で急にワルツになったり、なぜか演歌調に戻ったりする。
さらにコンビニに立ち寄り、アイスバーを購入。
そして――当たり。
「ほら見て、南くん」
「いや、見てますけど……」
「今日は“流れ”が来てる」
「何の流れですか」
「全体的な」
(全体的って何だよ……)
西さんはスキップ未満、でも明らかに通常歩行ではない動きで進んでいく。
南さんは、その後ろを半ば引きずられるようについていく。
(会社に戻ったら、どう報告するの、これ……)
そのときだった。
「あっ」
西さんが急に声を上げる。
次の瞬間――
左手から、インコが飛び出した。
『フンダ!フンダ!フンダ!』
「インちゃん!?テンション高いな!」
南さんが視線を落とすと――
「あ……」
そこには見事に配置された、犬の落とし物。
そして、西さんの革靴が、それを的確に捕捉していた。
「課長、それ……!」
『フンダァァァァ!』
インちゃんはなぜか実況を始める。
西さんは一瞬だけ静止した。
だが、次の瞬間には満面の笑み。
「なるほどね」
「いや、何がですか!?」
「“ついてる”って、こういうことか」
「違います!!」
しかし悲劇は終わらない。
インちゃんが西さんの肩にとまり――
『ツイテル、ツイテル、ツイテル、ツイテル』
「うるさいうるさい」
そのまま、
ポトッ。
「課長っ!!(二重!?)」
南さんの悲鳴が、午後の街に響く。
しかし西さんは、ゆっくりと振り返ると、
なぜか哲学者のような顔でこう言った。
「南くん」
「はい……」
「運はね、形を選ばないんだよ」
「最悪の形きてますけど!?」
「大事なのは、受け止め方だ」
「いや限度があります!!」
西さんはどよよ~んとした、しかしどこか満足げな笑顔を浮かべる。
「今日もついている」
そしてそのまま、なぜか歩くスピードを上げて去っていった。
足跡を残しながら。
南さんは、その場に取り残される。
しばらく沈黙。
遠ざかる足音。
かすかに聞こえる、
『ツイテル~♪ ツイテル~♪』
南さんは空を見上げた。
そして、静かに、しかし確信を持ってつぶやく。
「……うん、ついてるな」
一拍おいて。
「転職しよう」
その目は、なぜか晴れやかだった。
――まさに、“踏ん切り”がついた瞬間である。
この決断が南さんの人生を大きく変えることになるのだが、
その理由はただ一つ。
次の会社では、「インコが出てくる上司」がいなかったからである。




