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私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。
本日、私は重大な任務を背負っている。
――商談である。
しかも今回は特殊だ。
A社、ランボー部長。
B社、プーさん部長。
(名前だけで胃が痛い)
なぜかそこに、
我が社の逆エリート課長こと私、
中堅の良心・南さん、
新人の圧迫系合理主義者・北井くんが参加する。
開始前から空気が重い。
ランボー部長は腕組み。
「結果がすべてです」
(濃いな)
一方、プーさん部長はニコニコしている。
「まあまあ、仲良くやりましょうよぉ」
(怖いタイプだ)
南さんが小声で言う。
「西さん……」
「なんだ」
「完全に板挟み会議です」
「安心しろ」
「はい?」
「私は慣れている」
(家庭で)
――会議開始。
だが、妙なことが起こる。
ランボー部長が、
「攻めの姿勢が必要です」
と言えば、
プーさん部長が、
「でも優しさも必要ですよぉ」
(真逆だな)
さらに、
「スピード感!」
「慎重さ!」
「削減!」
「満足度!」
(全部ぶつかっている)
北井くんがメモしながらつぶやく。
「……これ、同時成立します?」
(核心だな)
そのときだった。
どこからともなく声。
『ノー♪』
全員、止まる。
「……?」
私は視線をそらす。
(来たな)
窓際。
なぜか観葉植物の陰。
そこに――
インちゃん。
しかも今日は蝶ネクタイをしている。
(正装か)
誰も呼んでいない。
だが本人は完全に他人のふり。
『マイフレンド、ジョーン♪』
「……」
南さん、小声。
「なんで英語」
「知らん」
北井くんが震えている。
「え、あれ……会議室に鳥いますよね?」
「気のせいだ」
「いや絶対いますよ!?」
だが誰も触れない。
(社会人の対応だな)
――会議続行。
ランボー部長。
「もっと踏み込んでください」
するとプーさん部長。
「急ぎすぎると嫌われますよぉ」
(圧が違う)
南さんの顔色が消えていく。
北井くんも珍しく黙っている。
するとインちゃん。
『ハサマレテル♪』
「やめろ」
私は静かに思う。
(カラーバス効果だな)
一度“挟まる”を意識すると、
全部それに見える。
家庭でも。
会社でも。
コンビニのサンドイッチでも。
(人生とは挟まることかもしれん)
――そのとき。
ランボー部長が私を見る。
「西課長はどう思います?」
(来たな)
全員の視線。
完全な板挟み。
私は考える。
(ここで重要なのは)
(煙に巻くことだ)
私は静かに口を開く。
「まず」
「はい」
「小さなお願いから始めるべきです」
「……ほう?」
「心理学で言う」
「はい」
「フット・イン・ザ・ドアです」
北井くんが反応。
「小さい要求から通すことで、大きな要求を通しやすくするやつですね」
「うむ」
ランボー部長もうなずく。
「なるほど」
プーさん部長も笑顔。
「いいですねぇ」
(よし、入った)
私は続ける。
「だからまずは」
「はい」
「簡単なお願いを」
「例えば?」
私は静かに言う。
「……みんな、一回深呼吸しませんか」
沈黙。
「……」
「……」
空気が止まる。
インちゃんだけが言う。
『スゥーー♪』
(やめろ)
しかし。
なぜか全員、深呼吸。
「……」
「……ふぅ」
空気が少し緩む。
私はさらに続ける。
「人は」
「……」
「息を止めたままだと苦しい」
「……」
「でも吸いすぎても苦しい」
「……」
「つまり」
「……」
「会議も同じです」
沈黙。
南さんが遠い目。
(また始まった)
だが不思議と――
ランボー部長が笑う。
「……確かに」
プーさん部長も笑う。
「ちょっと力入りすぎてましたねぇ」
空気が和む。
北井くん、小声。
「……通った」
インちゃんも感動したように。
『マイフレンド……』
私はうなずく。
(決まったな)
その瞬間だった。
インちゃんが急に飛び出す。
そしてランボー部長の肩に着地。
『ランボー♪』
「!?」
さらにプーさん部長へ飛ぶ。
『プー♪』
「えぇっ!?」
会議室、騒然。
南さんが叫ぶ。
「西さん!!」
「知らん!!」
「絶対知ってるでしょ!!」
北井くんが真顔。
「これ、ペイします?」
私は静かに言った。
「……」
「事故だ」
インちゃんが即答。
『ジコマンゾク♪』
「やめろ」
――結局。
会議はなぜか和やかに終了した。
帰り道。
南さんが言う。
「西さん……」
「なんだ」
「今日の解決法、結局なんだったんです?」
私は少し考える。
そして答える。
「……空気だな」
「空気?」
「人はな」
「はい」
「理屈より、空気で動く」
インちゃんが締める。
『トリアタマ♪』
「全員敵だな」
――これが本当の意味での、
板挟みの極意とは、解決することではなく、全員を一回混乱させることである。




