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妻のダイエット法

私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。

人は結婚すると、“理解不能な存在”と日常を共にすることになる。


私にとって、それが――妻だ。


(正直、私から見ても変わっている。それって超恐ろしくない?)


その妻、最近少し太った。

まあ仕方ない。中年だし。私も人のことは言えない。


しかし彼女は、ある日決意した。


「ダイエットする」


(ほう)


ここまでは普通だ。

問題は、その方法である。


そして、さらに重要な前提がある。


妻は、西さんにディスられると腹が立ち、ダイエットが続く。


(つまり私は燃料だ)


――夜。

テレビの前。

阪神戦。


(嫌な予感がする)


チャンスの場面。

ランナー二塁。


その瞬間――


妻、立ち上がる。


「きたわね……」


(来たな)


そして、私に一枚の紙を渡す。


「歌詞。見て」


(台本制か)


そして大声で歌い出す。


「レッツゴー!レッツゴー!レッツゴー、アズマ~♪」


(アズマって、お前だろ)


さらに、スクワットしながら腕を振り上げる。


「お尻が出てるぞ~♪ お腹が出てるぞ~♪ 大きいぞ~♪ トン、トン、トン、トン」


(自己紹介が激しいな)


しんちゃん風にお尻を振り、お腹を叩く。


「お尻が出てるぞ~♪ お腹が出てるぞ~♪ 大きいぞ~♪ トン、トン、トン、トン」


(繰り返すな)


「ウォ、ウォ~♪ ウォ、ウォ~♪」


(盛り上がっているな)


「でっかいぞ、アズマ!ブヨブヨ、アズマ!!♪」


「……」


私は静かにお茶を飲む。


すると妻が振り返る。


「何してるの?」


「見ている」


「あなたも歌え、踊れ」


「……はい?」


「一緒に」


(来た)


私は覚悟を決める。


「レッツゴー……」


「声が小さい!!」


「レッツゴー!!」


(なぜこんなことに)


そして、二人で謎の応援歌を熱唱。

しかも踊る。いや、運動だ。


――結果。


阪神、無得点。


沈黙。

空気が凍る。


妻、ゆっくり座る。


そして、低い声。


「……今、なんか聞こえたな」


「何も言っていない」


「悪口いうな」


般若の顔。


(ダブルバインドだな)


歌えば怒られる。

歌わなくても怒られる。


(完全に詰みだ)


私は静かにうなずく。


「……次だな」


「何が」


「次のチャンスだ」


(時間を稼ぐ)


――次の回。


再びチャンス。


妻、立ち上がる。


「リベンジよ」


(何のだ)


再び歌。


私はもう慣れている。


「レッツゴー!!」


全力だ。

魂も腕も振り上げる。


(これが生きるということか)


そして――


ヒット。


得点。


歓喜。


妻、大喜び。


「やったぁ!!」


(助かった……)


しかし次の瞬間。


妻がゆっくりこちらを見る。


「……なんか私をディスっている声が、聞こえたなぁ」


ニタニタしている。


(来たな)


「さっきの歌……」


「はい」


「楽しそうだったよね?」


「……」


後ろからじわじわ近づいてくる。


(これは新しいパターンだ)


さらに追い打ち。


「で?」


「……はい?」


「ディスるの?ディスらないの?」


(究極の二択だな)


ディスれば怒られる。

ディスらなければダイエットが止まり、結局怒られる。


(完全な板挟みだ)


私は決断する。


「……少しだけ言う」


「言って」


「……昨日よりはマシだ」


沈黙。


次の瞬間――


「それ一番効くやつ!!」


妻、爆速スクワット開始。


(効きすぎたな)


だが同時に、こちらを睨む。


「でも腹立つ」


「……はい」


「もっと言って」


「……」


(燃料継続要求)


私は考える。


(ここは一発、逆転のギャグだ)


立ち上がる。

振り返る。


「……阪神だけに」


「……」


「“反省(阪神)してます”」


沈黙。


時間が止まる。


妻の表情が固まる。


(決まったか?)


次の瞬間――


「……寒い」


「え?」


「ダイエットより先に、空気が冷えたわ」


「……」


「もう一回歌って」


「なぜだ」


「罰」


(理不尽の完成形)


再びチャンスマーチ。

しかもフルコーラス。


私は歌う。踊る。


全力で。

魂で。

人生をかけて。


――その夜。


私は静かに布団に入る。


妻は満足そうだ。


「今日、0.5キロ減った」


「ほう」


「やっぱりあなたのディスり、効くわ」


「……」


「明日もお願いね」


「……はい」


私は天井を見る。


「……なるほど」


(インちゃんはいないが、心の声はある)


「家庭とは」


誰に言うでもなく、つぶやく。


「上司と部下ではない」


「……」


「もっと厳しい何かだ」


隣で妻が言う。


「何か言った?」


「何も言っていない」


「ならいい」


私は目を閉じる。


(今日も生き延びた)


――これが本当の意味での、

ディスれば怒られ、ディスらなくても怒られるが、結果的に痩せるという、最強の板挟みダイエット、かつ、応援ではなく、強制参加型トレーニングである。

 そして、今日も、結果的には迷える子羊、いや妻を救ったのだ。


ちなみに、妻の名前は、西江 アズマ。彼女の同級生からは、「トンちゃん」と呼ばれている。

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