上司と部下の板挟み?
私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。
世の中ではよく、「中間管理職は板挟みだ」と言われる。
(ほう)
だが正直に言おう。
私はあまり挟まれている自覚がない。
――しかし。
周りはなぜか、私が挟まれていると思っている。
(不思議だ)
その日、会議室。
部長が言う。
「この案件、納期は絶対厳守だ」
「はい」
「クライアントが重要だ」
「はい」
その直後、開発チーム。
「西さん、これ品質的に無理です」
「ほう」
「あと1週間ください」
(来たな)
典型的な板挟み。
納期か品質か。
私は少し考える。
そして言う。
「では」
全員がこちらを見る。
「納期を守る条件を提示しよう」
「条件?」
「うむ」
私は指を立てる。
「人を増やす」
「……」
「時間を増やす」
「……」
「予算を増やす」
「……」
「以上だ」
南さんが小声で言う。
「それ全部できたら苦労しません」
「そうだな」
「じゃあどうするんですか」
私はうなずく。
「できない理由ではなく、できる条件を言った」
「全部条件じゃないですか」
「その通りだ」
(満足)
――別の日。
経営層。
「コスト削減だ」
「はい」
現場。
「もう限界です」
「ほう」
(これも来たな)
私は静かに言う。
「では」
「はい」
「削減できる条件を提示する」
「条件?」
「うむ」
「無駄をなくす」
「……」
「必要なものは残す」
「……」
「以上だ」
南さんがつぶやく。
「それが一番難しいんです」
「そうだな」
「じゃあどうするんですか」
私はうなずく。
「優先順位だ」
「やっとそれっぽいの来ましたね」
私はホワイトボードに四角を書く。
「これはマトリクスだ」
「おお」
「縦が重要」
「はい」
「横が緊急」
「はい」
「そしてこれは」
「はい」
「四角だ」
「見ればわかります」
(よし)
私はさらに続ける。
「重要で緊急なものはやる」
「はい」
「重要で緊急でないものはやる」
「はい」
「重要でないが緊急なものはやる」
「はい」
「重要でなく緊急でないものは……」
「はい」
「やらない」
「そこだけかい!!」
(決まったな)
――さらに別の日。
若手とベテランの対立。
「リモートでいいじゃないですか」
「いや対面だろ」
(これも来たな)
私は静かに言う。
「対話だ」
「はい?」
「指示ではなく対話だ」
「……」
「まず話を聞く」
「はい」
「最後まで聞く」
「はい」
「そして」
「はい」
「聞いた気になる」
「それダメなやつ!!」
(惜しいな)
南さんがため息をつく。
「西さん……」
「なんだ」
「全部、言ってることは正しい風なんですけど」
「風か」
「中身がスカスカです」
「軽量化だ」
「違います」
――そのとき。
部長から呼び出し。
「西江くん」
「はい」
「君、板挟みで大変だろう」
「いえ特に」
「無理するな」
「していません」
「部下も不満があるようだぞ」
「そうか」
(知らなかった)
会議室を出る。
南さんが言う。
「西さん、正直に言います」
「うむ」
「板挟みですよ」
「どこがだ」
「全部です」
「そうか」
私は少し考える。
そして言う。
「なるほど」
「はい」
「私は“挟まれている”のではない」
「はい?」
「“乗っている”のだ」
「何に」
「板に」
「サーフィンか!!」
私はうなずく。
「波に乗るように、要求に乗る」
「ただ流されてるだけですよね」
「違う」
「何が」
「バランスだ」
「……」
そのときだった。
私は一歩下がる。
すると――
本当にホワイトボードと机の間に挟まる西さん。
「……」
沈黙。
動けない。
南さんが言う。
「……今、完全に挟まれてますね」
「……」
「リアル板挟みですね」
「……」
私は静かに言う。
「なるほど」
「はい」
「これが本当の意味での“板挟み”か」
「遅いです」
――これが本当の意味での、
概念ではなく物理で理解した男である。




