表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/296

090[ダンバーの戦い]

090

[ダンバーの戦い]


 1295年某日―――……


  ―――フランス王国パリ。


 モンペリエ大学で法律を学び、

以前フランス王国とマヨルカ王国の間を取り持ったモンペリエ司教に師事、

その時にも裏で活躍し、

この数年で同地のニーム司教を務めていた法学者がパリにやってきました。


   「お目にかかれて光栄です。」


彼を見て、フィリップ4世(1268-)は頷きました。


「よくぞ参りました。

 ギョーム・ド・ノガレと言いましたね。

 貴方の業績は色々と聞いています。

 これからはフランス王室の為にその智能を使っていただきます。」


ギョーム・ド・ノガレ(1260-)は深々と礼をしました。


   「これからは国王陛下の目となり耳となって、

    この国をお支えする所存です。」


ノガレは直ぐに国王の政治顧問に任命され、王室に勤務するようになりました。


   ・・・‥‥……―――


 ―――1295年秋。


 スコットランド十二人評議会。


この5月にノルウェーから帰国したロバート・ブルース(1274-)を中心に、

反イングランド勢力の方針は固まりつつありました。

7月には有力貴族や司教らが反英組織を創設、

それは王国の全ての国政の責任を追う機関と成り代わっていました。


「前々から議題となっていましたが、イングランドに対抗するには、

 フランスとの同盟関係を復活させるのが最善であると考える。」

「イングランドから脱却を図るべく、

 120年以上前に結ばれた仏蘇同盟を成立させるのです。」

「条約を要約すると、

 スコットランドかフランス、どちらかがイングランドから攻撃を受けた場合、

 その一方はイングランドに攻撃を加えなければならない。」


それは、1168年、

フランス国王ルイ7世とスコットランド国王ウィリアムが結んだ秘密同盟の事でした。


「あの“古い同盟”を新たに結び直すという事です。」


「ふぅむ………。

 お互いの国力が同等ならば、この条約は単純に、

 “攻められたら一緒に戦いましょう”というだけの条約だ。

 だが、スコットランドとフランスではあまりに国力差があり過ぎる。

 つまり、どう考えてもスコットランドに不利な条約だ。

 それでも方々は、フランスと同盟を結ぶと?」


「大国フランスと同盟関係にあるという事実こそが重要です。」

「フランスはかのフランク帝国の後継国。

 対してイングランド王国の領主は本来フランス王国家臣であり、

 もともとはブリテン島の侵略者である。

 我々ブリテン島の民がそのイングランド領主に臣従する必要がどこにありますか。」

「フランスとイングランド、

 どちらと組んでいる方が影響力があるか考えてみてください。」


「方々はそのような選択をするのだな……。」


「そうです。どうか、承認をお願いいたします。陛下。」


ジョン・ベイリャル(1249-)は頷きました。


「分かった。フランス王国との同盟を承認しよう。

 これより、スコットランド王国はイングランドの支配を受けないと約束しよう。」


十二人評議会に歓喜と安堵の声が漏れました。

国王ジョン・ベイリャルは、ついに評議会に説得され、条約に調印しました。

これを受けて10月、スコットランドの使節団がフランスに派遣され、

パリのスコットランド大使館にてフィリップ4世と会談しました。


「ベイリャル王は決断してくれたのですね。」


評議会の代表の使節団は、はっきりと肯定しました。

フィリップ4世の口元は緩みました。

フィリップ4世は条約を再確認。そして―――


 1295年10月23日、

フランス王国とスコットランド王国に同盟が成立しました。


「これで、本格的にアキテーヌとフランドルを支配する事が出来ます。」


ギョーム・ド・ノガレは頷きました。


   「現在フランス王国はアキテーヌを攻撃されているので、

    条約によってスコットランド軍はイングランドに攻撃を加えなければなりません。

    北から攻撃されるアングルテール軍は、

    スコットランドに兵を捌かなければならなくなります。

    この為アキテーヌには手が回らなくなり撤退する事必定。

    そして我々は浮いた分をフランドルに回し、

    フランドルの反乱軍を一挙に叩くという手はずです。

    誠に見事な筋書きです。」


「ノガレ殿の知恵も借りて立てた計画です。」


   「そのような恐れ多い言葉は発言なさらぬよう……。」


フィリップ4世とノガレの二人は互いに含み笑いを浮かべていました。


  ・・・‥‥……―――


アングルテール王国、ロンドン。


「ふざけた事をいうな!!

 スコットランド諸侯がフランス王国と同盟しただと?!」


  「はい……!

   スコットランド各地で反英軍を組織しているとか……!」


「くそっ!ベイリャル王は何をしているのだ?!何故動かぬ!?

 スコットランドの反逆者共を討伐する為にも軍を集めなければ!」


  「しかし……!

   多くがアキテーヌへの渡海の為に軍資金を使い、

   国庫が厳しい状態となっております。」


「うぬぬ……。金が足りんのか……。なんとかせねば。

 全ての貴族や聖職者、それから地方領主や商人など、

 各界から要人を集め軍資金調達の為の議会を開催する。

 一部の者だけ利益を得るような徴税の仕方だと不満が起こる。

 そうならない為に巧く、満遍なく徴税出来る仕組みを作り出すのだ!」


1295年11月、エドゥアルドは大規模な議会を開催し、軍資金調達の目処を立たせました。


「アキテーヌは後回しだ!!

 反逆を犯したスコットランド討伐を開始する!!」


のちに“模範議会”と称される議会の後、

エドゥアルドはスコットランドへの侵略戦争を開始しました―――。


  ―――……‥‥・・・


    ―――……‥‥・・・


 この秋、1295年9月に、

ハンガリー国王アンドラーシュ3世(1265-)の妃、フェネンナが逝去。

二人の間には、まだ3歳の娘一人しかいませんでした。


「再婚相手を選ばなければならないのか……。」


   「はい。そこで提案があるのです。

    オーストリア公国との同盟関係を強化する為に、

    ハプスブルク家から迎え入れるというのはいかがでしょう。」


「ハプスブルク家か…。

 すると、対アンジュー家の力になってくれる可能性もあるのだな。」


アールパード家は、1291年に結んだハプスブルク家との同盟関係を強化する為に縁談を結ぶ事になりました。


1296年2月6日、アンドラーシュ3世が、

オーストリア大公アルブレヒトの娘アグネス・フォン・ハプスブルク(1281-)と結婚しました。


「よし。これで西側に不安はなくなった。

 厄介だったカルロ・マルテッロも病死し、

 今アンジュー家でハンガリー王位を主張しているのは、

 実際の所、その母であるマーリア・ドゥンゲリアだけ。

 マルテッロの子であるカルロ・ロベルトの勢力など取るに足らん。

 となれば、アンジュー家に味方した諸家の討伐に専念すればいいだけだ。

 ハプスブルク家の兵力も動員すれば赤子の手を捻るような者だ!!」


アンドラーシュ3世は、一人で高笑いしていました。


その2日後、ポーランドで事件が発生しました。


  ―――……‥‥・・・


 それは1295年2月8日の事でした。


「は?!どういう事だ!!詳しく説明しろ!!!」


報告を受けたクヤヴィ公ヴワディスワフ(1260-)は激怒しました。


「何が起きたんだ!!何故国王は殺されたのだ!!??」


ポーランド国王プシェミスウ2世(1257-1296)が、首都ポズナンで暗殺されたのです。

どうやら犯人は、ブランデンブルク辺境伯領の家臣たち。

ブランデンブルク辺境伯は以前ヴロツワフ公国やボヘミア王国と手を組んでおり、

やはり、レグニツァ公を裏切って即位したプシェミスウ2世の事を恨んでいたのです。


「ヴロツワフらの仕業か……!

 思った以上に早い展開だったが構わん!

 プシェミスウ2世とは契約を結んでいる!

 俺はプシェミスウ2世の領土の相続人となっているのだ!!」


当然ながら、

クヤヴィ家以前に相続人に指名されていたグウォグフ公ヘンリク3世(1251-)がこれに対立します。


「ヴィエルコポルスカ公領は俺が相続する約束であったのだ!!

 クヤヴィ家に奪われてなるものか!!

 兵を集めよ!!」


   「しかし……、ヤヴォル公国に南部が脅かされています……!」


「レグニツァ公ヘンリク5世の弟、ヤヴォル公ボルコ……。

 病気で復帰出来ない兄の仕返しを図っているのだな……!

 くそぅ、

 これでは北東のクヤヴィ公との戦争をする余裕がないぞ……!」


グウォグフ公は歯を食いしばりました。


ところが、クヤヴィ家が相続する事になっていた土地のうち、

マウォポルスカやポモジェの農民らこそクヤヴィ家を支持していたものの、

その領主らはむしろグウォグフ公に改めて貰いたいと考えていました。


「これならば、交渉の題材になる。」


グウォグフ公は少し安堵して頷きました。

グウォグフ公と北東部の大国クヤヴィ公の争いが始まって間もなく。

1296年2月22日、レグニツァ公ヘンリク5世が逝去。

牢獄内で患った病は回復する事無く病没してしまいました。


    「兄の仇を討たせて貰う!!!」


ヤヴォル公国の攻撃が激しくなっていました。


「レグニツァとヴロツワフを奪われるわけにはいかん!!

 南部に兵を割かなければ!!!」


グウォグフ公はヤヴォル公国との争いに集中せねばならなくなった為、

クヤヴィ公に大きく譲歩せねばなりませんでした。


   「ヴィエルコポルスカ公の領有した土地のうち、

    クヤヴィ家はオブラ川以北の領土を相続する。

    グウォグフ家には以南の領有のみを認める。」


クヤヴィ公の提案にグウォグフ公は頷きました。


「その代わり、クヤヴィ家に相続人が産まれなかった場合は、

 3歳の我が息子ヘンリク4世がポズナンを中心とするヴィエルコポルスカ公国の相続人となる。

 それで良いな?」


   「我がクヤヴィ家に相続人無き場合は、

    ヴィエルコポルスカ公国の相続人はグウォグフ家とする。」


両者の同意があり、1296年3月10日、

グウォグフ公国とクヤヴィ公国の和平が成立しました。

ただしそれは、両領主同士の契約に過ぎず、

終わらない戦争に多くの諸侯は反発している状況にありました。


 ――クラクフ公国の貴族はボヘミア国王を宗主として問題なく経営している――

 ――我らも領主争いに巻き込まれないよう、

   ボヘミア国王に臣従した方が干渉され難く自由に商いが出来るだろう。――

 ――そう、我々は信頼出来るプシェミスル家を頼ろう。――


・・・‥‥……―――


   ・・・‥‥……と、いくつかの諸侯がボヘミア国王陛下を支持したいます。」


使者の報告に、

ボヘミア国王ヴァーツラフ2世(1271-)は満足気に頷きました。


「うむ、想像した通りだ。」


隣に侍る王妃ユッタ・フォン・ハプスブルク(1271-)も頷きました。


  「これで、ポーランドをプシェミスル家で統一する目処が立ったというわけですね?」


ユッタの目は、何を言わんとしているか明白でした。


「義兄の事か……。」


ユッタは頷きました。

オーストリア大公アルブレヒトはユッタの実兄。

アルブレヒトは現在、西部の誓約同盟や内部の反乱で苦境に立たされている状況。

この同盟には、マルヒフェルトの戦いの時から続く対立関係よりボヘミア王国も参加していました。

ところが例の戦いでボヘミアが敗戦した時、

その和約の一環でユッタはプシェミスル家に嫁いで来ていたのです。

ところが現在では状況は一変。

ポーランドに手を広げつつあるプシェミルス家に対し、

反ハプスブルク同盟を結ばれて窮地に陥っているハプスブルク家。


  「どうか、兄とは戦わないでいただきたいのです。」


「うむ……。

 ユッタの言う事はもっともだ。

 それに、選帝侯の動きも注意したいところだ。

 皇帝アドルフ・フォン・ナッサウは過去の皇帝と同じく王権強化に励み、

 テューリンゲンやマイセン地方に干渉し始めている。

 この為いくつかの諸侯及び選帝侯らはナッサウ家を疎み、

 ハプスブルク家を推薦する声も強くなっているという。

 再びハプスブルク家がローマ王に選出される可能性もある。

 ここでオーストリアとの蟠りは無くしておいた方が良いかも知れぬ。

 交易が盛んで文化の発達も早いオーストリア。

 ウィーンとは義兄弟として仲良くした方が良い。

 ボヘミアは将来的に大作曲家を産み出す豊かな国とならねばならないからな。」


ボヘミア国王ヴァーツラフ2世は、

王妃ユッタの影響で、反ハプスブルク同盟からの離脱を決意しました。

この影響で、ハプスブルク家を徹底批判していた諸侯も危機感を覚え、

対抗意識は薄れていく事になります。

ウィーンの兄アルブレヒトと、プラハの妹ユッタは肩を撫で下ろしました。


  ―――……‥‥・・・‥‥……―――


1296年3月、

イングランド国王軍はスコットランドへの侵攻を開始しました。


 ―――スコットランド南西部カーライル。


  「敵軍!!!敵軍!!イングランド軍による襲撃です!!!」

  「なんと?!こんなに早く?!?!」


3月28日、イングランド軍が突如としてカーライルの街を襲撃しました。


  「港を守れ!!!イングランドの攻撃に屈するな!!!!」


カーライルの必死の抵抗によって、イングランド軍は退却しました。


  「カーライルは西岸の重要な港だ!

   イングランド軍は必ずもう一度襲ってくる!

   備えを完璧にするのだ!!」


直ぐに撤退したイングランド軍。

しかしそれは、次なる作戦の為に早々に軍を切り上げただけの事でした。


「急ぐのだ!スコットランド政府に動きを悟られるなよ!」


国王エドゥアルド(1239-)が行軍の采配をしていふと、使者が駆け寄りました。

耳打ちすると、エドゥアルドの表情は厳しくなりました。


「なに?それは誠か?!」


   「はい。

    王が議員としばしば会談しているという報告を受けています。」


「おのれ!!!ベイリャルめ!!俺を裏切りやがったな!!

 容赦せぬぞ!!

 次の目的地では慈悲など要らぬ!!

 徹底的に破壊しろ!!」


イングランド軍は、スコットランド政府の思い掛けない場所に現れました。


  ・・・‥‥……―――


 3月30日、スコットランド南東部ベリック・アポン・ツイード港。


ベリック城を守るのは、名将ダグラス卿ウィリアム・ダグラス(1255-)でした。


「なんだと?!?イングランド軍が?!?」


   「はいっ!!敵将はクリフォード男爵!!

    数は不明です!」


「おのれ!ちょこまかと動きやがって!!!」


ダグラスは、去年フランスとの同盟が成立した時に国の重要な港であるツイード港を守る為に、

5,000の騎士と30,000もの歩兵と共にベリック城の入城しました。


「イングランドに負けるな!!この港は我々が守るぞ!!!!」


と、意気込んだのも束の間で、城には衝撃の報告が入りました。


   「敵軍は……!城の包囲をしていません!!

    街を破壊して、市民を次々と虐殺しています!!!」


「!!!!ば、馬鹿な!!!虐殺を?!?!」


  「許せぬ!!!」

  「卑劣極まりない!!!」


「敵は人に非ず!!!極悪非道な奴らめ!!!」


イングランド軍による虐殺行為は二日間に及びました。

城兵の死者も数千から万以上とも言われています。

悲惨な状況を知り、ダグラスは肩を震わせました。


   「閣下………!!これ以上はもう、無理です……!!」


民からは降伏を懇願してきている始末でした。


「民に罪は無い…。城兵の命は助けてやってくれ!」


ベリック側の惨敗でした。

名将ダグラスは、その勇姿を見せることなく降伏。

ダグラス自身は捕らえられ、その代わり、城兵の命は助けられました。


 ―――ベリック城。


その玉座に国王エドゥアルドは座りました。


「ジョン・ベイリャルに遣いを送れ。

 直ぐに我がイングランド軍に加わりスコットランド政府軍を攻撃せよと!」


1296年4月5日、スコットランド国王ジョン・ベイリャルは、

エドゥアルドからの命令を受け取りました。


「ふんっ!愚かな事を!!

 スコットランド王国はイングランド王国の属国では無い!!

 従ってイングランド国王からの命令に応えるつもりはない!

 この言葉を持ってさっさと立ち去れ!!!」


ベイリャルはエドゥアルドからの使者を一蹴、エドゥアルドへの臣従を拒否しました。


  ・・・‥‥……サリー伯宮廷。


「なんだと………?!ベイリャルが……?!」


   「はい。それに伴い、

    スコットランド総督パトリックが守るダンバー城まで寝返ってしまいました。

    国王陛下は大変お怒りです。

    何卒、サリー伯殿に先陣を切って貰いたいとの事です。」


サリー伯ジョン・ド・ワーレン(1231-)はベイリャルの裏切りを知り驚愕しました。


「くそ!!なんと馬鹿な事を!!!

 我が婿であろうと陛下を裏切る行為は許すわけには行かぬ!!

 陛下への忠誠を信じてもらえるよう、

 我がサリー伯軍は先陣を切ってベイリャル軍と戦う!!!」


サリー伯軍は北上し、ベリック城に入りました。


「次の目的地は、ここから45km程海岸を進んだダンバー城だ。

 エディンバラのあるフォース湾の入り口にあり、

 フォース湾を監視出来る重要拠点だ。」


その重要拠点を守るのは、

在地豪族コミン家に婿入りしたスコットランド総督パトリック4世。

総督はコミン家に促される形でベイリャルに組したと思われます。


「サリー伯よ。

 ここにはウェールズ征服戦争で働いた有能な兵士達を連れてきている。

 サリー伯にはその全軍を率いてダンバー城を攻めて貰いたい。

 ヘンリー・パーシー君も今回は一隊を率いても差し支え無い程の働きを見せてくれた。」


   「ヘンリーが……?それは良かった。

    褒めて頂いて、ありがとうございます。」


ヘンリー・パーシー(1273-)が産まれた時、既に彼の父は故人でした。

一族はアングルテール王国北部に点在していましたが、

そんな親戚も跡取を残しておらず、相続者は彼一人という状況でした。

身寄りの無いヘンリーでしたが、母親がワーレン家の娘であった事から、サリー伯の保護下で育ちました。

1293年にヨークシャー北部の土地の相続を認められて、トップクリフ城を与えられます。

パーシーの姓も親戚の一人が名乗っていたものを採用しました。

彼はエドゥアルド1世王の下でウェールズ戦線で初陣を経験しました。


   「ですが……。我が軍と合わせて全軍ですか?

    ダンバー城は入れて数千、こちらは数万もいますが…、

    いくら包囲戦とはいえ、兵数差があり過ぎでは無いでしょうか?」


「包囲戦に必要以上の大軍は不利になる可能性が高いと言いたいのだな。」


サリー伯は、“分かっているのに何故?”ときょとんとしました。


「我々が相手をするのはダンバー状況では無く、ジョン・ベイリャルだ。

 必ず奴は現れる。

 サリー伯よ、この城を包囲し、

 必ず、ジョン・ベイリャルを炙りだせ!!」


要領を掴み、頷きました。


  「は!必ずや!!」


1296年4月23日、サリー伯率いるイングランド軍はダンバー城を目指しました。

まもなく、彼らはダンバー城の包囲を開始しました。


 ダンバー城は、北側のフォース湾を一望でき、北と南が海で囲われた海城である。

港を内包しており、陸の角に城壁が海に突き出るように建造された城。

ところが城の南側には街が広がっているのみで、防御に特化した部位の持たない城開かれた城でした。

故に城自体の包囲は容易い。

但し、港街であるので、陸側を包囲していても周囲の港を完全制圧していない限り全く意味をなさない。


無論、城側は、ベリック城の悲劇を知っているので、ジョン・ベイリャルに援軍を要請しました。


その時ジョン・ベイリャルの軍は、ダンバーの西約16km程のハーディンドンに駐屯していました。


「サリー伯殿が来たのか……!!おのれ……!

 ダンバー城にはコミン家の者が多くいるな?

 ここは、コミン家一族の長であるバドノック卿に行って貰うぞ!」


コミン家の領主は“黒コミン”と渾名された勇将、バドノック卿ジョン2世・コミン(1242-)。

そして“赤コミン”と渾名されるその継嗣ジョン3世・コミン(1269-)が軍指揮を執っていました。


「赤コミンよ、お前はダンバーを包囲するサリー伯軍の背後の丘から攻撃するのだ。」


   「ダンバーを南からですか??

    敵に海軍はいるのですか?」


「そんな事は知らん!

 敵の背後に、しかも丘の上から攻撃すれば、

 敵は忽ち逃げ惑うに違いない。

 敵はこちらの数倍だが、奇襲すれば相手は動揺する。

 勝機は十分にある!

 王命である!直ちにダンバーを救うのだ!」


  ・・・‥‥……―――


 1296年4月27日早朝。


赤コミン率いるスコットランド軍は、

ダンバー城の南約3kmにあるスポット川の丘の上に到着、布陣しました。


「ん………?様子がおかしい……?」


   「殿!!大変です!!

    敵軍、既に南下中!!こちらに向かっています!!!」


「別働隊か何かか?!」


   「いえ!!サリー伯軍の殆どかと思われます!!!」


「くっ、見透かされていたか……!」


サリー伯軍は、丘の下を流れるスポット川に差し掛かりました。


 ――このまま川を渡れ!川の対岸に布陣する!――


サリー伯軍は立ち止まらず、

そのまま丘の上に布陣するスコットランド軍に接近しました。


スコットランド歩兵は、立ち止まらずにじわじわ接近する敵軍に動揺していました。


  「お、おい!どんどん来るぞ?!

   早く攻撃しなきとやられる!!」


混乱した歩兵には、

“少数でも奇襲すれば勝てる”と脳内にあったので、勝手に突撃してしまいます。

スコットランド側の攻撃が始まるとサリー伯側の歩兵はその動きを見ながら立ち止まり、

上方からの攻撃が可能な位置を取ります。

歩兵隊は混乱しました。


「ちっ……」


赤コミンは腕を組んで大きく溜息を吐きました。


  「赤コミン殿、これは完全に乗せられましたな……。」


「ジョン・ベイリャル王の指揮能力を見抜かれている。」


指揮官らは頷き合いました。

赤コミンらバドノックの騎士達およそ100騎は、その場を退却しました。

後の状況は散々なものでした。


ダンバーの戦いは、スコットランド軍の完敗に終わりました。


翌4月28日、エドゥアルドはダンバー城に堂々と入城しました。

ダンバー城に残された数名の貴族も捕縛され、エドゥアルドの前に連れて来られました。


「ふむ。あの若者、何処かで見たことがあるな。」


  「あれは、この辺り、メンテイス郡の有力貴族だったウォルター・バロッホの倅です。

   スチュワート職でもあったバロッホ家はコミン家と縁戚関係にありましたから、

   彼もまたコミン家に従軍したのでしょう。」


ジョン・ド・メンテイス(1275-)は後ろ手に縛られたまま、エドゥアルドを睨んでいました。

エドゥアルドはそれを鼻で笑い、適当にあしらいました。


ダンバーの降伏を受けて、ダンバーよりも南に位置するロクスバラ城は無条件降伏しました。

この時、サリー伯の下で育ったヘンリー・パーシーも功績が認められ、

男爵位を授けられる事になりました。


「良く頑張ったな。君には、パーシー男爵を新設してこれを与える。」


   「はい!誠に光栄な事です!!」


初代パーシー男爵ヘンリー・パーシーは、純粋な笑みでこれを受け取りました。

晴れて騎士の仲間入りを果たしたパーシーは、

国王に忠誠を誓い、王家の為に働き王家の為になる事を夢見るようになりました。


  しかし―――……


 ……―――数日後、ダンバー城。


エドゥアルドは不機嫌そうに尋ねました。


「ジョン・ベイリャルはまだ見つからないのか!」


ダンバーの戦いを避けて逃亡していたジョン・ベイリャルの行方は掴めていませんでした。

イングランド軍は西進し、フォース湾奥部の重要拠点エディンバラ城の包囲を開始しました。


   「もう耐える事は出来ない。

    ベイリャル王の進んだ方面を教える代わり、

    城兵に危害を加えないと約束して頂きたい。」


一週間の包囲の末、

エドゥアルドはこの条件を飲んでエディンバラを掌握すると、さらに奥部へと進みました。

フォース湾の最奥部、フォース川を渡る地点にあり、

ブリテン島中央部で最も縊れている部分、

つまりクライド湾とフォース湾の中央に位置する最重要拠点であるスターリング城に迫りました。


   「他の諸城の状況は把握しています。

    スターリング城は、

    エドワード国王陛下に鍵を明け渡しましょう。」


「うむ。賢明な判断である。

 そして、ベイリャルの居場所を教えていただきたい。」


   「恐らくは、パースかと。」


ダンバーの戦いから2ヶ月近くが経とうとしていました。


 1296年6月21日、

逃走を繰り返していたジョン・ベイリャル及び

嫡男エドワード・ベイリャル(1283-)ら一行は、パースに到着しました。


   「ベイリャル殿。お待ち申し上げていました。

    こちらの書状を預かっております。」


ベイリャルがその書状を開封すると、

それは、エドゥアルドからの降伏要求でした。

ベイリャルは大きく深呼吸しました。

パースは既に降伏していました。


「………、分かった……。」


ベイリャルは観念しました。


   「父上……、僕たちはこれからどうなるのですか………?」


ベイリャルは首を横に振りました。

7月2日、ベイリャルらは、スターリング城近くのキンガーデン城に入りました。


「私スコットランド国王ジョン・ベイリャルは、

 イングランド国王エドワードに対して反逆しイングランド領を侵した事を告白します。

 願わくばこの罪を赦していただき、

 私の忠誠を再度受け入れて頂きたく思います。

 どうか、ご慈悲を……。」


ジョン・ベイリャルらがこの告解を行なった時、

エドゥアルドはさらにスコットランドの奥、モントローズ城に出向いていました。


「彼はまだ王であろうとするつもりか。」


エドゥアルドは呆れたように言いました。

7月7日、モントローズ城近郊のストラカスロまで護送されたジョン・ベイリャルは、

そこでフランス王国との同盟を破棄させられました。

翌7月8日、ジョン・ベイリャルはモントローズ城にてエドゥアルドと面会する事になります。


  「ジョン・ベイリャル殿は、こちらをお召しになってください。」


司教がベイリャルに手渡した衣装。


「っな?!!これは!?!?」


王族の象徴たる赤と金に装飾された腕部分が切り裂かれたものでした。


「わ……、私に、これを、着ろと……!、?!」


  「エドワード国王陛下のご命令です。」


「ぐっ………、こ、こんな恰好で……」


屈辱的な恰好でエドゥアルドと面会したベイリャル。


「王位は当然剥奪し、

 ジョン・ベイリャル、

 エドワード・ベイリャルともロンドン塔に禁錮刑とする。

 スコットランド王位は空位とし、

 我が国より守護職を置く事とする。

 また、スコットランド王位の象徴たるスクーンの運命の石は、

 イングランド王室が預かる事とする。」


エドゥアルドの宣言に、ベイリャル方は顔面蒼白となりました。

7月10日、正式にジョン・ベイリャルの廃位が決定。

イングランド軍はスクーン宮殿に押し入り、

歴代のスコットランド国王が戴冠式を行なっていた運命の石を押収しました。


イングランドは、スターリング城に置いたスコットランド守護職のウィリアム・ヘッセルリグを始めに、

奪った多くの城にイングランド貴族の指揮官を置きました。

また、投降したスコットランド貴族にはイングランド領内の土地を与え、

その土地を担保にイングランドへの忠誠を誓わせました。


「これで、スコットランドの王位は存在せず、

 この領土は我がアングルテール王国の支配下となる。」


エドゥアルドは運ばれてくる運命の石を眺め、自信に満ちた表情を見せていました。


  ―――……‥‥・・・


   ―――スコットランド王国某所。


「よく集まってくれました……。」


ロバート・ブルースは集まった仲間の顔触れを見渡しました。


  「イングランドの横暴もここまで来たか!」


  「守護職の奴らはイングランドの様式を強要して圧政を始めている。」


  「みんな、相当頭に来てるんだ!!

   ロバート!なんとかこの状況を変えてくれよ!」


  「だが……、

   ベイリャル王が廃位されたのは、ほぼ想定通りなんだろ?」


ロバートは、さりげなく、頷きました。


「このままで終わるわけが無い。」


各々、静かに頷きました。


  「だが、まだ我々には兵力が無い。

   有能な指揮官が必要だ。」


「うむ。だが、イングランドに恨みを持つ者は大勢いるだろう。

 父や子を殺されたもの、恋人を殺されたもの、

 土地や財産を奪われたもの……。」


  「数えだしたら切りがないだろう。」


  「だが、イングランドに寝返った者も多い。

   人を選んで、計画は、慎重に進めないと。」


彼らのスコットランド独立戦争は、まだ始まっていませんでした―――……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ