091[ヘラールツベルヘン会議]
091
[ヘラールツベルヘン会議]
1296年8月10日、ルクセンブルク伯国に、新たな命が誕生しました。
「おお、ヨハンよ、元気な子だ!
マルグリット!よくやったな!」
ルクセンブルク伯ハインリヒ7世(1275-)とマルグリット・フォン・ブラバント(1276-)の待望の長男、
ヨハン・フォン・ルクセンブルク(1296-)の誕生でした。
その後、周辺各国から祝いの品や使節団がルクセンブルクを訪れていました。
もちろん、マルグリットの実兄、ブラバント公ジャン2世(1275-)も訪れました。
二人の父ブラバント公ジャン1世(1253-1294)は既に故人。
そして8年前、ヴォーリンゲンの戦いでルクセンブルク伯ハインリヒ6世(1240-1288)を討ち取った張本人でもありました。
フランスに傾倒していた父ジャン1世の勝利によって、
ルクセンブルク伯国はフランス王国に支配され、
当時13歳だったハインリヒ7世はフランス王国家臣として成長していました。
「……、あの一団は、エノー伯……。」
「エノー伯ジャン2世殿も、直接訪れたようです。
ハインリヒ7世の母はアヴェーヌ家の出ですから。」
「ちっ……、どいつもこいつも媚びを売ろうとしやがって……。」
ブラバント公は明らかに嫌そうな顔をして、ルクセンブルク伯妃の宮廷へと向かいました。
「お兄様、夫の所ではなく、わざわざこちらまで?」
「むろん、肉親の体の方が心配だからな。
どうだ?産後、具合は良いのか?」
「大丈夫ですよ。
我が子ヨハンも問題なく元気に成長しています。」
「それは良かった。
先程エノー伯の一団が来ていたようだな。」
「えぇ……。夫の所に、祝いの品をいくつも。」
ブラバント公は再び嫌そうな顔をしました。
「お兄様……?まだエノー家の事を根に持って?
ブラバントとエノーが敵対していたのはもうずっと昔の話なんでしょ?
いまではどこもフランス家臣として幸せに暮らしているわ?」
「幸せに暮らしているだと?!
お前は、僕たちの母がどこの出身だか忘れてはいないか!?」
「それは……」
「母がどれだけ無念な思いで死んでいったと思う?
いまフランドルが、
どれだけフランス王国に苦しめられているか知っているか??」
「お爺様が、いま、パリに……。」
「そうさ……!
お爺様はフランス国王と民の間に立って大変苦しんだ。
そしてアングルテール王国に救いを求めて縁談を進めていたが、
王国からの猛反発を食らってフランスに攻め込まれ、
お爺様は叔父達と共にパリに捕らわれてしまったんだ!
だが、これもフランドルの民に無理やり保釈金を集めさせ、
今年中には保釈される事になるらしい。」
「ほんと?!それは、良かっ……」
「良くあるものか!
その為に、フランドルの商人達はどれだけ苦しんだと思う?!
商人達は、貴族をかなり恨んでいるぞ。
しかも、国王ではなくお爺様をだ!!
民はお人好しなお爺様を理解していなくて、
民は、その保釈金はお爺様の為に払わなくてはいけないと思っている。
それは違う!
フランス国王はお爺様を利用してフランドルの金を巻き上げているだけなんだぞ!!」
「そ、そんな言い方……」
「フランス国王はフランドルを直接支配したいだけなんだ!
その為にお爺様を利用しているんだぞ!
お爺様が戻られたら、僕の妻とも相談するつもりだ。」
ブラバント公の妃は、
アングルテール国王エドゥアルドの娘マーガレット・オブ・イングランド(1275-)。
「そ、そんな、大袈裟な……」
「大袈裟なものか……
ブルゴーニュ公国の後援もある。案ずるな。
僕たちの平和は僕たちで勝ち取る!
だから、それまでの辛抱だ、
すぐにルクセンブルクごと助けだしてやる!」
「お兄様……」
マルグリットは動揺し、不安げに兄を見ました。
ブラバントの貴族とルクセンブルクの貴族の関係は過去の戦争から良いものとは言えず、
ブラバントの一団も直ぐに帰国する事になりました。
そしてこの年、
ギィ・ド・ダンピエール(1226-)、その嫡男ロベール(1249-)らがフランドルに帰国しました。
「やっと戻って来た、我が祖国……!
だが娘は囚われたまま!
許せぬぞ!フィリップ4世王……!
この屈辱は必ず晴らしてくれる……!
密かにエドゥアルド国王陛下に連絡を取ってくれ!
儂の思いは伝わっている筈だ!
復讐する為に援軍を要請する!
ロベールはリール城の護りを堅めるのだ!
直ちに対フランスの軍備を堅めるのだ!」
―――……‥‥・・・
―――……‥‥・・・
―――神聖ローマ帝国西部の大都市ボン。
「復讐する時だ……。」
フランドルの動きを聞きつけて、再び目を見開いた人物がいました。
「フランスに恨みを持つものは多い……」
ケルン大司教ヴェスターブルクはほくそ笑みました。
「儂の影響下にある者を、フランドルに集結するのじゃ……!」
ケルン大司教はまだその地位にありながらも、ほぼ隠棲の身。
彼の声が、どの程度ネーデルラントに影響するか分からないものの、
その従士達はヴェスターブルクの書状を携えて各地へと散っていきました―――……
―――……‥‥・・・‥‥……―――
―――アキテーヌ。
アキテーヌ公の代理を務めていたランカスター伯、
エドマンド・クラウチバック(1245-1296)はこの年1296年6月5日に逝去したばかり。
ランカスター伯爵位を継いでいたのは、
その長男トマス・オブ・ランカスター(1278-)でした。
「伯父の軍勢が撤退するのか……。」
トマスは、弟のヘンリー(1281-)とジョン(1288-)の報告を聞いて、
ふっと肩をなで下ろしました。
「兄上、でも、アキテーヌから兵を引いても、
おそらくはフランドルに兵を送る事になるのでしょう?」
トマスは困り顔で頷きました。
「そうなるとすれば、
叔父がまた対処する事になるのですか?」
とトマスが問い掛けたのは、
トマス達兄弟の母ブランシュ・ダルトワ(1248-)でした。
「そうね……。フランドルの問題に対しては、
今は私の弟アルトワ伯ロベール2世が担当している。
何かが起これば、また弟がフランドル討伐に出るでしょう。」
「そうか……」
兄弟は深い溜息を吐きました。
「それに……」
トマスの妃アリス・ド・レイシー(1281-)も話に割り込みました。
「私の父リンカン伯ヘンリー・ド・レイシー(1251-)が言っていたのだけれど、
スコットランドでまた反乱の兆しがあるらしいの。
ウェールズ征服戦争に続いてスコットランド戦争……
父の軍はまたいろいろな所に駆り出されているらしいわ。」
「んむ……。いつになったら戦争は無くなるのか……。」
「父も、仲間の諸侯達も、
相次ぐ戦争にうんざりしているみたいね。」
トマス達には、これらの戦犯が、
もともとフィリップ4世の野心によるものである事は説明されておらず、
ただ父クラウチバックからは、
――エドゥアルド国王陛下がフランス国王陛下への臣従を怠った為に、
フランス国王はアキテーヌに攻め込んで来たのだ。
それを一切認めない為に、この戦争は終わらないのだ――
と教えられたのみだったのでした。
「本国の様子が気になるな……。少し、様子を見てきたい。」
兄弟は頷き合いました―――……
―――……‥‥・・・
―――ロンドン。
「フランドル伯国より、援軍要請が来ている。」
議会ではフランドルへの援軍について話し合いが始められていました。
「陛下…、アキテーヌへの援軍で資金を使い、
さらにスコットランドの戦争に介入したせいで、
また新たにフランドルにまで兵を送る余裕がありません。」
「それに、スコットランド貴族に対して与えられた領土についても問題があります。
多くの領土は、我が国の貴族たちが狙っていた土地。
それを敵国の貴族に与えた事で、
陛下に対して不満を抱く者も増えているのです。
ここは派兵を諦めた方が……。」
「そう言われたからアキテーヌからは多く撤兵させた。」
「それはスコットランドへ派兵しなければならなかったからで。」
「スコットランドは今はヘッセルリグらを始めに多くの守護を置いているから問題あるまい。
今度のフランドル派兵には、
嫡男エドゥアルド2世も経験をさせたいと想っている。
以前我が息子とフランドルに縁談の話があった。
その話を復活させる為にも、息子を総大将とし、
フランドル貴族に息子の事を知ってもらうのだ。
さすれば反対している者も納得してもらえるだろう。」
議員らは顔を見合わせました。
「王子を……、軍に、ですか……?」
「そうだ。もう12歳だ。
少しくらい戦争というものを体験させておいた方がいいだろう。」
「あ、あの……、
それには、ギャヴストン様もお連れするのですか?」
「なぜそのような事を聞く?
ギャヴストンはアキテーヌから連れ帰った騎士アーノルド・ギャヴストンの忘形見。
彼はそれを受け継いで騎士としての才能もあり、
息子と同年代という事で、一昨年息子の傍においてやった者だ。
息子が連れていくと言うなら構わんし、
要らぬと言うならそれで構わん。」
議員らはまた目配せしながら言いました。
「絶対に“一緒に居たい”と言うでしょうな……。」
「“離れたくない”と言うに違いない…。」
「何を言っている?妙な言い方をするな。」
議員ら溜息を吐きつつ、俯きました。
「と、ともかく、誰をフランドルに送るかではなく……、
先ずは兵士をどこから徴募するかが問題です。」
「それは、誰ならば徴募出来るかという問題では?」
「そうです、陛下は縁談の為に、
王室から兵を送ると提案しているのですよ?」
軍議は続いていましたが、
エドゥアルドには、
議員らが懸念していたピアーズ・ギャヴストンの事が気になっていました。
……そんなに、息子とギャヴストンとの仲は異常なのか……?……
―――……‥‥・・・‥‥……―――
・・・‥‥……―――
1296年9月29日、アラゴン王国タラゴナにて、
アラゴン国王ハイメ2世(1267-)の長男も誕生しました。
ハイメ2世は1291年にカスティリア国王サンチョ4世(1258-1295)と同盟して
その娘イザベラ(1283-)と結婚しましたが、サンチョ4世の死後……
「私はナポリ国王カルロ2世にシチリア国王の名を返上し、
フランス王国と同盟する。
その関係上、カスティリア王国との同盟を白紙に戻し、
フランス王国と共にカスティリア王国に干渉するという立場をとる。
その為、イザベラとの結婚は解消し、
シチリア(ナポリ)国王カルロ2世の娘ブランシュ・ド・ナポリ(1280-)と再婚する。」
昨年1295年6月20日に結ばれたアナーニ条約によってこの結婚が決まり、
そのブランシュ・ド・ナポリとの息子、ハイメ(1296-)が誕生したのです。
バルセロナからマヨルカは御祝いムードとなっていましたが、
当然、シチリアの摂政、フェデリーコ2世(1272-)はこの結婚を認めていませんでした。
―――シチリア王国パレルモ。
その宮殿には、フェデリーコ2世(1272-)が居座っていました。
昨年1295年6月のアナーニ条約によって、
兄のハイメ2世(1267-)はシチリア国王位をカルロ2世(1248-)に譲りました。
ところがその直後、カルロ2世の長男カルロ・マルテッロ(1271-1295)がハンガリー王国との戦いの中で病死してしまいます。
ハンガリー戦役で不利に転じたアンジュー家は、
シチリア島の奪還をハイメ2世に頼らざるを得なくなりました。
「シチリアをアンジュー家に渡すものか!
ましてアンジュー家の言いなりになるような兄に奪われるなんて以ての外だ……!」
フェデリーコは着々と島民の支持を得ており、
実兄のハイメ2世が送ってくる軍を退かせ続けました。
そして、1295年12月12日、フェデリーコはパレルモにて王位を宣言。
シチリア島民や司教の支持を得て、
1296年3月25日、現地の司教らの手によって、
フェデリーコ2世はシチリア国王に正式に戴冠しました。
シチリア島でのフェデリーコ2世の地位は安定し始めていました。
さらにカラブリア半島へ進出し、軍を率いるベルナ・ド・ロカフォート(1271-)は、
カルロ2世の三男ロベルト(1277-)の守る城を奪いました。
この時ロカフォートは逃亡するロベルトを執拗に追い続け、ロベルトに恐怖を植え付けました。
ロカフォートはカラブリアの中心的な二つの城を含め、周辺を荒らし、支配しました。
とは言え、制海権は実質ジェノヴァが握っており、
曲がりなりにも教皇庁はアンジュー家を利用しようとしている状況であるが故に、
フェデリーコ2世のシチリア島は孤立するような状況にありました。
・・・‥‥……―――
そうか……、
シチリアはフェデリーコで定着してしまっているか……
教皇ボニファティウス8世(1235-)は目を細めました。
まあ構わんじゃろう……。
アンジュー家との戦がまだ続くというなら、
教皇庁が介入して両者を和睦させれば同じ事……
教皇庁の考えはあくまで、
地中海貿易に有利なシチリア島を自らの管轄下に置きたいだけだったのでした。
1296年5月19日、先任の教皇ケレスティヌス5世が、
隠居先のフモーネ城にて薨去したと伝えられました。
隠居から約10ヶ月程。死因は城内で患った感染症とのこと。
「教会は前教皇が感染症を患っていたのに放置したという事だ!」
「やはり現教皇ボニファティウス8世がケレスティヌス5世を死に追いやったに違いない!!」
「ボニファティウス8世の教皇就任は不正である!!!」
「ボニファティウス8世を認めない!!」
ローマでは、コロンナ家のボニファティウス8世批判の熱は上がり始めていました。
―――……‥‥・・・
その頃、フィレンツェの中心地に立つサンタ・レバラータ聖堂の改築が始まっていました。
「ピサやシエナに負けないくらい立派な大聖堂を立ててみせる!」
依頼を受けて設計を担当したのは、アルノルフォ・ディ・カンビオ(1245-)。
教皇派のフィレンツェは、皇帝派のピサやシエナに立つ巨大な大聖堂に触発され、
それらに負けない大きな大聖堂を建築する事を計画。
1294年頃に、巨匠として歩み始めていたカンビオに設計を依頼し、
1296年頃から実際に工事が始まっていました。
「新しい大聖堂を?」
「そうさぁ!どこよりも美しく大きな大聖堂を建てるでさ!」
30代の青年が工事現場の人に声を掛けると、その答えが返ってきました。
さらに、その大聖堂の設計者が、実は彫刻家であると知るとなお驚きました。
「そうですか……!
どのような大聖堂が建つのか、楽しみです!!」
画家のジョット・ディ・ボンドーネ(1267-)は、
かつて描いた事のある昔のサンタ・レバラータ聖堂を思い出しながら、
建築が始まったばかりのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の完成を期待して家路に着いたのでした。
その建築現場の見える某所、
フィレンツェの白党の議員が会して会議が行われていました。
白党は貴族と結び付こうとする黒党に対抗して結束した党派でしたが、
当初は組織の仕組みを詳しく知る者はいませんでした。
「俺たち商人達が、どうやったら黒党の組織力に勝てるのか。」
「もっと俺たちも組織力を高める必要がある。」
こうして白党には百人評議会なる評議会が設立され、
ダンテ・アリギエーリ(1265-)もその評議会の重役に就くようになっていました。
「コロンナ家は、現教皇の不正を訴え続けている。」
「この真偽はともかく、その声が大きくなれば、
教皇庁の地位は揺らいでしまう。」
「教皇という地位そのものが怪しまれる危険さえもある。」
「それは断じてならん!なんとかしなければ!」
「その為には正当な教皇に即位して頂かなければ。」
「誰を教皇に?そんな事を我々が口出し出来るはずもないでしょう。」
「それこそ貴族を利用して首位に就こうとする黒党と同じになってしまう!」
「ハンザ同盟や誓約同盟のように、自治体が独立した例も多くある。
フィレンツェも彼らを見習う必要がある。」
「それこそ……、貴族の手から離れる為には、
ピサやシエナ、それに、ヴェネツィアの組織力を見習った方が良いのでは……。」
「メディチさん、そんな事を言っては困る!」
「いや、皇帝派の彼らも未だに命脈が保てているのは、
彼らの横の繋がりが強いからに他ならないだろう。」
教皇派都市フィレンツェの対立関係である黒党と白党。
そして白党の内部にも、
ヴェネツィアと結び付こうとする考えも生まれ始めていました。
さらに、アンジュー家が敵対するハンガリー国王アンドラーシュ3世がヴェネツィア出身である事から、
ヴェネツィアの勢いも活発になりつつありました。
今年1296年、東ローマ帝国内で幅を利かせるジェノヴァはついに、
皇帝アンドロニコス2世パレオロゴス(1259-)との提携が決まりました。
ここで調子に乗ったコンスタンティノポリス在住のジェノヴァ人が、
ヴェネツィア大使館を急襲し、その要人達を拘束してしまうという事件が起こりました。
―――いくらなんでも非道だ!!!―――
―――ジェノヴァ人の横暴を許すな!!!―――
ヴェネツィアは、ついにジェノヴァに対して宣戦布告。
ヴェネツィア人達はエーゲ海の艦隊を集めてジェノヴァ人達の港を襲い、コンスタンティノポリスは大混乱に陥りました。
街は逃げ惑う人で溢れて、宮廷の周りも大騒動となりました。
「奥様……!こちらへお逃げください……!!」
赤子を抱いて逃げる母親は、テオドラ・パレオロギナ・カンダクゼネ。
帝国の重臣であるカンダクジノス家の周辺もヴェネツィアに襲われていました。
「なんで、、なんで、こんな事に……!」
「皇帝陛下がジェノヴァを贔屓したからだと聞きました……」
「夫は、どちらかに肩入れしてはいけないと何度も進言していたはずよ…。」
「それでもジェノヴァの圧力が強くて、
アンドロニコス2世帝はジェノヴァと同盟をしたようです。」
「なんて事……!!」
テオドラは嘆きました。
そして胸に抱くヨアニスを見つめました。
「貴方は皇帝を支える為に産まれて来たのよ。
絶対に、あの老帝のような政治をさせては駄目よ……!」
生まれたばかりのヨアニス・カンダクジノスは泣き喚くだけで、
その言葉を理解するのは数年後となります。
ヴェネツィアはエーゲ海沿岸のジェノヴァ人居留区を襲い続け、
ジェノヴァとの全面戦争に踏み切る構えを見せ始めてもいたのです。
―――……‥‥
―――ハンガリー王国ブダ。
ハンガリー国王アンドラーシュ3世(1265-)は腕を組みました。
「アンジュー家は未だに我がハンガリー王国を狙って来ている……。
やはり、大元であるカペー家の勢力を削いでおかなければなるまい……。」
「国王陛下……、ここで耳寄りな情報があります。」
「なんだ?」
「今年、パリに捕らえられていたフランドル伯が釈放されました。
ですが、彼は相当フランス王を恨んでいる様子……。
再びアングルテール王国に救援を要請するとか……。」
「ふむ………。これは、確実に利用出来る……。
フランスを嫌っている司教はそこかしこにいる。
その者らと連携を取れれば………、ふふふ。」
―――……‥‥・・・
―――……‥‥・・・
「ギィ・ド・ダンピエールが、
再びアングルテール王国と結びつこうと……。」
「はい。」
ギョーム・ド・ノガレが頷きました。
「しかも厄介なのは、
これに、ブラバント公ジャン2世が同調したばかりか、
ハンガリーと同盟したオーストリア大公アルブレヒトも動く兆しがあります。
さらに、かつてケルン大司教に操られていた諸領主が動く可能性があるらしいと……。
ケルン大司教ヴェスターブルクの影響が、
未だに響いているとは計算外でした……。」
「予想以上に、フランドル支配は難航しそうですね……。」
「はい。
ですが、相手は、反仏派の代理人同士が集まっただけの集団。
こちらが急いで軍を調達出来るならば、
大規模な戦争にならずに済みましょう。」
「だが、こちらも直ぐに兵を集める資金の余裕は無い。」
「いま税率の高い国はフランドルなど一部の領土に限った事です。
反仏同盟軍の襲来に備えると言えば、
国全体に対して増税しても大した問題にはならないでしょう。」
「全国的な徴税か……。
どの程度うまくいくのか全くつかめませんが……。」
「確実に金を徴収出来る組織があります。」
「組織?」
「教会です。
国民ならば聖職者であれ、国の為に尽くすべきなのです。
昔から世俗者によって叙任され、それがそのまま受け継がれている者も多くいる為に、
徴税出来る家系にも限度が生まれて来ているのも事実。
聖職者だからといって免税されるのは不平等です。
一般市民からもそう言った声が上がっているの事実で、
聖職者からも徴税するとなれば、一般市民も協力する事でしょう。」
「聖職者から……。」
「そうです。」
「うむ。」
フィリップ4世は頷きました。
・・・‥‥……―――
・・・‥‥……―――
―――1296年11月、
ブルージュ港に、アングルテール王国の船が入港しました。
アングルテール国王エドゥアルド1世一向は南下し、
11月22日、コルトレイク町に到着しました。
この町は、リールとヘントを結ぶ街道と、
ブルッヘとトゥルネーを結ぶ街道の交差点にあり、
古くは街道監視の砦が置かれていた場所でした。
「国王陛下!よくぞお出でいただきました。」
ギィ・ド・ダンピエールが出迎えました。
「フランドル伯よ。同調する者達の動きを教えて貰おう。」
「はい。フランドルとは古くより同盟関係にあるバル伯国、
バル伯アンリ3世(1259-)は1291年に伯爵位を継承したばかりで、
何より、その妃が陛下の娘エリナー様(1269-)であります。」
次いで、ブラバント公ジャン2世が進みでました。
「我がブラバント公国もお味方致します。
我が国が領有するリンブルフ公国と共に、
ユーリヒ伯ヴァルラム(1240-)、ホラント伯ジャン(1284-)も参戦します。
ホラント伯殿は今年6月27日に亡くなったフロリス5世(1254-1296)殿の嫡男。
アングルテール王国とは和解している事と思います。」
「うむ。そうか。他には?」
「ケルン大司教の影響も大きく、
ユーリヒ伯、ホラント伯と共に、
ナッサウ家がこの計画に乗りそうです。」
「ナッサウ家の、神聖ローマ皇帝アドルフ(1250-)か。」
「はい。
皇帝アドルフは、教皇庁の意に反して自領を増やそうとしています。
それ故に教会から目をつけられていると脅せば確実に乗ると言う事。
彼はケルン大司教には逆らえませんからな。」
エドゥアルドは頷き、軍議の参加者の名簿を確認しました。
「オーストリア大公アルブレヒト……。」
「はい。
我がブラバント家はヴィッテルスバッハ家と縁戚関係であり、
ライン宮中伯及び上バイエルン伯ルートヴィヒ2世(1229-1294)を相続した、
ライン宮中伯ルドルフ(1274-)と上バイエルン公ルートヴィヒ(1282-)とも繋がっております。
ライン宮中伯殿はオーストリア大公殿を一目置いています。
また、オーストリア大公は、
アンジュー家と敵対するハンガリーのアールパード家と同盟中。
従って、オーストリア大公軍が支援してくれる事になっております。」
「んむ……。
有力な者でこちらに靡かないのは、
エノー伯とルクセンブルク伯くらいか。」
「そう……、ですね……。」
エドゥアルドは思案しながら頷きました。
1296年12月25日、
コルトレイクの東45km、ヘントの南40km地点の街、
グラモン(ヘラールツベルヘン)にて会議が開かれました。
参加者は、フランドル伯ギィ・ド・ダンピエール、
アングルテール国王エドゥアルド1世の他、
神聖ローマ皇帝アドルフ、
オーストリア大公アルブレヒト、
バル伯アンリ3世、ホラント伯ジャン、ユーリヒ伯ヴァルラム、
そして、ブラバント公ジャン2世。
「我らの怨みを晴らしてくれる!!」
「勝利した暁には貿易路を確保させてもらうぞ。」
「我々でフランスの動きを封じましょう!」
「これでブリテン島側と大陸からの同時攻撃が可能となった……!」
「今度こそ、島側と大陸側の連絡を密にして多方面攻撃を実現させましょう!」
「これで、憎っくきフランス王の息の根を止めてくれる!!」
彼らによって、フランス包囲網が結成されました。
しかしエドゥアルドは、
フランドルから去る時、彼らを冷ややかな目で見ていました。
「帝国とオーストリアが同陣?
ブラバントとホラントが同陣?
寄せ集めもいいところだな……。」
「陛下……。
教皇派的領邦と我がアングルテール王国によるフランス包囲……
どうも、嫌な予感しかしませぬ。」
「ああ。分かっている。
祖父の二の舞は御免被りたいものだ。」
―――……‥‥・・・
―――……‥‥・・・
ロンドンの王宮に、ランカスター家の一団が向かっていました。
ランカスター伯トマス・オブ・ランカスター(1278-)は、
美しく整理された庭園を騎上から眺めながら気持ちよく進んでいましたが、ふと目に入ったものがありました。
「なんだ……、あいつは、
白昼堂々といちゃいちゃしやがって……、
しかも男同士ではないか……。」
中央通りからも普通に見える距離のベンチで、ベタベタする男二人を見かけたのです。
ムッとしたまま通り過ぎようとしていたところ、トマスは家臣から呼び止められました。
「殿……!無視はマズイです……!
あの方は、王太子殿下です……!」
「は?!」
トマスは驚き声をあげました。
あ、あれが……???
やむなく馬を停め、二人の前まで歩いて行きました。
そしてエドゥアルド2世に跪きました。
「なんだ。停まるのか。
てっきり俺を無視するのかと思ったぞ。」
エドゥアルド2世は見下すように言い放ちました。
「滅相もございません。
私は、陛下の弟ランカスター伯エドマンド・ド・ランカスターの嫡男、
トマス・ド・ランカスターです。
以後お見知り置きを。」
こう挨拶している間にも、
隣に座るピアーズ・ド・ギャヴストンはエドゥアルド2世にべったりでした。
「エド、挨拶終わったんなら、早く返してよ。」
「ん、悪い悪い。」
そう言ってエドゥアルド2世は顎でランカスターを去らせました。
それ以上の用のないトマスは、そのまま下がる事にしました。
―――ちっ……―――
あれが……、噂のギャヴストン………
トマスは吐き気を催すほど嫌な気分を感じていました―――……




