第二話 3
昼食を終えると二人は一番隊詰め所の方に戻り、再び戦車に乗って海へと出た。
さすがにムムも龍雅には操縦訓練は今日はもうやらせない様子で、操縦手席がムム、狙撃手席が龍雅という配置である。
龍雅はキューポラのハッチを開け上半身だけ出して外を見ていた。一応は警戒中の姿勢ではあるが、今は見学ツアーの特等席状態である。
その下のムムは操縦席上のハッチを、龍雅と会話しやすいように開けっ放しで運転していた。車体側のハッチを開けておくのは波が入ってくる恐れもあるので宜しくはないのだが、低速での運行でしかも根拠地での近くであるからの特別だ。
一番隊詰所を出て海をしばらく進むと、同じような施設が見えてくる。
「あそこが二番隊詰所。まぁお隣さんね」
二番隊詰所前を通過しながらムムが説明する。人の気配が無いので出動中なのだろう。
「戦車隊が全部で12隊あるのは分かる?」
「はい、知ってます、勉強しました」
龍雅の答えに「よろしい」と言うと、ムムは水上保安庁所属の対水の魔物戦用戦車隊の概要を説明し始めた。
水上保安庁の水陸両用戦車を配する駆逐隊は全部で12隊あるが、その全てが常に行動している訳ではなく、遊弋が6隊、訓練が3隊、保養が3隊と分かれており、それらがローテーションされることによって日々の行動が決定される。
遊弋が6隊なのは昼夜に3隊ずつ分けられるからであり、訓練中の3隊も敵と遭遇した場合はそのまま駆逐任務に入るので、実働は常に6隊とも言える。
遊弋のうち一隊は第三東京海堡常駐ということになるので、東京湾内と東京湾水系の警戒任務を行っているのは二隊になる。
巡回任務が二隊では少ないように思われるが、殆どの水の魔物は第三東京海堡に出現するので、今のところはそれで十分とされている。
もっとも総力出撃の場合は12隊全部が出撃するが、戦時下でもないためそのような機会は式典の時くらいである。
ムムはそうやって自分たち戦車隊の説明をしながら、水陸両用戦車を第三東京海堡の外周に沿って走らせた。他の戦車隊詰所や、艦艇用ドック、水保所属艦艇の並ぶ係留用桟橋、飛行場などを見て一周してくると、最後にアーティフィシャルアノニマスの巨体の脇を通って、一番隊詰所に帰ってきた。
「あの……ずっと気になってることがあるんですけど」
再び格納庫に収まった戦車から龍雅が降りると、続いて降りてきたムムに話しかけた。
「なにかな、わからないことがあったらなんでも訊いて」
「格納庫の隣にある、あの飛行船みたいな赤いモノはなんですか?」
龍雅は格納庫から出ると、そのモノを指差しながら訊いた。
一番隊格納庫の隣には、なんと形容して良いのか分からない物体が一つ置かれている。
全長50メートルはありそうな長大な物体の下に、10メートル四方の箱型の物体がぶら下がっているような形状。確かにそれは飛行船といわれれば飛行船のような形をしているのだが上部の気嚢部分も硬式飛行船という概念すらすっ飛ばすほどに、完全に鉄の塊にしか見えない質感している。
更にその先端部分からは杭の先端のような物が突き出しており、それは本体を貫通しているらしく後部から後端であろう部分が飛び出している。そして全体的に赤く塗装されている。
そんな良く分からない物体が長い着陸脚を伸ばして駐機しているのだ。
龍雅はとりあえず一番近いのが飛行船の形とは思ったのだが、飛行船の類ではないだろうことは彼女にも判る。
「これも、一番隊の装備機よ」
「これうちの隊のものだったんですか」
送れて格納庫から出てきたムムのあっさりとした回答に、龍雅は改めて驚いた。
龍雅は最初、その飛行船に似た物体は自分たちには関係ない、水保の別組織の機体ではないかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
「戦車隊って戦車だけじゃないんですか、扱うのは?」
「そうね。このシュラヘイアインも実戦には使うことはまず無いだろうけど、実際にわたしたち戦車隊の装備の一つであるのは間違いないわ」
「シュラヘイアインって言うんですか、これ」
「うん。シュラヘイが種類名、アインが固体名。これは一番隊の装備機だから二つ合わせてシュラヘイアイン」
「さっき第三東京海堡を一周した時、各戦車隊の詰所に同じような赤い大きな機械が置いてありましたけど、もしかしてあれ全部シュラヘイって機械なんですか?」
「そう。全部そう」
第三東京海堡外周を回っている時に、各戦車隊の格納庫脇には一番隊と同じように赤色の大型機械が野ざらしで置かれているのを見ていたが、それが全部シュラヘイと呼ばれる機械であったらしい。
「うちのシュラヘイアインとまったく同じ形のが一つあったでしょ?」
「はい、そういえば」
その途中でシュラヘイアインとまったく同一の、飛行船型の機械があったのも龍雅は覚えていた。
「あっちはシュラヘイズイベン。七番隊の装備機ね。まったく同じ形のが二つずつあるのよ」
同一機種が二機ずつの計六機種。それが全12機の構成であるらしい。
「さっき12隊のうち訓練で三隊って言ったけど、三隊のうち一隊はこのシュラヘイ訓練だから」
「こ、これの操縦訓練ってことですか」
「マニュアルとか無いんで手探りで動かすことになるけどね」
「マニュアルがない? どういうことなんですかそれ?」
「そもそも戦車隊が12隊あるのは、12機あるシュラヘイの運用試験を行う疾風弾重工内の試験部隊が元になっているから――らしいのよね」
水上保安庁戦車隊の創設にはそんな歴史があったらしい。
「じゃあ本来はこのシュラヘイが主役で、わたしたちが乗る戦車はおまけってことに?」
「まぁ、今じゃ完全に逆転してるけどね」
ムムが苦笑しながら言う。
「水上保安庁の装備の殆どが疾風弾重工から供給されてるから、その親元の疾風弾財団の思惑に左右されるのも仕方ないんだけどね」
「……はぁ」
「水上保安庁って水の魔物専門の駆逐組織ってのがそもそもの創設理由なんだけど、それ以上の戦うための道具を所有する、ある程度自由になる組織が欲しかったっていうのが、実は本当の理由」
ムムが水上保安庁創設の隠された理由を語る。
「古くからある陸海空の三軍や海保(海上保安庁)は、ある程度の思惑に従って動いているし、そうしないと維持できないし。陸保(陸上保安庁)のように前組織を完全解体の後に新設というわけにもいかないのが難しい」
そして新設組織が国土海兵隊のようにいきなり一次組織(敵を殲滅する正面装備を持った組織)ということになると、対外的なことも考慮すると、本来目指すべきことができなくなってしまう。
海兵隊に関しては他国への上陸よりも、自国領内への逆上陸が考慮されていた。鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いではそのような場面が多くあったからである。
しかし海兵隊という組織の性格上、そのような思惑は上手く伝わらないものだ。
その意味では海自、海保と続いて三番目の組織となっているというのは、思惑どおりでちょうど良いのだろう。
「財団や旧貴族っていう国の思惑とは別に動ける組織、影響下にある組織を作りたかった――ってのもあるみたいだけど」
水上保安庁はその装備の殆どを疾風弾財団が供給し、更に旧貴族の有締栓家の影響下でもあるので、国の思惑から大きく外れた柔軟性と即効性の高い組織となっている。
しかしそれを実現させるため、相手を誘い込む罠そのものが根拠地であるという中々に危険な組織体系となっているのは仕方ない。そのような条件と引き換えにでもしなければ、国から自由は得られなかったのだ。やはり国家直属の武装組織であるのだから、国の思惑通りに動く組織が欲しいのはどんな政府も同じだ。
「まぁシュラヘイアインに話を戻すと、マニュアルが無いのは、疾風弾財団がどこからか発掘してきたからとは言われてるけどね」
一通り自分たちの属する水上保安庁の秘められた創設理由を説明すると、今度は棚上げになっていたシュラヘイ型機械の説明へと切り替えた。
「発掘ですか」
いきなりの古代遺産発言に龍雅も少し驚いた顔になる。
「もしかして色々と過去の歴史が吹っ飛んじゃうようなものなのでしょうかあのシュラヘイって?」
「どこからともなく現れた鉄車帝国が攻めてきて、どこからともなく現れたチャリオットスコードロンがそれと戦って、水の魔物やら鉄車怪人が跋扈しているこのご時世、もう歴史がどうのってのも無いような気もするけどね」
「……それもそうですね」
鉄車帝国自体も、そのあまりの特異性から異次元からやって来たとは言われている。
そんな組織が15年前にはあり、更に残党がいまだに活動しているのだから、発掘兵器が12個くらい見つかっても今更なのかもしれない。




