第二話 2
「射撃の腕はまぁまぁかな」
朝食を済ませた二人は第三東京海堡の一角にある射撃訓練場にいた。
「ありがとうございます」
先ほどの大失敗が少しは埋め合わせできたのかと思って、龍雅もホッとした気持ちになる。
(いや、上手すぎるって言った方が良いのかなこの場合?)
しかしムムは先ほどとはまた違った龍雅の才能に首を捻っていた。
「リュウガはさ、いくら戦車の操縦経験があるっていっても発砲は始めてだよね?」
「はい、そうです」
龍雅の答えを聞いてそれはそうだろうと訊いたムムも思う。いくら民生用販売戦車とはいっても、射撃装置までそのままにして売ることはありえない。砲塔そのものはターンテーブルとして使えるのでそのままだが、砲身基部の装填装置と射撃装置は普通は取り外されて販売される。
この射撃訓練場では実際に任務で使っている車両と同じ物が訓練用として配備されており、模擬弾が撃てるようになっている。龍雅はその訓練用模擬弾で命中率70パーセント以上という数値をたたき出した。しかも本人が言うにはこれが初射撃であり、それは嘘偽りのない正しいものだろう。
(……なんだろう、スナイパー部隊とかに入れた方が良いのかな? でも戦車操縦の方もちゃんと教えれば伸びるような気もするしなぁ)
龍雅の良く分からない適正やらセンスに、ますます頭の中が困惑してくるムムであった。
「この弾ってどこで作ってるんですか?」
龍雅が射撃に使った弾種を訊いた。本日の訓練に使用したのは、昨日彼女が待ち合わせ場所に指定された埠頭で遭遇した水の魔物を殲滅した、あのトリモチ弾をそのまま使っていた。
まずは龍雅の射撃センスを確認するべく、自分たちが普段使う実弾で試してみようと、ムムは実弾射撃を選択した。もちろん鉄車怪人に止めを刺す徹甲弾などの威力のあり過ぎる弾種のいきなりの使用は無理であるが。
そして龍雅はこのトリモチ弾で命中率七割という数値を出していたのだ。
「登戸研が作って各分隊に配ってるとは聞いたけど」
「のぼりとけん? 登戸ってあの登戸ですか?」
龍雅は山奥出身ではあるがれっきとした東京都民なので隣接県にある登戸の地名くらいは知っている。
「昔は本当に登戸にあったらしいけど、今は違うみたい。でも通称の方が多く名が通ってるから、名前をそのまま使ってるだけみたい」
「通り名みたいなもんですか?」
「そんな感じね。登戸にあった時代は、怪しい新兵器とか全部そこが作ってたらしいし、黒魔術とか錬銀術とか本気になって研究してたみたいよ」
「ホントですか」
「だってこの国が巻き込まれたWW2って、最後は神風を起こして敵を全部吹き飛ばそうって本気で思ってたんだから、それぐらいの研究はしたんじゃないかしら、真剣になって」
その当時の傷跡は房総半島の方に多く残っている。
「で、この弾そのものはその中でも錬丹術の粋を集めて作られたらしいわ」
「それで、この弾丸はなんでこんなに白いんですか?」
「それは塩でできてるからよ」
「塩?」
「トリモチだから餅ももちろん混ぜてるみたいだけど、基本は塩ね。でもちゃんと弾丸として飛ばせるように押し固められてるから、生身で当たったら痛いじゃすまないから気をつけてね」
「は、はぁ……」
昨日の水の魔物への射撃の時に、ダイゴには当たったら気絶とは説明していたが、トリモチ弾とはいってもかなりの威力があるのは確からしい。
「リュウガには射撃実習よりも操縦訓練だと思うから、そっちの方をまずは重点的にやりましょ」
「はい」
「まぁでも訓練は今日のところはこれくらいにしておきましょう。その分休憩時間を多めに取って、わたしたちの基地であり帰る場所であるこの第三東京海堡の案内をしてあげるわ」
ムムはとりあえず今日のところは射撃訓練も様子見でこれくらいで良いかと、早めの休憩を促した。
まずこの第三東京海堡に降り立って目立つのはその風車だろう。
強引に引き起こされた火山活動によって生まれた火山島を造成して新島を作るに辺り、もっとも問題となったのが排水であった。
現代科学の粋を集めれば地面をかなりの高所に埋め立てることも可能ではあるが、地盤沈下などの影響も考えられ、また第一の目的である水の魔物をおびき寄せる巨大トラップとしての効果が薄れるとのことで、平均的な土地の高さとなっている。
しかし東京湾湾口に近い地形から高波の被害を恒常的に受けるのは避けられないので、その排水目的として多くの風車が立てられることになったのだ。
当初は電動式ポンプなどの設置も考えられたが、水の魔物というものは科学技術に囲まれた近代的な場所よりも、比較的のどかな地域に現れる傾向が強いと調査結果が出ているので、水の魔物をあえておびき寄せるために作られているこの第三東京海堡には、その運用の殆どを人力で行う排水装置である風車が多く立てられることになった。
そういったアナログな部分に水の魔物は好んで寄ってくるらしいので、第三東京海堡では風車以外でも人力で行える部分は極力人力でまかなうようになっていて、アナログな生活自体も推奨されている。
話を風車に戻すが、風車には保守保全を行う風車守という職が必要で、基本的に風車守というものは自分が見守る風車そのものに住むものである。
つまり風車を運用するには風車守が必要で、風車守は人間であるから生活を循環させる拠点が必要である訳なので、この第三東京海堡にも風車を中心とした生活のための町が作られることになった。本土から風車守たちのために物資の専用輸送も考えられたが、そのような味気ない生活では成り手もいないだろうという考えからでもあり、この場所が最初から住処そのものでもある水上保安庁隊員の娯楽や保養も含めてのことである。
規模的には水保の施設を優先しなければならないのでかなりこじんまりとした街並みではあるが、それでも造成から15年経った今ではそれなりの規模に発展している。
二人はその第三東京海堡内の町の中を歩いていた。
「なんか可愛い町ですよね」
街並みをキョロキョロと見回しながら龍雅がいう。
「いちおう風車施設に合わせた統合建設計画とは言われてるね。疾風弾重工が開発してるこの国の風土にも強い建築素材の実験場って話もあるけど」
この国の多くの街並みは常襲的に起こる台風や地震を考慮して殺風景な作りの物が多いが、この第三東京海堡の町はそれとはかなり異なり、欧州地域のような家々が立ち並ぶ。多分最新技術を応用した地震にも強いレンガ(に見える物)や、台風にも強い木壁(に見える物)などが使われているのだろう。
「まぁ本当のところは水保の出資元の疾風弾財団のお偉いさんの趣味とか言われてるけどね」
「はい?」
「それと旧貴族の有締栓家も計画に加わってるって話なんでその思惑もあるんじゃないかな」
水上保安庁はもちろん国家直属組織であるが、その出資の殆どは日本有数の財団連合である疾風弾財団が行っていて、旧貴族の一つである有締栓家もそれに一枚噛んでいる。
そのような背景があるので国から独立している(国から口出しできない)部分も多く、軍隊らしからぬ雰囲気が多く散見されるのはそのためである(厳密には陸保や海保同様軍隊ではないのだが)
「あと水路も多いですよね」
ここに来るまで何本橋を渡ったか分からないくらいになった頃、龍雅が改めて訊いた。
「この第三東京海堡が水の魔物を誘い込むためのものだからね。これでもかってくらい水路はあるよ」
町のいたるところに整備された水路はもちろんそれは水の魔物をおびき寄せるためにであるが、この場所で暮らす者たちは物資や人員の輸送に役立てて有効活用している。
この国の本土でも水路や運河を荷運びや人を運んだりに利用している場所はあるが、ここは町全体がそうなので規模が違いすぎた。
「さて、本日のお昼はここにするかな」
流石に町全体を歩いてみるには時間がないので、ある程度歩いてきた場所にあったレストランに入ることにしたらしい。この欧州地域的な雰囲気に即した洒落た作りの店舗だ。
「リュウガはまだまだお給料出るのは先だから今日はわたしのおごりね」
「わー、ありがとうございます……って良いんですか、水保の食堂以外でご飯食べても?」
昨日の夕食と今日の朝食は水上保安庁本庁舎の方にある食堂で食べたので、自分たち水保隊員はそこで食べなくてはならないのではと龍雅は疑問に思ったのだが。
「まぁあそこが一番近いんで普段はそこで食べるけど、別にそこで食べろって決まった規則はないよ。詰め所の方にはキッチンもあるから、なんだったら自炊も出来るし」
「そうなんですか」
「水の魔物をおびき寄せる罠そのものに住み込んで働いているんだから、それぐらいの自由はないとね」
ムムはそう言いながらレストランのドアを潜った。
「そういえばここ、罠そのものなんですよね」
龍雅もこの第三東京海堡が作られた理由を改めて考えると、ムムの後に続いて中に入った。
「やっぱり第三東京海堡って良く水の魔物が現れるってことですよね」
食事を済ませてセットメニューだった食後のコーヒーを飲んでいる龍雅が、店の窓から外を見ながら訊いた。
「うん、二日に一回とか三日に一回とかそんな頻度で現れる。その時は戦車隊の中の根拠地常駐班が駆逐戦に当たる」
ムムもコーヒーを飲みながら外を見た。至って平和な町並みが見える。
「まぁ昨日今日と現れてないみたいなんで、担当班は暇してるんだろうけど」
再び龍雅の方に顔を向けながらムムが言う。
「でもまぁ、いきなり水の魔物が千匹も一万匹も現れて襲い掛かってくる可能性も無きにしも非ずなんで、そういう意味じゃ本当は怖い場所なんだけどね、ここ」
外を見ていた顔を自分の方に戻した龍雅にムムが言う。
鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いの最中、超巨大水陸両用型鉄車怪人が東京湾に水没した時、水の魔物というものが現れるようになった。そして現れるようになった直後は、千匹以上の大群が一気に現れたこともあり、それを当時は一つ一つチャリオットスコードロンが退治していたのだ。
「もし本当にそうなってしまったらどうするんですか?」
千匹も一万匹も一気に現れてしまったら、チャリオットスコードロンという超人のいない今、水保の戦力でどう対処するのだろう。
「空自に爆撃してもらうことになってる」
龍雅の質問にムムからかなり過激な答えが返ってきた。
「爆撃……ですか」
「うん。爆弾落っことして第三東京海堡ごと一気に殲滅。今は航空自衛隊に頼むしかないけど、何れは自前で爆撃機を揃えたいって話になってる」
「すごい話ですね……」
「まぁ元々そういう場所だからねここ。ここの町の住民のみなさんも、家が吹っ飛んでしまうかもしれないのは前提で暮らしてるし。もっとも爆撃前にはちゃんと脱出するよ。その脱出用にあのアーティフィシャルアノニマスもあるって話しだし」
第三東京海堡にある桟橋の一つには一隻の巨艦が係留されている。
アーティフィシャルアノニマス。あのチャリオットスコードロンが移動基地として使っていた大型輸送空母である。
チャリオットスコードロンが残したこれらの遺産は、巨大ロボへと合体する五台の要塞戦車と一台の胴体部を構成する特殊車両、そしてそれらを輸送するこの巨大空母一隻の七つからなる。
それらをこの国を守る七軍(陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊、国土海兵隊、陸上保安庁、海上保安庁、水上保安庁)が一つずつ保管しているのだが、もっとも直接的戦いから遠い組織である水保には、この大型支援兵器の保管の役目が回ってきたのだという。
元々は違う艦名であったらしいのだが、水保所属に伴って改名されたらしい。
ちなみにアーティフィシャルアノニマスの係留桟橋は龍雅が配属となった一番隊のすぐ隣なので、第三東京海堡にやってきた時からずっとその巨体は目に入っていたりする。
「意外にもここって、自分たちの領土を戦場に仕立てた決戦都市なんですね」
緊急時の脱出用に島民全員を乗せられるだろう巨艦まで用意しているという用意周到ぶりに、この第三東京海堡の隠された覚悟を知る。
「まぁそんな殺伐とした雰囲気なんて全然無いけどね」
しかしそんな覚悟はあっても日々の生活は送られている訳で、この国の七軍の一つの根拠地であるのにのどかな空気が毎日流れている。
「でも一年中罠の上で暮らしてるってのは確かですよね」
のどかなのだけれどもその事実は心の奥底では忘れてはいけないと思う龍雅、自分の気持ちを改めるようにそう言う。
「その意味ではこの国にある七軍の中では水上保安庁が、実は一番毎日激しく戦ってるんじゃないのかな?」
ムムもその気持ちは大きいようで、常に臨戦態勢を怠っては成らないと心に想っている。
「さて、そろそろいこっか」
「はい」
「戦車隊の装備品とか他の施設とかも色々説明しなきゃいけないからね」




