第二話 4
とりあえず定められている夕方の終了定時を過ぎて、ムムが隊長を務める戦車隊一番隊は本日の任務を終了した。
新隊員の龍雅を迎え入れた直後であるので、一番隊はしばらくは訓練のローテーションが続くらしく、夜間遊弋任務なども今のところは無い。
戦車隊は一隊一隊が独立しており、普通の軍隊のように集団での行動というのは通常はしない。
合同作戦も合同訓練ももちろんあるが、基本的には一隊一隊が個別に遊弋任務や訓練を行っている。その辺りの自由な雰囲気も水上保安庁の特長だろう。
夕食は朝食と同じように水上保安庁本庁舎で済ませてきた二人は、詰所に帰ってくると事務所スペースでお茶の時間にしていた。
龍雅はまだ茶器の場所などは分からなかったので、ムムと一緒に用意をしたが、翌日からは自分ひとりでムムの分まで用意することになる。
「今日は一日お疲れさま」
「お疲れ様でした、ありがとうざいました」
ムムの労いの言葉に龍雅は頭を下げながら答えた。
「どう、これからがんばれそう?」
「はい、がんばれそうです」
「それはなにより」
ムムは満足そうに微笑むと、カップのコーヒーを一口飲んでテーブルに置いた。
龍雅も飲みかけのコーヒーを飲もうとカップに手をかざしたが、コーヒーカップが龍雅の手から逃れるように前に動いた。
「??」
その異常な動きを不審な目で追うムム。地震でもあったのかと思ったが、揺れた気配はまったくない。
「ぉっとと」
「え、なに、手品?」
今度は普通に取っ手を掴んだ龍雅に思わずそんな風に訊いてしまう。
「たまにあるんですよ、こう掴もうと思った物が、ひょいっと逃げるように動いちゃうこと」
コーヒーを一口飲むと、再びテーブルにカップを置きながら龍雅が説明する。
「……どういうこと?」
「いえわたしその……電磁誘導とか重力制御とかが使えるみたいで」
「なにそのすごい設定!?」
龍雅の口から出た言葉に流石にムムも驚きが隠せない。
「生まれながらの体質なんだと思うんですけど無意識のうちに反発場が出ちゃうんですよ。しかもそれが電磁誘導なのか重力波の方なのかわからないっていう……」
一般的な15歳女子には到底到達できない領域の悩みにムムも思わず(なんだそりゃ……)と頭を抱える。ムムは見ていない時の話になるが、昨日ダイゴから渡された潰した空き缶を投げた時に見せた超加速は、どうやらその力が漏れ出てしまっていたためらしい。
「わたしってそういう力があるからか、早期特別訓練生枠で入れたようなものなので……」
龍雅が義務教育終了直後の高校未就学特別枠で入隊してきたのは、やはりそう言うことだったのかとムムも思った。これは戦車操縦の上達はやっぱりあきらめて、もう最初から白兵部隊入りを進めた方が良いのかなとも思う。
「それってさ、戦車とか戦艦を一撃で粉砕する電撃を放てたりとか、重力なんとかで空を飛べたりとかするわけ?」
というわけで龍雅はどこまでその力が使えるのか聞いてみた。ムム自身も水上保安庁という異の存在を討つ組織に属しているので、電磁誘導とか重力制御とか言われてももうそんなには驚かない。
「戦艦は無理かもしれませんけど、戦車くらいなら壊せるようになるかもしれません。空はどうだか分かりませんけど、今は自分の力をちゃんと使いこなせるように練習中です」
ダイゴに語った必殺技がどうこうということは、どうもこう言うことだったらしい。水保に入れば自分の力の使いこなし方を学べるかもとは、龍雅も思っていた様子。
「え、なに、リュウガは将来はチャリオットスコードロンへの入隊でも目指しているの?」
その龍雅の言葉にムムは唖然とした表情になりながら訊いてしまう。
鉄車帝国との戦いが終わり表舞台から姿を消したチャリオットスコードロンの隊員は、一人一人が一つの軍と同じだけの戦力と言われていた。
当時はこの国には正面から戦える一次戦力は陸海空の自衛隊三軍しか無かったので、もしこの国がチャリオットスコードロンと戦ったとしたら、その時点で対抗できなかったのだ。二次戦力である陸上保安庁と海上保安庁(厳密には両組織とも軍隊ではない)を入れてもようやく数の上での互角、戦力に関してはまだチャリオットスコードロンが上回るという状況。
この国が四番目の一次戦力である国土海兵隊の急速整備に踏み切ったのも、陸保と海保の武力の大幅向上を行ったのも、根幹にはチャリオットスコードロンの力を飽和させるという意味もあったのだ。
チャリオットスコードロンは頼もしい力であったのと同時に、この国では制御できないあまりにも強すぎる力を持った組織でもある。
人間個人同士であるならば、相手がどんなに強くとも分かり合える関係となれるだろう。
しかし、例えば国単位でなくとも、組織として肥大した人の集まりであるならば、近くに自分たちより強く、そして制御できない生き物がいる場合、それを排除するか、取り込むか、それ以上の力を持とうとするかのどれかになる。
その組織を作り出す人間というものの生存本能からすると、この国の武装兵器の急速な発達は止むを得ないものだったのだ。
そして龍雅が、その力を本当に使いこなせるようになってしまえば、チャリオットスコードロンの六人目の隊員になれてしまうくらいの能力者にはなるだろう。それほどの力だとムムは見た。
「そういう入隊とかは全然考えていないんですけど、でも制御できるようにならないと自分の力を抑えることもできませんし。そのための能力開花の自主連なんだろうと思ってやってます」
しかし龍雅にはそんな気はない様子で、そのように答えた。
凄い力を持っていてもそれが制御不能で暴発してしまっても意味が無いわけだ。
使う当てがなくとも、その為に使いこなせるようになるのは確かに正論だ。しかしそれでいて、どこまで能力が上がっていくのだろうと思うと恐ろしくなるのも、確かなのだが。
「あと他にも何かあったりするの?」
「髪の毛にすごい力があるみたいです」
ムムが怖いもの見たさで更に訊いてみたら、まだあるらしい。
「神髪っていうか、髪の毛で何でも作れる力らしいです」
「神髪? 神の髪ってこと?」
「言いにくいですけどそうです」
頭の後ろでまとめた髪を、軽くいじる仕草をしながら龍雅が言う。
「最終的には龍の焔の炉というものをこの髪の毛で再現して、そこに龍の焔と呼ばれる力を具現化させるのが目的らしいです。電磁誘導と重力制御もその龍の焔というものを作り出すための付随要素であるので使えるらしいんですけど」
「龍の焔ってなに?」
「真空からエネルギーを取り出す零点放射から生み出される力のことです。真空というのは強力なプラスと強力なマイナスの力がお互いを打ち消しあって無の状態を作り出しているから無の状態に見えると考えられていて、その拮抗を崩すことにより力を取り出そうとするのが零点放射理論です」
「それってとんでもない力なんじゃ?」
「1立法センチの真空に秘められた力を完全解放できたら、星が2千億個ほど一瞬にして無くなるとは言われています」
そう説明されるとリボンでまとめた彼女のポニーテイルの髪型が、なんだか髪の毛に秘められた力を封印している神秘的――というよりも禍々しいものようにも見えてくる。実際はただの髪留めなのだろうが。
「なんかよく分からないけど、そのすごい神の髪の能力を持ってしても、戦車の運転がヘタクソなのをどうにかできないのはわかった」
「わーっ」
なんだか龍雅にはとてつもない力があるらしいが、その力が戦車乗りとしての必須能力に活かされてなきゃダメじゃんということで、ムムは話をまとめた。これ以上聞いていると頭が痛くなりそうな内容が続くのだろうから。
そうして最後の最後に新たな隊員の物凄い告白を聞いて、新体制となった戦車隊一番隊の一日目は終了した。




