第一話 3
「どうしましたダイゴさん?」
龍雅が缶専用くずかごを元通りに直して戻ってくると、ダイゴはベンチから立ち上がって海を見ていた。
そして龍雅には目の前の海面だけではなく、周りの気配を探るような仕草をしているようにも見えた。
「――なにか居るな」
急に鋭い視線となったダイゴが口にする。
「迎えの人が来たんでしょうか」
「そうだったらありがたいんだが、どうも迎えの人間にとってもありがたくないヤツっぽいな」
「ありがたくない?」
「つまり、お前が今日から入隊する所が、日々追い掛けまわして倒してるヤツってことだな」
ダイゴがそう言った瞬間、埠頭の一角の海面が間欠泉のように吹き上がった。
「!?」
吹き上がった海水が収まると、そこには海面から突き出された一本の腕が残された。人間の腕のようにも見えるが遥かに大きい。そして透明だった。
海原から突き出た腕が振り下ろされるようにすると、先端についた太い指が護岸の角を掴んだ。そしてそこを支えにするように本体が出現する。
それは上半身だけを一旦護岸に載せると這うように海から上がってきた。大きい。上半身だけでもかなりの大きさだ。そしてそれだけの大きなものが這いずり回るという行為に嫌悪感と恐怖が増大する。
それの腰から下には脚は無い。代わりに円錐状の下半身が付いている。それは体を完全に上陸させると円錐型の半身を支点にして立ち上がった。人の体をひょろりと伸ばしたような、それでいて巨大な上半身が上に載る。両腕は末端に進むに連れて広がっていて手は大きい。頭部は殆ど何も造形が無く、それがかえって不気味な印象を増長させる。体全体が透き通った弾力のありそうな体組織で構成されていた。
バシャバシャと桟橋に海水を降り注がせながら、それは現れた。
「……水の、魔物」
龍雅がその透明な巨体を見て思わず呟く。
東京湾に現れる異の存在。
鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いが終わっても尚、この国を恐怖させ続ける負の遺産。
そしてあれこそが、水上保安庁が創設された理由。
「……」
龍雅は、これから自分が働く場所のそもそもの存在理由が現れて軽く息を呑んだ。まさか自分がそこに所属することになる直前に、これから戦うことになる相手と遭遇するとは。
「――?」
龍雅が気付くと、自分の前にいつの間にかダイゴが立っていた。
「ダイゴさん?」
それは水の魔物から龍雅の身を隠すように。そしてまったく動いた気配を感じなかった。
「リュウガ、お前は下がってろ」
「でもあれは、これからわたしが倒していかなきゃいけない相手です」
龍雅はそう言いながらダイゴの隣に並ぶように立った。
「ほぅ? あの水の魔物を見てそんなことが言えるとはたいしたモンだな」
隣に立った龍雅の横顔を軽く見上げてダイゴが苦笑する。驚いた様子は多少感じられるが、怖さの感情はその表情からは伺えない。
「見た目どおりお前さんは武器の類は持っていない様子だが、なんだ、拳と蹴りでなんとかするつもりか?」
再び水の魔物に視線を戻したダイゴが訊く。
「そのつもりです」
そしてその質問に龍雅はあまりにもあっけなく答えた。
「あの水の魔物に触れても、体が溶けたりとかはないんですもんね」
それを聞いてダイゴは「ぶはは!」と吹き出した。
「そっちの心配か! 俺も何度か生身でやりあったことがあるが、手足が溶けることは無かったな」
震えもしなければ臆することもないその姿に、ダイゴの苦笑は尽きない。
「わかりました。では――いきます」
龍雅はそういい残すと、水の魔物に向かって駆けた。そして握った右の拳を全力で叩き込む。
「?」
龍雅の右拳は相手の胸部辺りに当たったのだが、弾力性のある体に少しめり込んだところで左に逸れるように弾かれた。しかしその拳が弾かれると当時に、拳が当たった箇所の部位が削がれるように少し千切れ飛んだ。
攻撃を食らった水の魔物は、だがその程度ではダメージになっていないのか左腕を振り上げると、攻撃直後で動きが固まっている龍雅の背にへと落とす。
「おらぁ!」
しかし背中へ振り下ろされる直前だった左腕に、ダイゴの跳び回し蹴りが決まった。水の魔物の一部がまた少しだけ千切れ飛ぶ。
「いったん離れろリュウガ!」
「はい!」
直後、今度は水の魔物の右腕が振り下ろされた。龍雅とダイゴは同時に後ろへ跳んでそれをかわす。そのまま一度間合いを広げる。
「お前、相手が急に硬くなるとかそんなことは考えなかったのか? その勢いのストレートパンチだと相手が鉄板だったらお前の手の方がぐしゃぐしゃだぞ」
「まったく考えてませんでした」
蠢く水の魔物を見やりながらのダイゴの言葉に、龍雅がさらりと返す。
そんな風に訊いたダイゴではあったが、水の魔物に生身で立ち向かっていく勇気、そして素手で魔物の体組織の一部を千切り飛ばす力を見て、この女の子だったら鉄板くらいぶち抜けるんじゃないのかとか思い始めていた。水上保安庁もとんでもない逸材を見つけてきたものだと。
(はは、なんか面白くなってきたな)
そんな彼女を見て、ダイゴも心の中ではわくわくしたものを感じ始めていた。
鉄車帝国と戦い始めて、わけも分からず全力を懸けていた最初の頃。
あのがむしゃらな最初の頃のわくわくとした気持ち。
この背の高い女の子が隣りにいると、その時の気持ちを思い出させてくれる。
「さっきは下がってろとは言ったが、どうやらお前さんのことを守ってやる必要はないようだな」
「ありがとうございます」
何をしてありがとうなのかは不明だが、龍雅はとりあえずそのように答えた。
「だったら二人同時攻撃と行こう。俺はあいつの左腕側、お前さんは右腕側」
「わかりました」
「じゃあ――いくぜ!」
「はい!」




