第一話 2
倉庫の詰め所的な場所にあった自販機で目的の物を購入すると、埠頭の一角に忘れ去られたような感じのベンチがあったのでそこに二人は腰を落ち着けた。
「で、お前さんはどっから来たんだ?」
「檜原村です」
「おー、東京最後の秘境って有名な村だな」
檜原村は東京都にある唯一の村だ。
ちなみに村だから一番奥にあると思われがちだが、地形的に最奥にあるのは奥多摩町である。
「あはははは、良く言われます。でも自然が多くて良い場所ですよ?」
「それも知ってる。俺も何度か上から見たからな」
「上から?」
「いや、こっちの話だ」
話を逸らすようにダイゴはコーヒーを一口飲んだ。
「俺の名前はダイゴっつうんだ、お前さんは?」
「村雨龍雅といいます」
唐突に青年が自己紹介したので、龍雅も素直に名を名乗った。
青年――ダイゴが、男女の付き合いなどは超越した何かを抱えているような雰囲気なので、龍雅もなんの疑いの気持ちも湧かずに体が反応した。
「リュウガか、なかなかイカした良い名前だな。お前さんの身長というかそれも含めたミテクレにピッタリな良い名だ」
「は、はぁ、どうもありがとうございます」
褒められているのか違うのか良く分からないのだが、この青年が口にするとまったく嫌味にならないので龍雅は素直に礼を言う。
「そんなお前さんはこれから戦車乗りなんだな。その上背で戦車の中に入れるのか?」
「まぁ地元でも乗ってましたし、大丈夫だとは思うんですけど」
といいつつも乗る度に頭や肩や尻がどこかしらにぶつかるのは黙っていた。
「ダイゴさんは戦車は好きですか?」
自分に戦車の話が振られたので自分もなんとなく訊いてみた。
「好きか嫌いかどっちか選べって言われたら嫌いだな」
ダイゴの方は海を見ながらそんな風に答える。
「気分悪くしたか?」
「いーえ、だって『大好きだからこそ嫌い』ってダイゴさんの顔に書いてありますよ」
「こいつは一本取られたな」
「ダイゴさんは以前は戦車に乗っていたんですか?」
「そうだな、前は乗っていたな」
今でもたまに乗ることはあるのだが、それは黙っていた。一応は自分は引退していることになっているのだから。お互い黙っていることが多いが、初対面であるからどこまで喋っていいか判断がつきかねないのだろう。ダイゴはずけずけものを言うタイプのようだが、その辺りの線引きは心得ている様子。
「じゃあダイゴさんはわたしの大先輩になるんですね」
「まぁこれから戦車乗りになるっつーんだったら、そいつら全員が後輩つったら後輩だがな」
以前は自分の下に毎週のように現れた自分を師匠と仰ぐ一人の少年をダイゴは思い出した。アイツはちゃんと戦車乗りになれたのだろうか。
「そういうお前さんは戦車好きなのか?」
「好きっていうか……水上保安庁っていう15歳から就職を受け付けてくれるところがあるって知って、もうその後は勢いで試験受けたらそのまま受かっちゃって」
「というかお前まだ15歳だったんか!?」
ダイゴはそっちの方にびっくりした。てっきり水上保安庁の通常の最低就職年齢である18歳だと思っていた。
「この身長のせいか、昔から実年齢ではあまり見られないですね……」
「ということは特別枠での入隊者か。お前何気にすごいんだな」
「……普通に面接受けたら受かっちゃっただけなんで、どこがすごいんだかいまだにわからないです」
「それがすごいんだと思うが、まぁ普通枠も特別枠もそれ以前に、女で戦車乗りになりたいって願うんだったら、行き先は水保になっちまうのはしょうがないだろうけどな」
この国の戦車の配備状況に詳しいらしいダイゴが言う。
元からある陸自の戦車隊にしろ陸保の戦車保安隊にしろ、男女雇用均等法に従い女性でも志願することは可能であるが、その夢がかなって戦車隊に配属されるのは稀でしかない。
しかし一転して水上保安庁はその組織の人員構成自体が、女子の在籍比率が全体の7~8割くらいなのである。
その最たる理由は水保自体が三次組織だから、と言う事実がある。
侵攻してくる敵に対して領海内において正面からぶつかり合うために存在する海自、平時戦時両方含めて海上護衛を主任務とする海保、そして水保は東京湾を中心とした水域のみの防衛を主任務とする。その活動領域の差からこの二つより更に下、つまり下階位組織として見られてしまうのは仕方ない。
水保も含まれるこの国を守る七軍は一応全てが同格の扱いではあるのだが、やはりそれでも水上保安庁が一番下に見られてしまうのは仕方ないのだろう。
更に保有するのはそのほぼ全てが水陸両用戦車なのである。せっかく戦車乗りになったというのに、船酔いと戦わなければならないとは何ごとかと。船乗りになりたかった者にとっては、海に出てまで履帯を回して進まなければならないのは何ごとかと。
稀にその両方を望む者――戦車にも乗りたいし水上での戦いでも主役になりたいと願う者には、水保と同時期に創設された国土海兵隊が用意されているので、その手の血の気の多い者はそちらの方へと入隊するわけである。
と言うわけで結果的に女子の比率が多くなったというわけだ。共学であるけれど工業高校には殆ど男子しかいないのに対して、簿記学校も共学であるのに殆ど女子しかいないのと同じようなものであるらしい。
「実は海に出るの始めてなんですよ」
コーヒーの缶を両手で持ちながら目の前の水面を眺めている龍雅がそんなことを言った。
「……良いのかそんなんで?」
「だって周りは川しかありませんでしたし。それに勢いで受けた試験が受かっちゃったんですし」
「良くそんなんで10キロ以上も泳ぐとか言えるよな」
「浮き輪があれば多分だいじょうぶですよ」
「……浮き輪最強伝説だな。まぁ船が沈んで遭難とかなったら救命浮き輪に掴まって何キロも泳ぐしな」
「戦車の話に戻りますけど、さっきも話しましたけど前から戦車には乗ってましたから」
鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いが終わってしばらくして、この国有数の重工業組織の一つである疾風弾重工が、非戦闘用戦車というものを販売しているのは前述の通りで、舗装が万全の都市内では個人での運用は困難であるが龍雅の地元は山奥なので、見る機会も乗る機械も多いだろう。
「小五の時に始めて乗って――って、あ、もちろん私有地内ですよ」
女の子は男に比べて体の成長も早ければ、それに比例して大人びた行動に出るのも早い。彼女はその勢いのまま村を出てきたのかもしれない。その目的や行動は少女と言うよりは少年のようだが。
「鉄車帝国ってなんだったんだろうなって思うんだよ」
海を眺めながらダイゴが、会話を寸断するかのように唐突に言う。
「あの帝国が現れなきゃお前さんがこれから行く水上保安庁ってのも生まれなかった。町中にこんなにも戦車が溢れかえることもなかった」
「……そうですね」
「水保だけじゃない。この国は国外への侵略行為は意図しないとはいえ、凄まじいまでの武力を増やしている。持久戦を考慮しない短期の戦いであれば世界中を制圧できるんじゃないのかってくらいの総合戦力になっている」
鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いが終わった15年前、この国は二つの戦力を新たに作った。それが龍雅がこれから行こうとしている水上保安庁と、もう一つ上陸戦を主任務とする国土海兵隊である。
「でもな、それだけの武器を抱えていても殺伐としていないんだよ、この国が」
二つの新組織以外にも、三つの自衛隊組織と二つの保安庁組織の既存組織の戦力増強は依然として行われている。首都そのものの治安は陸保が守っているし、陸自も多くの駐屯地を抱えている。横須賀港には海自の艦艇も多数錨を下ろし、海保の艦も多く入港している。もちろん空自も数多くの航空機を揃えている。
しかしダイゴが語るように、戦争突入直前のような刺々しい雰囲気はほとんど感じられない。町中は至って平和だ。
「穏やかなんだよ、本当に」
「穏やかですよね」
「時間もゆっくり流れている」
「ええ、とっても緩やかです」
龍雅も同じようの感じていたのか、ダイゴの意見に同意する。
「わたしも東京都民ですけど、東京の海がこんなに綺麗だとは思いませんでした」
穏やかさの象徴としての綺麗になった海。
自然界に溢れるリズム、それこそ平穏。
ならば続々と配備された超兵器群は自然と調和できているというのだろうか。
「鉄車帝国の目的は全世界の制圧、そしてその後の武力による平定だった。穏やかな時間を作ろうってことにしちゃ、やってることは変わらない。あいつらの行いを素直に受け入れていればこの世界全てが平和になっていたのかもしれない。しかしそれができないのは、人間っていう生き物がその手の侵略行為を受け入れることができないからだ」
「……」
「そう言う意味じゃ人間なんてのはいつまで経っても進化する勇気が出てこねぇえ弱い生き物だ」
ダイゴはそう言うと飲み干したコーヒーの缶の上下を両の手の平に当てるようにすると、グシャリと潰した。
「!?」
なんの初動も見せることなくスチール缶を上下に潰した怪力に龍雅はびっくりしたが、ダイゴはその驚きの視線を気にすることもなく、更に缶を小型の円盤状に形をまとめた。
ダイゴが後ろに振り向く。その先には、コーヒーを購入した倉庫の脇にある自販機があり、その隣りには空き缶専用のくずかごがある。距離にして百メートル以上。ダイゴはそこへ向けて空き缶で作った円盤をサイドスローで投げた。
大概この手の缶専用ゴミ箱には上部に空き缶のみを入れられる穴が空いているが、ダイゴの投げたものは缶の直径より少し大きい程度の穴へと吸い込まれるように入り、その落着の衝撃に箱全体を揺らして中へと収まった。
「……すごいです」
「毎日暇なもんだから、こんなことくらいしかやってなくてな」
ダイゴはそれに続けて「お前さんももう飲んだか?」と言うと「は、はい」と答えた龍雅の言葉を半部ぐらい聞いただけで彼女が持っていたコーヒー缶を引っ手繰るようにすると、同じように上下に潰した。
「お前さんもやってみな。入らんまでも届くぐらいの腕力はあるだろう」
ダイゴはそう言いながら、円盤形に加工した空き缶を再度龍雅に渡した。特別枠での入隊が許可された者なのだからそれぐらいの遠投ができる腕力はあるだろうと思ってのことらしい。
「は、はい」
龍雅は「なにかの適正試験みたいですね」と思いながら適当に振りかぶると、そのまま無造作に投げた。それはその緩い投擲フォームからは想像もつかないほどの速度で飛んでいくと、目標のくずかごへと当たり、蓋を吹き飛ばし本体も余力で宙に舞い上がり中身をぶちまけながら地に落ちた。
「う、うわぁ」
散乱した空き缶を見て、龍雅が自分がやったこととは言え唖然とした声を出す。
「すみませんやってしまいました。ちょっと片付けてきます」
龍雅はそういうと、ベンチから立ち上がって惨状の現場へと駆け出して行った。
「ていうかなんだ今の、電磁加速か?」
龍雅が投じたあまりにも速度のあり過ぎる投擲を見て、ダイゴが散乱した空き缶へと駆けて行く彼女の後姿を見ながら独り語ちた。




