精霊姫の章4
「ぐお……っこのおぉ……!!」
渾身の力を込めてもびくともしない盾を相手に男が踏ん張っていた。
ニアが少し手のひらを前に押し出すとカインよりさらに小柄なニアと比べれば倍以上の体格差をものともせずに吹っ飛んだ。
背中から地面に転がった男は何が起きたのか理解できないというように唖然としている。
「カイン!呼びなさい、私の名は……」
「させない!」
いち早く自体に気づいたサラが火球をサラとカインに向かって投げつける。
が、火球はふたりに届く前に土の壁に阻まれる。
「邪魔しちゃダメなの」
「ノームぅ……っ!」
憎々しげに睨みつける。
ノームも人間と契約していない状態でサラには勝てるとは思っていない。だが時間を稼げれば十分だった。地面に両手をついて防御に徹する。サラの特長が攻撃力ならノームの特長は防御力だ。そう簡単には突破できない。
「カイン、手を」
「人間!止めなさい!!」
サラが必死の形相で叫ぶ。あのニアに契約をさせてはいけない。
「姫、時間は稼いだの」
ふわり、とノームが微笑む。
「この野郎ぉぉお!!」
男が剣を拾い上げてニアとカインに向けて突進する。
そんな周囲の様子など見えていないかのようにニアがカインの片手を取って甲に口づける。
「我、カイン・パラケルススは汝の贄となりて源を希う。契約に従いて道を共にせん」
静かに、告げる。
精霊遣いになろうとしていたとはいえカインはあまり座学の勉強には積極的ではなかった。
しかしすらすらと言葉が出てくる。自然と、頭に浮かんだ言葉を口にする。
「汝を主と認め我が元素を分け与えよう、カイン」
ニアが優しく微笑む。
「契約完了、テイターニア」
男が雄叫びと共にニアへと斬りかかった瞬間、ぎらっと光が走った。
全力で走りこんだはずの男の動きが止まった。光の壁に阻まれて何かにぶつかったように動きが止まった。
痛がる素振りは見せないがそのまま足が止まる。
光が収まるとそこにはカインと半歩後ろにニアが立っていた。カインの背に片手を添えていたニアが手を離す。
「傷は治したわ。戦えるわね、カイン」
「うん、もちろんだよ。テイターニア」
テイターニア。
四精霊の更に上、精霊界の頂点に君臨する女王の名だ。司る属性は光と癒し。
先程受けた傷も火事で負った火傷も全て完治したカインが片手をかざすときらきらと反射する光の剣が出現する。
「さぁ、反撃開始よ!」
カインと男が切結ぶ。金属のぶつかる音と共に激しく男の大剣とそれに比べれば細身だが光を纏ったカインの剣が打ち合わされる。
先程まで一方的に攻撃し優勢に立っていた男が焦りの表情を浮かべる。
「おい!サラマンダー!お前も手伝えよ!!」
振り下ろす剣を、その小さな体のどこにそんな力があるのだろうと不思議なほどあっさりとカインが捌く。
「ボクの力は貸してあげてるじゃない。同じ精霊遣いなのに負けるなら君はその男の子より弱いってことだよ」
「この……っ!」
蔑むように冷たい視線で苦戦する男を見下ろす。先程までころころと笑っていたサラの無邪気さはそこにはなかった。ただただ無感情に男を見る。
もう幾度目になるかわからない刀身のぶつかり合い。
鋭い音を立てて切結んだ剣を互いに押し付け合う。腕力には圧倒的な差があるはずなのに拮抗していた。男が渾身の力を込めてもカインの剣はピクリとも動かない。
「こ、の……クソガキがあぁぁぁああ!!」
男の雄叫びに反応するように剣が燃え上がる。
「彼に光の加護を」
カインの背後でニアが祈るように両手を組むと一瞬うっすらとカインの体を光が纏った。
剣が燃えた瞬間に感じた熱がすっと引くのを感じた。ニアがカインのために防御膜のようなものを張ったのだ。
男の剣は燃え上がり、一気に刀身の倍ほどの大きさの炎となった。
「ぐ、おぉぉおお!?」
そしてそのまま、男の体も燃え上がった。
カインに力負けしたように一歩下がるとそのままよろよろと数歩下がって倒れた。
「あが、あぁぁぁあああッ!!」
男の体は尚も燃え続ける。炎から逃れようとのた打ち回る様子はいっそ哀れだった。
警戒を緩めないままカインとニアがその様子を見つめる。
そのまま力尽きるかと思った男が勢い良く起き上がるとなりふり構わずカインに突進してきた。カインが構えた剣にカツン、と剣先が僅かに当たった瞬間男の動きが止まった。攻撃ともいえない微かな接触。
そのまま男はようやく力尽きたように倒れた。
「……サラ。わかっていたはずなの」
結末を黙って見届けたノームが静かに口を開く。
「あんな筋肉ダルマごときにボクの力が使いこなせるわけないじゃないか」
「それをわかっていてどうして契約したの!!」
優しいノームは普段激高しない。
サラでさえもどれくらい振りに聞いたかわからないノームの強い声に振り向くとノームは涙を流していた。
「あの人間は……あの人間では、サラの力を使いこなせるだけの適性がなかったの」
「あいつは力を欲した。だから与えた。ボクはボクの目的のためにそれをちょっとばかり利用させてもらっただけさ。ま、予想以上に使えなかったけどね」
「サラっ!」
「今日は一旦引かせてもらうよ。でも、君達精霊は必ずボクが滅ぼす」
捨て台詞のように言い切るとサラの体が足元から燃え上がった。数秒で燃え尽きたその場所には既にサラの姿はなかった。
かくん、と力が抜けたようにカインが膝をつく。
「カイン!?」
怪我でもしたのかと慌ててニアが駆け寄る。
「は、はは……」
僅かに震えながらカインが顔を上げる。
「今更緊張してきたよ……」
気の抜けたカインの言葉にがっくりとニアが肩を落とす。
隣にちょこんと腰を下ろすとニアが腕を組む。
「まったく、しっかりしなさいよね。カインはこの私と契約した人間なんだから。見た目はこんなでも精霊の中じゃ偉いのよ?私」
「うん、ごめん」
「でも、まぁ」
ニアの小さな手のひらがカインの頭を滑る。
「今は、お疲れ様」
「……ありがとう」




