精霊姫の章3
頭上からハスキーな声が聞こえた。
見上げると先程作った土山の上に耳が出るほどにサイドを短くして襟足だけが少し長い特徴的な赤い髪の少女が立っていた。短いズボンから太ももを惜しげもなく晒した足を振り上げるとようやく下にいるカイン達に気づいたようだった。
「お?ははぁ、なるほどねー。姫様とノームの仕業か。ちぇー、うまくいったと思ったのになぁ」
ニアやノームよりは上に見えるがディーネほど大人っぽいわけでもない少年のような仕草の不思議な少女がいたずらに失敗した子供のように笑った。
「サラ……!貴女しばらく見ないと思ったら……これは貴方の仕業なの!?」
ニアとノームにとっては既知の相手だったようでまなじりを釣り上げる。先ほどまでいつでものんびりとしていたノームですら若干険しい表情を浮かべている。
「ニア、ノーム……?」
状況が呑み込めていないカインが不安そうに視線を向ける。
「カイン、気を付けて。あれは精霊よ」
「あれあれ?姫様ひっどいなぁ、まるでボクが悪いヤツみたいじゃないか」
サラと呼ばれた少女は大袈裟に悲しそうに表情を作ってからにやりと笑う。
「ま、その通りなんだけどね」
ボン、とくぐもった音と共にニアに向けて火炎球が飛んでくる。ノームが斜め上に飛んで避け、サラはカインの襟首を掴んで横っ飛びに避ける。背後にあった土山に当たるとぼごっという鈍い音を立てて壁が若干へこんだ。
「森ごと蒸し焼きにするつもりだったのになぁ。ほら、精霊の能力じゃ直接森を傷つけられないでしょ?面倒だけど人間の村から焼き払ったってワケ」
にやにやと悪意に満ちた表情でサラが語りかける。
「あぁ、そういえばうちのお姫様は人間の少年に夢中なんだっけ?ねぇ、そこの少年」
「カイン!逃げなさい!!」
ニアが叫んだ瞬間、サラの手から先程よりも小さな火球が複数飛び出す。
間に合わないと判断したニアは咄嗟に地面に勢いよく片手を叩きつける。その勢いのままカインの目の前に土の壁が地面からせり上がって火球を防ぐ。
「ほーら、間に合わないって」
視界を土壁で塞がれて一瞬呆気にとられたカインに影が差した。背後にもニアが壁を出現させたのかと思ってゆっくりと振り向くとそこには、
剣を振りかぶった大柄な男が立っていた。
「カイン!!」
反射的に、カインが地面を転がる。
精霊遣いになるべく幼いころから鍛えたカインの身体能力であればギリギリ避けることのできる間合いだった。
剣先にかすった肩口に血が滲む。避けられたとはいえこちらは丸腰。向こうは倍近くも体格に差がある大人の大男だ。
「なに逃がしてんのさ!ちゃちゃっとやっちゃってよ」
上から壁の向こう側を覗いてサラが可愛らしい仕草で怒って見せる。カインを殺せ、と。
無邪気な子供のような残酷さに背筋が寒くなるのを感じた。
「……サラ、貴女……」
ふと、サラの攻撃を思い出して気づいたように眉をひそめる。
ノームも困ったように悲しげな表情を浮かべている。
「今更気づいた?」
さも面白そうな表情を見てニアが顔を上げる。
「カイン!その男、精霊遣いよ!」
「え?」
ぶおん。
大振りにカインの頭上を男の剣が横薙ぎに払われる。反射的にしゃがまなかったら今頃首が落ちていたかもしれない。
にやり、と男が口角を釣り上げた瞬間に手に持っていた剣が燃え上がった。よく見てみると剣自体が燃えているわけではなく刀身に炎を纏っているようだった。
「サラマンダー!もう隠しとく必要ねぇよな!?」
「……好きにすれば?」
サラ、真名をサラマンダーが呆れたように答える。
精霊と人間は契約を交わすことによって能力を上げることができる。
人間は精霊の能力の一部を使用することができ、精霊は人間の生命力を糧に自身の能力を引き上げることができる。
サラマンダーの属性は火。
四精霊と呼ばれる最も強力な能力を持つ精霊の一角だ。火を操る精霊の中で頂点に立つ攻撃力だけを見れば最強に近い精霊。
「サラ!精霊を裏切るつもり!?」
「あのさぁ、そーゆー考えが古臭いんだって。なんでわっかんないかなぁ」
ニアの訴えにも嘲笑うように言い返して両手に炎を纏う。
「さぁ、今度こそ精霊の森を丸焼きだ」
丸腰でまだ子供ともいえる人間のカイン。
人間と契約していないために全力で戦うことのできないニアとノーム。
対するは悪意を持って最大攻撃力を振るうつもりのサラマンダー。
加えてサラマンダーの能力の一部を得た戦闘に特化しているだろう人間。
戦闘力の差は歴然だった。
崩れた家の前に落ちていた金属の棒をカインが拾う。
何らかの家財の一部であっただろうカインの腕の長さほどの先の方が若干ひしゃげたただの棒切れは武器と呼ぶにはあまりにもひ弱だった。
だが、カインの目はもう怯えていなかった。
真っ直ぐに、男を見据えている。
「ニア!ノーム!ここは俺がなんとかするから逃げて!」
炎を纏った剣を構えるわけでもなくただ持ったままで男が笑う。げははは、と下卑た声でカインを嘲笑う。
「ボウズ、そんなもんで俺に勝てると思っているのか?捻り潰されたくなかったらお前も逃げた方が得策だぞ」
「女の子をおいて逃げるなんてできない」
はっきりと。
いつものへらへらしているカインからは想像できないほど真剣みを帯びた声音で、言う。
「なかなか見どころのあるガキだ。殺し甲斐がある」
「……そうやって、殺したのか。」
「あ?」
「そんな風に、笑いながら村のみんなを殺したのかッ!!」
村の中、特に家の中に放置された刃物による傷を負った死体。
ニアが見たものをカインもいくつか見ていた。
きっとその中には親しい者もいただろう。都会のように大きな街じゃない。村人全員の顔を知っていてもおかしくない。
珍しいカインの怒りにようやくニアが悟った。
地面を蹴る。
カインの小柄な体は男に向かって一直線に飛んで行った。
がつっと鈍い音を立てて殴りかかったカインの攻撃を男の剣が軽々と防ぐ。純粋な腕力では話にならなかった。
「ほう、いい速さだ。武器を持っていれば少しは勝負になったかもしれねぇなぁ」
そのまま力ずくで剣を押し切るとカインは難なく後方に飛ばされる。
カインの持ち味は身のこなしの軽さだ。そこそこの高さに放り投げられたにも拘らずほとんど音もなく着地すると再び棒を握る。
「おらぁ!!」
カインを弾き飛ばしてすぐに間合いを詰めた男が既に目の前に立っていた。頭上から振り下ろされる剣を見て反射的に棒で防ごうとするも武器としても腕力でも到底勝ち目はない。金属の棒は真ん中からぼっきりと折れ、殺しきれなかった勢いでカインは地面に倒れた。
めき、と嫌な音がした。剣で斬るではなく刀身の腹で殴りつけるような攻撃にカインの体が地面に沈んだ。若干地面がへこんだようだ。
「かふ……っ!?」
「終いだ。ボウズ」
三度剣が振り上げられる。
避けなければ。頭ではそうわかっていても体がついて行かない。
激痛に震える腕で立ち上がろうと自分の体を支える。
立たなければ。動かなければ。避けなければ。
殺される。
理不尽に殺された村のみんなの仇なのに。ニアを護りたいのに。
「……どうして、動いてくれないんだよぉ……!」
自分の体が自分の意志に反して動かない。顔を上げると剣先が迫ってくるのがスローモーションに見えた。
あぁ、ここで死ぬのか。何も護れない、助けられないまま。
いよいよ剣が自分にぶつかる。
ぱしっ
と思った瞬間、軽い音と共に剣が止まったうつろな眼差しで隣を見るとニアが片手を剣に向けていた。ニアの手のひらから少し離れた位置に小さな光の円が広がっていた。それが盾になって剣を防いでいるのだ。
「…………ニ、ア?」
「カイン、生きてるわね?怖い?」
「……ううん、ちっとも」
嘘だった。本当は怖い。どう考えても自分ではあの男に勝てない。
でも、かわいい女の子の前でカッコつけたくなるのが男の子だ。
「いい返事よ。なら、私と一緒に戦って」
「一緒に?」
「えぇ、残念だけど私ひとりじゃあのふたりが組んだら勝てない。だから、カインの力を貸して。お願い」
ニアが初めてしたカインへの頼みごと。
そんなこと、答えは当然決まっている。
「もちろん」




