第1話の3 「お腹が空いちゃいました」
見送りを終えたミノアは、少し窮屈だった胸元のボタンを三つほど外し、シャツの襟元を広げて、お胸の中に風を送り込みましだ。
それからスカート部分をめくり、パタパタと仰いで足元に風を送りました。
「こちらの土地も、ふるさとと同じくらい蒸し暑いですね」
ミノアは地面に置いた大きなリュックサックをゴソゴソとあさり、中から大きくて長い手拭いを引っ張り出しました。
その手拭いを襟元からシャツの中に突っ込んで、汗ばんでいた胸元や脇の辺りをグリグリと拭きました。
その後で角の生えた頭にグルグルと巻きつけました。
角があるために帽子がかぶりにくく、その代わりにこうしてターバンのように布を巻きつけて、夏場の強い日差しから頭部を保護していました。
「これでよしです」
満足した出来栄えに胸を揺らしたミノアは、降ろしていた荷物を身に着けると、辺りをキョロキョロと見回しました。
★
思った以上に町は賑やかになっていました。
幌馬車に載せてくれた行商人の魔族が言っていた通り、今はお祭りが行われています。
「この辺りの案内板がありますね。砦までの道もわかれば迷子の仔牛さんにならなくて助かります」
ゲートのすぐわきにあった案内板が目に留まり、ミノアは現在地やこれからの道のりを簡単に確認しました。
「これですと、町に入らなくても、てくてく歩いていけば砦にはいけそうです。でも…」
その時、ミノアのお腹の牛さんが『も~っ』と大きな鳴き声を上げました。
「お腹が空いちゃいました」
お腹の牛さんをなだめるように、ミノアはおへそのあたりを優しく撫でました。
「せっかくなので、何か美味しいものをいただいてからにしましょう」
普段から食べることが大好きなミノアは、美味しそうな匂いに誘われるまま、町の中に入っていきました。
★
「たくさんの魔族さんたちがいます。やっぱりお祭りの影響でしょうか。ミノタウロスは私だけかもですけど」
それがざっと見た限りのミノアの印象でした。
思っていたよりも、多種多様な魔族の姿が目に入り、ふるさとでは見たことのない魔族たちの姿に、ミノアはちょっとワクワクしてしまいました。
この町は複数の街道が集まる場所にあるとは言え、地理的には国土の中心地からは大きく外れていました。
言うなれば辺境の土地だったのです。
それでも人の往来が多く、お祭りに関係なく、普段から賑わいのある町でした。
「ところどころ石を積んだ人型のものがありますね。雪だるまみたいです。中には大きな頭だけのものもあります。あれは何でしょうか?」
ミノアが目にしたのは、不思議な石の工作物でした。
大きいものから小さいものまで、巨石なら一つ、それ以外はどれも二つか三つ程度の石を積み重ねたもので、染料で顔や衣服などがその上に描かれていました。
近くにあった頭だけのものを、何となくミノアは撫でまわしてみると、意外と研磨されていることに気づきました。
「つるつるとしていますね。動かないから、ゴーレムさんではなさそうです。ゴーレムさんはあっちですね。動いているの、初めて見ました」
魔法で動いているストーン・ゴーレムがが二体、ゆっくり、のっしのっしと歩いている姿が目に入りました。
その傍らではこの二体を従えているのか、少し武装した闇エルフの女性の姿がありました。
小さな魔族の子どもたちが面白がって、その周りを取り巻いていました。
★
その他、ミノアが歩いている道の両側には、こぢんまりとした木造と石造りの建物が立ち並んでいました。
どうやらミノアが歩いている通りは、元々何らかの店舗が多いようでした。
そして今はお祭り期間中。
様々な出店が立ち並び、その殆どが何らかの食べ物を売る屋台でした。
漂う美味しそうな匂いにつられて、ミノアはスンスンと鼻を鳴らしました。
「どれも美味しそうですね。全部食べてみたいですけど…」
そう呟いて、ミノアは首から提げたがま口に視線を落としました。
支度金として予め受け取った金額の半分は、実家の両親に渡してしまいました。
残りの半分のうち、大半はここまでの旅費で消えました。
今後は住み込みで働くことになっているのですが、それでもここでの生活があるので、残っている手持ちの所持金を全て使うわけにもいきません。
「何かふるさとでは食べられないものに限定しましょう」
ミノアはそう決めました。
(つづく)




