第2話の3 「とても冷たくて美味しいです」
ミノアは尻尾に軽い重みを感じながら、再び歩き出しました。
誰かが見たとしても、変わったアクセサリーと思われる程度のものでした。
「尻尾に食いついていても良いですけど、緊急な時や、私がお願いした時以外は引っ張らないでくださいね? あと、お風呂とか、寝るときとかは離れてください。お湯が入ったり、うっかりお尻で粉砕して、バラバラにしちゃうといけませんので」
ミノアは歩きながら自分の尻尾を前の方に動かして、念を押すように言いまし。
『小箱のミミック』はガッツポーズのような仕草を見せました。
「この子、やっぱりちゃんと言葉がわかるみたいですね…。さっきのおじさんも、『魔法生物かも』と言っていましたし。私にはよくわかりませんけど。あっ、そう言えばこれまでも、あなたにはちゃんとした名前がありませんでしたね。今更ながら気づきました」
これまでミノアは母親から譲り受けてからずっと、『がま口のミミック』と呼んでいたので、それが名前のようになっていました。
ミノアは歩きながら乳しぼりのように、知恵をしぼりました。
「今のあなたは『小さな箱のミミック』になったので、それにちなんで、あなたのことはこれから『ハコミミ』と呼ぶことにします。何だか空耳みたいですけど。それにこれなら次に大きな箱に移っても変わりません」
ハコミミはもう一度ガッツポーズを見せると、両手両足を引っ込めて、ただの小箱に戻りました。
これだと、牛柄の服装をした角のある女の子が、変わったアクセサリーを尻尾にぶら下げているようにしか見えません。
「それにしても不思議ですね。腕と足が引っ込んでも、穴が残っていません。どこからどうやって出ているのでしょうか?」
尻尾を前にやって手に取りながら、ミノアはそんな疑問を呟きました。
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ミノアは町を出る前に、お祭りの警備をしている警備兵の魔族に、『イシノクツ砦』の場所と行き方を尋ねました。
町を出た後はしばらくの間、街道をてくてく歩かなければならなかったのですが、農業で鍛えた強い足腰を持つミノアにとっては、重い荷物を背負っての歩きも問題ありませんでした。
「わかりました。ご親切にどうもありがとうございます」
「おう。気をつけてな」
軽く手を振ってくれた警備兵の魔族に頭を下げ、ミノアはまた歩き出しました。
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ミノアはゲート前にある広場までやってくると、街路樹の下で一旦荷物を降ろして、ちょっとだけ休憩をしました。
お祭りは町の中心の方で賑やかに行われているためか、外れの方になるこの辺りは、とても静かでした。
「民家が多いですね。静かだから、みんな、お祭りに行っているのでしょう」
近くに誰でも使えそうな井戸があったので、水をいただくことにしました。
簡素な木板の屋根で覆われていて、滑車を経由して釣瓶が井戸の底に落とされていました。
ミノアは肩まで袖をまくって、農作業で鍛えた太い腕をさらしました。
覗き込むと、キラキラと水面が輝いているのが見えました。
「お水がたっぷり湧いているみたいですね」
ミノアは手馴れた手つきで、井戸水たっぷりの重たい釣瓶を、そのままゆっくりと引っ張り上げました。
怪力のミノアには難なくこなすことが出来ました。
念のため、くみ上げた井戸水の匂いを嗅ぎ、軽く味を確かめて、飲んでも問題なさそうなことを確認しました。
ミノアは地面に置いた金属製のマグカップに井戸水を注いでから、ごくごくと飲みました。
「とても冷たくて美味しいです」
それを何度か繰り返し、熱を帯びた喉の奥を十分に冷やしました。
「この木桶が使えそうですね。ちょっと借りましょう」
傍に転がっていた小さな木桶に残りの井戸水を移すと、両手ですくって何度か顔を洗いました。
それから頭に巻いていた手拭いを井戸水に浸しました。
軽く絞ってから、まだポタポタと雫を垂らす手拭いを、そのままわきの下や首筋、胸の中に突っ込んで、熱々に火照った肌を冷やしました。
「あ~、冷たくてとっても気持ちが良いです~」
ふるさとでの真夏の農作業で、主に畑に出ている女性たちは、よく冷たい川の水でこんなことをして涼をとっていました。
あまりにも暑く、汗をたっぷりかいて、服の下までびしょびしょになっているときなどは、そのまま、頭からかぶることもありました。
ミノアのふるさと『オチチチ村』のミノタウロスの女性は、伝統的に男性よりも豪快な一面があるのです。
村を作った最初の女性たちが、一様にそんな感じだったと言い伝えがあり、その伝統が今も根強く残っているとも言われていました。
さすがに他所の町なので、ミノアはそこまでやりませんでしたが、何度か手拭いを濡らし、同じことを繰り返して身体を冷やし続けました。
最後にたっぷり濡らした手拭いをうなじの辺りで握りつぶすようにギュッとしぼって、冷たい井戸水を背中に流し込んでから、桶に残った僅かな水を地面に捨てました。
「あ~、これでやっと身体がひんやりしました。じゃあ、砦に向かいましょう」
そう言ってミノアは頭に濡れたままの冷たい手拭いを頭に巻きなおしました。
(つづく)




