第1話の25 「おやすみなさい」
何発か打ち上げ花火を見たところで、コンコンと部屋の扉がノックされました。
「誰か来ましたか?」
ミノアはパタパタと足音を立てて部屋の入り口に移動し、ドアを開けました。
「こんばんは。夜分にすみません」
「あっ、こんばんはです」
見れば、ドアの前にコカゲが立っていました。
「もしかして、もう就寝中でしたか?」
「いえ。花火を見ていました。中に入られますか?」
ミノアの問いにコカゲは無言で首を振りました。
「様子を伺いに来ただけなので、直ぐに退出します。お部屋の方は問題ありませんか?」
「はい。こんな過ごしやすいお部屋は初めてです。お肉が熟成されるくらい、ぐっすりと眠れそうです。どうもありがとうございます」
ミノアは深々と頭を下げて、感謝を伝えました。
「なるほど。これで益々美味しいお肉になるわけですね。砦に来られるのがとても楽しみです」
コカゲはミノアの身体を上から下まで、肉質を品定めするように視線を動かしました。
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「それでは私もこれで。どうか砦まではご安全に。おやすみなさい」
「色々とご心配をいただき、ありがとうございました。私もなるべく明日は早めに伺います。おやすみなさい」
お互い、ぺこぺこと頭を下げました。
ミノアが顔を上げると、コカゲがまた、ミノアのことをじっと見つめていました。
今度は何かを考えているかのような素振りを見せています。
「何かありましたか?」
「いえ、ふと感じたのです。失礼かも知れませんが、今のミノアさんはとても良い香りをされていると思いましてね。心が落ち着くようなまろやかな香がしています。ミノアさんは私よりもずっとお若いようですから、それだけ素敵な香りがするのかも知れません」
コカゲはそう評価しました。
「まろやかな香りですか? 石鹸は使っていませんが、お風呂では熱いお湯で汗をきっちり洗い流しましたし、だとすればトウモロコシのお茶や、金平糖の匂いでしょうか?」
ミノアははしたなくも、腕を上げて脇の下の匂いを嗅いだり、胸元を広げて中の匂いを嗅ぎました。
「最近ちょっと、お胸が乳臭くなってきたので、それかもとは思いますけれど、良い香りと言われるとちょっと嬉しいです。でも安心してくださいっ! コカゲさんも『加齢臭』はしていませんから!」
「当たり前です!」
長命の闇エルフであるコカゲは、ほんの一瞬だけ、イラッとした表情を見せました。
★
コカゲが立ち去った後、少し間をおいてからミノアは厠に行って用事を済ませると、夜風の入る窓を閉め、ベッドにもぐりこみました。
昼間は蒸し暑かったのですが、夜になるとこの辺りは少し気温と湿度が下がるようで、むしろ少し冷える感じでした。
薄い毛布にくるまり、それこそ乳牛のように横になりました。
「それではおやすみなさい。あなたもしっかり疲れを取ってください」
枕元に置いたがま口のミミックに、ミノアはそう伝えました。
外はまだ賑やかな様子だったが、どっと疲れが出たのか、ミノアはすぐに深い眠りに落ちていきました。
こうしてミノアの慌ただしく、長い一日がようやくおしまいになりました。
(第1話 おしまい)




