第1話の12 「素晴らしい志ですっ!」
お店の裏の井戸を借りてニーハは顔と頭を簡単に洗い、髪型を整えなおしました。
「いや~、参った参った。けど、面白い経験だったし、ミノタウロスさんの写真もたくさん撮れたから、これでアタシの写真もやっと売り込めるかもね~」
自分の手拭いで塗れた頭と顔を拭きながら、ニーハは楽しそうに言いました。
「ほんじゃ、あたしゃ店の方の手伝いに戻るから、お嬢ちゃんたちはお祭りを楽しんで行ってね~」
ザクロは屋台を片付けると店に戻りました。
「牛のお姉ちゃん、またね~」
「またな~」
「また会いましょう~。どうもごちそうさまでした~」
「ごちそうさん~!」
手を振って店の中に消えていく二人に、ミノアとニーハが手を振り返しました。
「ところで、ミノアちゃんだっけ? あなたはこれからどうするの?」
「私はもう少しお祭りを楽しんでから、『イシノクツの砦』に向かいます」
「『イシノクツ砦』? そんな砦があるんだ?」
ニーハはさっきトロールの小さな兄妹に見せていた冊子を、リュックにしまいながらそんなことを言いました。
「はい。私も初めて行くので、まだよくわからないんですけど、実はこれからそこで働くことになっていて、今日、ようやくこの町に着いたところでした。お祭りだったのは偶然ですけど」
「そうだったんだ。じゃあ、足止めしちゃってごめんね」
「いえいえ。こちらこそごちそうさまでした~♪」
そう言ってミノアは嬉しそうな顔を見せました。
★
「ところでニーハさんは、どうして魔族の領土を旅しているんですか? 私もニンゲンさんを見るのは実は初めてで、ちょっと不思議に思いました」
興味津々のミノアは、それとわかるように尻尾をフリフリと揺らしました。
「アタシはね、謎めいた魔族さんたちの何気ない日常をこの魔道具を使って『写真』に収めて、他のニンゲンたちにも正しく伝えたいんだ。ずっと昔はお互いにとても仲が悪かったって、うちの長生きしている婆ちゃんから聞いたし、その名残か、今でも魔族さんたちのことを良く思っていない人もいる。それってきっと、魔族さんたちがどんなふうに生活しているのかって、わからないからだと思うんだ。だからアタシが魔族さんたちのところに行って、色んな物を見て、知って、そうした誤解や偏見を、少しずつでも無くしたいって思ったんだ。まあ、アタシの写真は採用されたことがないから、まだ何も伝えられていないけどね。アハハハ」
ニーハちょっと照れくさそうに笑いました。
「素晴らしい志ですっ! ニーハさんならきっと、魔族とニンゲンさんとの架け橋どころか、大きな吊り橋になってくれると思いますっ!」
ミノアが『ふんす』と吹き出した鼻息は、地面の乾いた土を高く舞い上げた。
「吊り橋は微妙だけど、でも、ありがと! そうなれるように頑張るよ」
「私も陰ながら応援しています!」
自然と差し出されたニーハの手を、ミノアはギュッと握りました。
★
「ほんじゃ、アタシはまだ他の魔族さんたちの写真を撮って回るよ。こんなにたくさん魔族さんを一度に撮れるチャンスなんて、滅多にないからね。やっとアタシにも運が回ってきたかな~?」
「そうですか。私ももう少し、色んな食べ物を食べ歩いてみます。ふるさとでは見かけない食べ物がたくさんあるので、飽きることはありません!」
「あれだけ食べて、まだ食べるんだ…」
さすがにニーハも困ったような笑みを浮かべました。
「はいっ! 食べることは大好きなので!」
ミノアは食べて少し大きくなったお腹をつきだしました。
「そっか。ほどほどにたくさん食べてね。ほんじゃ、またね~」
「どうかお達者で~」
そして二人はお互いに軽く手を振ってわかれました。
★
「さて、次の美味しい食べ物を探す前に、一つやることがあります」
ミノアは早速、ザクロの食堂に顔を出しました。
「おばちゃ~ん! お腹を軽くしたいので、厠を貸してくださ~い!」
他の客たちが食事をしているにも関わらず、ミノアは大きな声を上げました。
「はっはっは。さっそく来てくれたと思ったら、そんなことかい。店の裏にあるから、勝手に使いな~」
乾いた笑いとともに、そんな返事が奥から聞こえてきました。
(つづく)




