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箱入り令嬢のフルスイング、庶民の俺がすべて受け止めます  作者: 有世剣斗


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第九話 ここからが本番、フルスイングで返球



その後は天宮家の、こちらが遠慮してしまうほどに過剰な豪華おもてなしを受けた。


本当なら早々に帰宅するつもりだった。


しかし以前、瑠璃のことを庶民の遊び場であるゲームセンター、カラオケ、ファミレスへ奏多が全額奢ることで強引な付き合いを強いた経緯があった。


彼女にとってあまりの非日常だったと思う。事情があったとは言えそんな場所をチョイスして連れ回したことを、今となっては申し訳なさも感じていたのだ。


当の本人は楽しんでいたのだが

ファミレスではトラブルにも巻き込まれてしまったし……


――だから、何処かでわがままの1つぐらい聞いてやらないとなと思っていた所に

「あのお礼も兼ねて、せめて食事だけでもご一緒してくれないと、わたくし一生根に持ちますわ!」

という瑠璃の全力の駄々に今回ばかりは勝てなかった。

そうして渋々ながらもディナーに付き合うことになったのだ。


結果として、それは彼女の歴史を知るための貴重な時間となった。




午後のティータイムは、夕暮れのディナーへと移行する。



ダイニングルームは学校の教室ほどの広さがあり、長テーブルにはフレンチのフルコースが並ぶ。

前菜から始まり、魚、肉、そしてデザートまで。給仕が一人ずつ付く光景は、一流レストランそのものだ。そのどれも信じられないほど美味しかった。



そして何故か奏多の苦手なものが一切出てこなかったが、たまたまなんだろう。

とりあえず、そう思い込むことにした…



食事の合間、綾部は珍しく饒舌だった。


「瑠璃様が初めて犬を飼いたいと駄々をこねたのは五歳の時です。シベリアンハスキーを三十頭まとめて連れてこいと言い出して、さすがの我々も頭を抱えました」


「そ、それは幼少期の話ですわ!」


「小学校の入学式では『校舎が気に入らない』と泣き喚き、結局校庭に新しい校舎を建てさせています」


「あ、あれは設計がダサかったから……!」


「高学年の時のバレンタイン。好きな男子もいないのに義理チョコを10000個以上作らせて、10000個をクラスメイトに配布。相手が恐怖で不登校になりかけました」


「あれは愛ですわ!」


「愛で人は引きこもりません」


瑠璃が顔を真っ赤にしてぷんすか怒り、綾部が涼しい顔で紅茶を啜る。その掛け合いはもはや漫才だった。


しかし、綾部の語るエピソードの端々には一つの共通点があった。どれだけ滅茶苦茶でも、瑠璃はいつも全力だったということ。そしてその全力に振り回されながらも、周囲の人間がどこか温かい目をしているということ。


ふと、綾部がカップの縁越しに奏多を横目で見た。

「……こんな話を聞いても逃げないんですね。普通の男性なら初日で音を上げますが」


苦笑いをしながら奏多は答える

「……ちょっと慣れました」


ほんの一瞬、綾部の口元が緩んだ。

「……それは重症ですね。なら、もう少しお話ししても大丈夫そうですね」


「慣れてくださったということは、わたくしに順応してきているということですわよね!? つまりこれは……婚約秒読み!?」


「飛躍が過ぎます。バカなんですか」

夜が深まるにつれ、話題は自然と瑠璃の中学時代へと移っていった。


「中三の修学旅行。瑠璃様は京都の旅館がお気に召さず、敷地ごと買い取ってリフォームしようとしました。教育委員会から始末書を求められています」


「だ、だってお布団がぺったんこだったんですもの!」


信じられないような話ばかりだったが聞いていて笑いの絶えない楽しい時間だった。


そして食事を終え、そろそろ帰宅することを伝えると、綾部の手配したリムジンが玄関先で待機している。


本来ならここで別れるはずだったが、綾部から「広報対策課が講じた対応の最終報告を兼ねて、ご自宅までお送りします」と告げられ、奏多は渋々車内に乗り込んでいた。


夜九時を回っている。窓の外はすっかり暗い。

綾部は恭しく一礼すると、一枚の書類を取り出した。


「それでは、本日の件について最終報告を」

広報対策課。天宮家にはそんな部署まで存在するのかと、奏多は改めてこの一族の底知れなさを知る。


「まずSNSの動画ですが、該当の投稿は削除済みです。ただしコピーが横行しているため、完全な拡散防止は困難かと」

綾部がタブレットを操作し、画面にスクリーンショットが並べられた。コメント欄は阿鼻叫喚だ。「財閥令嬢やばすぎ」「男の子大丈夫?」「てか告白されてない?」「続き見せて」――無責任な言葉が踊っている。


「現在、法務チームが名誉毀損およびプライバシー侵害の観点から対応中です。投稿者の特定は時間の問題。場合によっては、法的措置も辞しません」

そわそわと、隣の瑠璃が控えめに声を上げた。


「あの、奏多様にご迷惑がかかるようなことは……」

綾部は眼鏡の位置を直すような仕草――実際にはかけていないのに――を見せ、無機質な声で答える。


「現時点では、奏多様個人への誹謗中傷は確認されておりません。ただ、今後瑠璃様との関係が世間に注目されることで、好奇の目に晒される可能性は否定できません」


綾部がまっすぐに奏多を捉えた。その紫の瞳には、一切の情がない。


「何度も同じことをお伺いしますが、改めて率直に申し上げます。今後、瑠璃様から距離を置くなら、これが最後のタイミングです。明日になれば、報道関係者も嗅ぎつけ始めるでしょう」



綾部は一呼吸置き、静かに告げた。




「……どうされますか」




車内の空気が、氷のように張り詰めた。瑠璃は何も言えず、ただ痛々しいほど強く唇を噛み締めている。


自分のせいで奏多の平穏な日常が壊れかけていることを、彼女自身が一番理解しているからだ。


綾部と瑠璃を真っ直ぐ見つめる。

「……俺の日常なんて、もともと大したものじゃない。今ここで逃げ出したら、それこそ一番彼女を傷つける気がするんだよ」


奏多はあえて肩をすくめ、不敵に笑った。

「広報対策課があるなら、俺を守るのもその部署の仕事ですよね? ……瑠璃様を泣かせないための盾として、あなたを頼らせてもらいますよ。」




「だから、逃げません」




車内に一瞬の静寂が訪れる。

綾部はゆっくりと目を閉じ、長く、深い息を吐き出した。それは呆れでもため息でもなく、何か決定的な決断を受け入れた人間の呼吸だった。



「……生意気ですね」



だがその口調には、もう棘はなかった。


「いいでしょう。広報対策課の全リソースをもって、奏多様の安全とプライバシーを保護します。学校周辺の監視、SNS上のモニタリング、不審者のスクリーニング。二十四時間体制で回します」

さらりと恐ろしいことを言っている。もはや国家機関か何かだ。


直後、隣でぷるぷると震えていた瑠璃が、弾かれたように奏多に飛びついた。

「奏多様ぁぁぁ!! もう無理! 好き! 大好き! 愛してますわぁぁ!!」



華奢な体のどこにこんなパワーがあるのか。抱きつく力が尋常ではない。

「くっ……苦しい、瑠璃……!」



無表情のまま一歩引きつつ、綾部がぼそりと呟いた。聞こえるか聞こえないかの、小さな声だった。


「……盾、ですか。頼られるのは嫌いじゃないですよ」

それが、綾部の精一杯の好意の示し方だった。



「待って! やっぱり帰しませんわ! 今日はお泊まりって言いましたわよね!?」


「言ってません」


「言いました! わたくしの記憶がそう言ってますわ!」


「記憶は捏造できます」

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