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箱入り令嬢のフルスイング、庶民の俺がすべて受け止めます  作者: 有世剣斗


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第六話 嵐の中で、君に届ける言葉

SNSでバズり、時の人となった瑠璃が一人で大学にいるなど不味すぎる。

奏多は気づけば走り出していた。

その背を、綾部も無言で追う。

非常階段を駆け下りる足音。

二階、一階、正面玄関。

息が切れる頃には、校門前の光景が目に飛び込んできた。

そこに、瑠璃はいた。

金髪ロングに白い制服。

この大学の風景とは明らかに浮いた異物だ。

しかも瑠璃は、校門のど真ん中に仁王立ちしている。


周囲の学生たちが、遠巻きにスマホを構え始めていた。

「うわ、あれ昨日の動画の子じゃね?」

「やば、リアルで見ると超かわいい……」

ざわめきが広がる中、瑠璃は周囲を気にする様子もなく、きょろきょろと奏多を探している。


「奏多さまぁー! どちらにいらっしゃいますのー!」

大声だ。

致命的なまでに目立つ大声だった。



その瞬間、群衆の中から一人の男がスマホ片手に瑠璃へと近づいていく。

「ねぇねぇ、君あの動画の人でしょ? ちょっと写真撮らせてよ。インスタやってる?」

馴れ馴れしく肩に手を伸ばす男。

周りのギャラリーがにわかに色めき立つ。



走る中で、奏多は舌打ちをした。

(だから言わんこっちゃない……あのバカ)

自分でそう思ったはずなのに、気づいたときには身体が動いていた。

「おい、嫌がってるだろ、触るな」

割って入り、男の手を乱暴に払いのける。


周囲からは「金で飼われている男が現れた」といった心ない言葉も聞こえてきたが、そんなものはどうでもよかった。

目の前で、胸を張ろうとしながらも指先を震わせている瑠璃の姿を見てしまったからだ。

男の手が宙を泳ぐ。

「はぁ? なにお前」



だが、奏多は男を見ていなかった。

視界の端にすら入っていない。

震える瑠璃の小さな手――それだけが全てだった。

瑠璃の大きなサファイアブルーの瞳には、涙が滲んでいる。

唇をぎゅっと噛んで、必死に笑顔を作ろうとしていた。


「あ、あの……いえ、奏多さま……わたくし、一人で来ちゃって……ご迷惑、でしたわよね……」

強がりだと一目でわかった。

声の震えを隠しきれていない。


「おいおい無視かよ。つか何、彼氏? マジで金で雇われてるだけじゃねぇの?」

ギャラリーのくすくす笑いと、向けられた無数のスマホのカメラ。

その時、背後から足音がした。

息ひとつ乱さぬ足取りで追いついた綾部が、男と群衆の間にすっと割り込む。


「失礼。こちら、撮影禁止エリアとなっております」

「は? んなわけ……」

「……もう一度言いますか?」


綾部がにっこりと笑う。

だが、その目は笑っていなかった。

男が気圧されてたじろいだ隙に、綾部はさりげなく奏多と瑠璃を群衆から遮る位置に立ち、壁のように立ちはだかる。



震えたままの指先が、そっと奏多の袖を摘んだ。

「……こわかった、ですわ」

「昨日チンピラに絡まれた時は平気そうだったじゃん。とりあえず、大丈夫か?」

瑠璃はぷくっと頬を膨らませた。

涙の跡が、頬に光っている。

「あれは奏多さまや綾部が近くにいましたもの。今日は……一人でしたから……」


つまりこの状況で護衛なしの無謀な単独行動だ。

背後で群衆を牽制しながら、綾部が呆れたようにぼそりと呟く。

「瑠璃様、学校を抜け出してきたんですよ。お付きのメイド三人を撒いて」

「う、うるさいですわ綾部! 今は奏多さまとお話してるの!」

そう言いながらも、袖を摘む手は離さない。


指先が、奏多の服をぎゅっと握りしめていく。

そこから瑠璃の声のトーンが変わった。

甘えん坊モードから一転、真剣な瞳で奏多を見上げる。



「……それより、わたくし聞きましたわよ。わたくしのために怒ってくださったって。でも、そのせいで奏多さまが嫌な思いをしたって……」

サファイアの瞳が揺れている。


怒りと悲しみ、そして名前のつけられない感情が混ざり合っていた。


「……わたくしがいると、奏多さまにご迷惑ばかりかけてしまいますわ」

奏多は黙って瑠璃の言葉を聞いていた。

風が止み、校門前の喧騒が遠い世界の音のように聞こえる。

瑠璃は俯き、金髪のカーテンで表情を隠した。


「わたくし……考えたんですの。奏多さまは普通の大学生で、普通に恋愛して、普通にお友達と過ごして……そういう生活があったはずなのに」

声は震えていたが、止まらなかった。


「わたくしがリムジンで迎えに行ったり、わたくしのせいで絡まれたり、動画がバズったり……全部わたくしのせいですわ。」

袖を掴んでいた指が、するりと離れた。


「だから……わたくし、これからは奏多さまから少し距離を……」

その瞬間だった。


群衆の対応をしていたはずの綾部が、振り返りもせずに声を張り上げる。


「瑠璃様!」


低く、鋭い声。

瑠璃がびくっと肩を跳ねさせる。


「それ、本人に聞いてから言ってください」


綾部は一歩も引かずに続ける。

「自分で勝手に結論を出すのは瑠璃様の悪い癖です。……ほら、目の前の奏多さまが、黙って聞いてくださっているでしょう。何か言いたいことがあるはずです」

綾部はそれだけ言うと、再び群衆へと背を向け、威圧を再開した。



「綾部さんの言う通りだ。……勝手に一人で押しかけて来て、勝手に一人で決めて、勝手に置いていくな」

奏多の声は、ざわめく校門前に向かって低く、しかしはっきりと響いた。



「誰かに何かを言われたりしても、それは俺が選んだことだし。君のせいじゃない。だから……もう二度と、そんな風に自分を責めないでくれ」



時間が、止まったようだった。

大きく見開かれた瑠璃のサファイアブルーが潤み、光を反射する。

言葉を探して、彼女の口がぱくぱくと小さく開閉を繰り返す。

三秒、

五秒。


「……っ」

堰が切れた。

「奏多さまぁぁぁぁ!!」

全力のタックルだった。

華奢な体が奏多の腰に激突し、そのまましがみつく。

顔をぐりぐりと胸元に押し付け、獣のように泣きじゃくる。


「ばかぁ、ばかですわ……そんなこと言われたら、離れられるわけないじゃないですのぉ……!」

号泣。

周囲の目も、冷やかしも、もはやどうでもよかった。

「うれしい……うれしすぎて、心臓が止まってしまいますわぁ……!」


周囲の群衆が「おおー」と沸き立ち、スマホが一斉に掲げられる。完全に動画映えする光景だった。

振り返り、その惨状を見て、綾部は深くため息をついた。

「……人前で抱きつかないでくださいと、何度言えば理解していただけるのですか」

呆れ果てた声。

しかしその紫の瞳はほんの一瞬だけ、まるで我が子を見るかのように柔らかく細められていた。

「もう離しませんわ! 絶対に! 一生! 死ぬまで! 天宮グループの総力を挙げて!」


周囲のギャラリーが一斉にスマホを掲げる。


「うわ、カップルやば」

「尊い……」

「これまた絶対バズるだろ!」


あちこちから黄色い歓声と野次が飛ぶ。

綾部は群衆を捌きながら、呆れたように振り返った。

「……公衆の面前で抱きつくのはやめていただきたいのですが。また動画になりますよ」

「知りませんわ! 撮りたいなら撮ればいいんですの! わたくしと奏多さまは、ラブラブですわー!」

完全に開き直った瑠璃は、さらにぎゅっと力を込める。

奏多の胸に、彼女の体温が密着して離れない。



「ラブラブは飛躍しすぎな?……あとちょっと引っ付きすぎ…一旦落ち着いて離れて」

周りの視線が痛い奏多は、ずっとたじろいでいた。

その時だった。

群衆の中から、一際大きな叫び声が上がった。

「おい! 見ろよあれ!」

誰かが指差した先。



大学正門のロータリーに、一台の黒塗りリムジンが滑り込んできた。

いや、一台ではない。

三台が連なり、映画のレッドカーペットさながらの威圧感で乗り付けてくる。


先頭の車のドアが開き、黒スーツの男たちが飛び出した。

「瑠璃お嬢様! お迎えに上がりました!」

天宮家の使用人たちが総出で駆けつけてきたのだ。

先ほど撒かれたはずのメイド三人も、半泣きで必死に追いかけてくるのが見える。

「お嬢様ぁ! お願いですからお戻りください!」


奏多にしがみついたまま、瑠璃はメイドたちに振り返った。

「あら、もう来ましたの?」


使用人一同が、校門前で繰り広げられている「主と男の密着状態」を目撃し、一瞬だけ動きを止めた。

だが、即座にプロの表情へ戻ると、群衆に向かって深々と一礼する。

「皆様、大変申し訳ございません。こちらは私的空間となっております。これより先はプライベートエリアでございます」

使用人たちは訓練された動きで「立入禁止」のプラカードを設置し、物理的な壁を作り始めた。



綾部は額に手を当て、深い溜め息を漏らす。

「……だから、言ったのに」

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