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箱入り令嬢のフルスイング、庶民の俺がすべて受け止めます  作者: 有世剣斗


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第四十話





御子柴との仮契約を皮切りに、奏多のプロジェクト『ハートアイランド』は一気に本格始動する。日々は、まさに嵐のような激動と充実の連続だった。


だが、どれほど優れた事業計画があっても、それを形にするのは「人」だ。数億規模のビジネスを動かすため、綾部の圧倒的な人脈と驚異的な交渉力が水面下でフルに発揮されていった。


日に日に、プロジェクトの拠点である『天宮リゾート第七管理室』には、優秀なサポート人員が次々と増えていく。


2週間は経ったある日の夜、オフィスに残った綾部が、タブレットの画面を奏多に見せながら満足げな笑みを浮かべる。


「――順調ですよ、奏多様。御子柴グループの主要な現場からも、優秀な人材を引き抜くことができました」


画面に映し出されているのは、かつて御子柴の下で冷徹に働いていたベテランのプラントエンジニアや、大規模リゾートの統括マネージャーたちのプロフィールだ。


驚く奏多に、綾部は少し柔らかい笑みを向けて種明かしをした。


「実はこれ、御子柴会長からの裏のバックアップでもあるんです。会長はあなたの器を最初から高く評価していらっしゃいましたからね。実質的な引き抜きにもわざと目を瞑り、背中を押してくださっているんですよ」


「……そうだったんですか。御子柴会長は、投資だけでなくそこまでしてくれてたんですね……。多額の出資をして期待してくれている分、必ず大きな結果で返さないといけませんね」


奏多が引き締まった表情でそう言うと、綾部は「ええ、その意気ですね。このプロジェクトを必ず成功させましょう」と鮮やかに頷いた。


もちろん、そこに踏み込んだ綾部の容赦ない交渉力も光っていた。


御子柴の元で燻っていた優秀な人材に対し、綾部は奏多の掲げる『ハートアイランド』のビジョンを提示し、次々と味方に引き入れていったのだ。


御子柴の人脈だけでなく、綾部がこれまで培ってきたあらゆるコネクションを総動員し、第七管理室の体制は瞬く間に盤石なものとなっていった。


さらに、プロジェクトに圧倒的な勢いをもたらしたのは裏方の体制強化だけではない。


表舞台においては、瑠璃の暴走気味なまでのハイテンションと破天荒な宣伝活動が、ネットを完全にひっくり返していた。


ある日、瑠璃は自身のSNSに、かつて奏多がハートアイランドで釣り上げた巨大クエの動画を突如としてブチ上げた。


そこには、重たそうにクエを抱えてプルプル震える瑠璃の姿と、「重いですわぁーっ!? でも釣れましたのよーっ!?」という悲鳴交じりのドタバタ映像が収められている。


さらに、二人が島でデートした際に奇跡的に出現した『ハート型の雲』をバックにしたツーショット写真まで公開し、投稿のキャプションにはこう綴られていた。


『ハートアイランドでは初心者でもコツさえ掴めば幻の高級魚が釣れますのよ! ※ただしわたくしはガチの初心者すぎて最初リールを逆に回してましたわ!! あと隣に写っている世界一かっこいい彼氏様は……譲りませんわよ、わたくしだけのものですわーーっ!!』


日本屈指の財閥令嬢がプライベートを赤裸々に発信するだけでも大事件だが、その圧倒的なビジュアルとロマンチックすぎるシチュエーションは瞬く間にネットの全方位で大爆発した。


しかも、ノロケ全開かつ盛大に天然をかますプライベート投稿。そのあまりの破壊力に、ネットは一瞬でバグったようなお祭り騒ぎとなった。


『待て待て待て、天宮グループのお嬢様がガチの惚気ツイートしてやがるぞwww』


『あの天宮瑠璃がメロメロのイケメンって誰!?』


『釣り初心者でそのクエは草。ポテンシャルバグってんな!』


『隣の彼氏様羨ましすぎだろ! 爆発しろ! でもハートの雲とロケーション綺麗すぎだろ!』


『行くしかないわこんなん!!』


上品なお嬢様イメージを豪快にぶち壊すハイテンションな自撮りとノロケの連投に、フォロワーたちは大笑いしながらも完全に取り込まれていった。


広告費ゼロどころか、瑠璃の圧倒的なバズ芸と島が持つロマンが勝手にトレンドを完全支配し、開園前にもかかわらず予約サイトのサーバーが幾度となくダウンする異常事態に発展している。




「……ふふっ、御子柴会長にそこまで見込まれ、瑠璃様からは世界で一番の愛と、まさかの体当たりすぎる宣伝まで受けていただけるなんて、奏多様は本当に愛されたプロジェクトの主ですね」


タブレットを閉じながら、綾部がふと肩を震わせてクスクスと笑った、その時――。


バンッ!! と勢いよく第七管理室の重厚な扉が盛大に開け放たれた。


「みなさま、ごきげんよう――っ!! ネットの順位、全プラットフォームで1位独占ですわよーっ!!」


そこに立っていたのは、息を弾ませ頬を紅潮させた天宮瑠璃だった。後ろで控えるSPたちの制止を華麗にスルーし、彼女は一直線に奏多のもとへと駆け寄ってくる。


「もう、嬉しすぎていてもたってもいられなくて来ちゃいましたわ! 奏多様、ご覧になりました!? わたくしの愛のダイレクトマーケティング、大成功ですわよね!?」


満面の笑みを浮かべ、両手で奏多の腕をぎゅっと掴んでブンブンと揺らしながら上目遣いで迫ってくる瑠璃。


突然の乱入に、真面目に仕事していた第七管理室の敏腕スタッフたちも「お、お嬢様……!?」とポカンと口を開けて固まってしまった。


奏多は気恥ずかしそうに頬を掻きつつも、ふっと柔らかく微笑み、瑠璃の頭をポンポンと優しく撫でた。


「ああ、すごい反響だな……本当にありがとう、瑠璃。おかげで完全に火がついたよ」


奏多がそう言うと、瑠璃は「ふふーん、もっと褒めてくださってもよろしくてよ!」と、この世の春を謳歌するような満面の笑みを咲かせた。



そして更に数日後。『天宮リゾート第七管理室』のオフィスは、もはやかつての閑古鳥が鳴いていた姿から一変していた。


新しく導入されたサーバー機器が低く唸りを上げ、スタッフたちのデスクに設置された複数枚のモニターには、予約状況やアクセス解析のグラフが目まぐるしく更新され続けている。


「サーバーダウン、これで今週3回目です。……システム管理の業者に緊急の増強を要請しておきました。まったく、依然として悲鳴をあげてますが、ただの嬉しい悲鳴による嬉しいパンクですね」


綾部がれんげ香るティーカップを片手に、疲労と充実感の入り混じったため息を吐く。原因は明白だった。瑠璃のSNSアカウントだ。


「えへへーっ! 見てくださいな、奏多様! アップした動画、もう再生回数が500万回を超えましたわよ! 『超巨大クエVSわたくしの王子様』、大バズりですわ!」


瑠璃が自慢げにスマートフォンの画面を奏多に見せつけてくる。そこには、ハートアイランドの海で、奏多が巨大なクエと死闘を繰り広げている様子が収められていた。


画面の端では、瑠璃が「奏多様がんばれー!」と絶叫しながらぴょんぴょん飛び跳ねており、お嬢様の殻を完全に破り捨てたその姿が、逆に『親近感が湧く』『尊すぎる』とフォロワーの心を鷲掴みにしていた。


「天宮の令嬢が身を挺して最強の広告塔になり、挙句の果てに彼氏とのノロケを世界中に垂れ流す……。ブランディングのセオリーからすれば異例中の異例ですが、結果としてこれ以上の集客効果はありませんね。広告費は実質ゼロ、恐ろしい費用対効果です」


「当然ですわ! わたくしの奏多様の素晴らしさを世界に知らしめつつ、リゾートの宣伝もする。一石二鳥、いえ、一石一万鳥ですわ!」


瑠璃がふんすっ、と鼻息を荒くして胸を張る。その無邪気で誇らしげな笑顔に、奏多は思わず苦笑しながらも目を細めた。


御子柴からの3億の資金を元手に、優秀なスタッフの囲い込みや施設の改修はすでに完了している。そこに瑠璃のバズりによる圧倒的な集客が加わり、プロジェクトは完全に軌道に乗っていた。



無謀だと言われた3億円の挑戦は、最高の仲間、最強のブレーン、そして誰よりもパワフルで愛しい宣伝部長を巻き込み、誰にも止められない「最強の快進撃」へと姿を変えていた。


「綾部さん、1ヶ月後にはオープンしましょう。期限は半年で成果を上げろって言われていましたが、この熱を逃す手はないと思うんです。なんとかなりませんか?」


奏多の言葉に、オフィス内の空気が一瞬ピタリと止まった。


半年という期限すら短すぎると言われたプロジェクト。それをさらに巻きで進め、あと1ヶ月でオープンさせるという提案。


それは、すでにギリギリで回っているスケジュールをさらに極限まで圧縮することを意味していた。


「……あと1ヶ月、ですか」


綾部はモニターから視線を外し、ゆっくりと奏多に向き直った。その瞳が、奏多の本気度を測るように細められる。


「施設の改修自体は、御子柴会長からの資金のおかげで予定より前倒しで進んでいます。シェフと船長も、すでに現地で最終的なオペレーションの確認に入っている。瑠璃様のSNSによる集客効果も、現在がピークと言っていいでしょう」


鉄は熱いうちに打て、というあなたの判断は、ビジネスの観点からは間違っていません。この熱狂が冷める前に市場に放り込むのが、最もリターンが大きい。


綾部はそこまで言うと、タブレットを手に取り、猛烈な勢いでスケジュールを再計算し始めた。


「……可能か不可能かで言えば、可能です。ただし、ここからの1ヶ月、あなたは文字通り寝る間も惜しんで働くことになりますよ。現地の最終確認、VIP顧客向けのオペレーションテスト、そして何より、オープン初日の『最初のお客様』である御子柴会長を満足させるための、完璧な接待プランの構築」


綾部は一旦言葉を切り、鋭い視線を奏多に向ける。


「私も全力を尽くしますが、最終的な責任と決断はすべてあなたにのしかかります。……覚悟はありますか?」


突き放すような、けれどどこか試すような綾部の問いかけに、奏多は微塵も怯むことなく真っ直ぐに見返した。


「……もちろん、覚悟はできています。あの御子柴会長だって納得がいく最高のステージを作ってみせますよ」


奏多の迷いのない力強い返答に、綾部はふっと満足げな笑みを零した。


「わたくしも手伝いますわ! 奏多様が寝ないなら、わたくしも寝ません! 一緒に栄養ドリンクをがぶ飲みして、気合いで乗り切りますの!」


瑠璃が奏多の腕にぎゅっと抱きつき、力強く宣言する。その熱意にほだされたのか、綾部も小さく息を吐き、口角をわずかに上げた。


「まったく、瑠璃様の勢いに毒されたようですね……いいでしょう。第七管理室の総力を挙げて、1ヶ月後のオープンを迎え撃ちます」


綾部の承諾の言葉。それは、天宮会長が課した理不尽な試練を、期限の半年を待たずに完全な勝利で終わらせるための、最終決戦が切って落とされた。


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