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箱入り令嬢のフルスイング、庶民の俺がすべて受け止めます  作者: 有世剣斗


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第三十六話


週末に迫った御子柴との接触に向け毎日集まって第七管理室で事業計画を作成していた奏多達、その熱気は日に日に高まっていた。


オフィスの中央に置かれたホワイトボードには、綾部が書き殴った膨大な数の数字とロジック、そして瑠璃が合間に差し挟んだ「島にハート型の花壇を作るですわ!」といった突飛な落書きが入り交じっている。


「ダメです、瑠璃様。花壇の前に、まずは客船の動線と接岸許可のシュミレーションが先決です。そんなロマンチックなものは、投資家の前では一瞬でゴミ箱行きになりますよ」


綾部が冷徹なトーンでバッサリ切り捨けると、瑠璃はむーっと頬を膨らませた。


「もー、綾部は夢がなさすぎますわ! 厳格なビジネスも大事ですけれど、愛の島なんですからドラマチックな演出も不可欠ですのよ! ねっ、奏多様?」


ソファに座り、ひたすら事業計画書の数字をチェックしていた奏多は、苦笑しながら首を横に振った。


「いや、俺も綾部の言う通りだと思うよ。まずは御子柴会長に『この事業には確実に勝算がある』って思わせないと、そもそも始まらないからな」


「うっ……。奏多様まで綾部の味方をするんですの……」


「ほらみなさい、瑠璃様。お遊びではないのですから、現実を直視してください」


呆れたように眼鏡のブリッジを押し上げる綾部だったが、その口元にはわずかに笑みが漏れていた。このちぐはぐなようで抜群のコンビネーションこそが、今の第七管理室を動かす原動力になっていた。


さらに、進展しているのは机上の計画だけではない。


――数日前。奏多は綾部の水面下での手配と指示を受け、島で出会った「あの船長」と「シェフ」の二人と、都内の隠れ家的な料亭で密かに接触していた。


「お前さんたちが、あの無人島を本気で蘇らせようってのか?」


豪快に笑いながら、船長は旨そうに盃を干した。


「はい。俺たちの描く未来のビジョンに、お二人の力はどうしても必要なんです」


奏多が真摯な眼差しで答えると、隣に座っていたシェフが物腰柔らかく微笑みながら、静かにティーカップをソーサーに置いた。


「……無謀な挑戦ではありますが、奏多様のお話からは不思議と確かな熱意を感じます。それに、あの島の食材のポテンシャルには私も大いに魅せられておりましたので」


丁寧な受け答えをするシェフの言葉に、船長は豪快に片手を叩いた。


「おいおい、そんな堅苦しい言い方すんなよ。だけどよ、あの海の魚の美味さを知ってる俺たちをこうして真っ直ぐ口説きに来るなんて、目の付け所は間違いねぇ。気に入ったぜ。いざ動くときはいつでも呼んでくれ」



「ありがとうございます。必ず、最高のステージを用意してみせます」


奏多の力強い宣言に、二人は顔を見合わせて頼もしくうなずいた。まだ形のない、しかし確かな手応えのあるカードが、水面下で着実に揃いつつあった。


そして迎えた週末の夜。


都内の格式高い会員制クラブの重厚なエントランス前。


夜闇に溶け込むようなダークスーツをビシッと着こなし、黒縁の眼鏡をかけた綾部を従え、奏多は深く息を吸い込んだ。


「準備はいいですか、奏多様。これから扉の向こうにいるのは、一代で帝国を築き上げた大実業家――御子柴重蔵です」


カフスボタンを直しながら、綾部が頼もしい視線を向ける。


その背中を押すように、スマホの画面には瑠璃からの応援スタンプの連打が表示されていた。

アルバイトを辞め、退路を断った奏多の瞳に強い光が宿る。


天宮の名を使わずに自らの実力だけで挑む最初のビジネスチャンスが、今、静かに幕を開けようとしていた。 


六本木の閑静なエリアに佇む、看板すらない重厚な扉の奥。限られた特権階級だけが足を踏み入れることを許される、完全会員制のシガー・クラブ。


照明が落とされた店内は、紫煙と芳醇なコニャックの香りが立ち込めていた。ジャズの生演奏が静かに流れる中、オーダーメイドのスーツに身を包んだ紳士たちがグラスを傾けている。


その一角に、奏多と綾部の姿があった。


「……いいですか、奏多様。あくまで私は『あなたのアシスタント』です。今夜の主役はあなた。私が口を出すのは最小限に留めます」


綾部はいつもの執事服ではなく、体にフィットした黒のイブニングドレス姿だった。モデル並みのプロポーションが際立ち、周囲の視線を密かに集めているが、本人は全く気にする素振りもない。


奏多もまた、綾部が手配した最高級のタキシードを身に纏っていた。仕立ての良さが、彼の持つ真っ直ぐな雰囲気をより洗練されたものへと引き上げている。


「ターゲットはあそこです」


綾部がシャンパングラスを持ったまま、わずかに視線を向けた先。フロアの中央で、数人の取り巻きに囲まれながら葉巻を燻らせている初老の男――御子柴グループ会長、御子柴重蔵の姿があった。


「彼の興味を惹きつけ、別室での単独プレゼンに持ち込む。それが今夜のミッションです。失敗すれば、資金調達の道は困難を極めます。……行けますか?」


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