第三十四話
第七管理室の始動に向けて、綾部が整理した「ハートアイランドプロジェクト」の概要と、これからの課題。
■ 観光部署の再生プロジェクト:作戦概要
コンセプト
「世界で一番愛を誓う聖地」×「完全会員制・数量限定の幻のフィッシングリゾート」
恋愛のロマンティックスポットと、コアな釣り愛好家向けの最高級エクスペリエンスを融合させる。
主要ターゲット層
海外の富裕層、新興IT企業の若手経営者、および世界中のガチなフィッシング愛好家。
主なアクティビティ・強み
瑠璃と過ごした極上のヴィラを「ハネムーンスイート」として最高級化。
手付かずの自然に囲まれた周辺海域での本格的なトローリングと、その場で一流シェフが調理する美食体験。
天宮グループが長年私有地として厳重管理してきたため、何十年も保たれてきた「奇跡の漁場(聖域)」の独占。
夏のバカンス需要に加え、冬季などの閑散期は「未開拓のフィッシングオアシス」として年間を通じた集客とリスク分散を実現。
強力な布陣
島自体の提供・バックアップ:天宮瑠璃(私財・コネのフル活用 ※非公式)
戦術立案・ビジネスモデル構築:綾部(参謀として徹底サポート)
現地調達・実務オペレーション:あの海を知り尽くした「船長」と「シェフ」の引き入れ
■ 今後の課題
1. 初期投資の資金調達
「自分の力で結果を出せ」という会長の条件があるため、グループの融資や瑠璃のポケットマネーは使用禁止。
会長は小細工をするような器の小さい人物ではないからこそ、一切の忖度なしに、大学生である奏多が外部の投資家を実力のみで納得させ、大規模の初期費用を引き出す必要があること。
2. 専属パートナーの確保
島のキモとなる「船長」と「シェフ」に正式に接触し、ハートアイランドの専属として引き入れること。
3. 完璧な事業計画の構築
観光部署の再建と島を巡るビジネスモデルを完璧に仕上げ、会長の想像を遥かに超える結果を叩き出すための準備を進めること。
翌日。奏多は、都心の外れにある古いオフィスビルの一室――『天宮リゾート開発・第七管理室』通称観光部署のドアを開けた。
中はガランとしており、ホコリを被ったデスクがいくつか並んでいるだけ。かつてはそれなりに人員がいたのだろうが、今は見る影もない。まさに『窓際』を体現したような空間だった。
「ひどい有様ですね。まずは掃除からです」
後から入ってきた綾部が、躊躇なくブラインドを開け放つ。舞い上がるホコリにむせながらも、奏多は腕まくりをして掃除に取り掛かった。
数時間後。なんとか人間が居られる環境になったオフィスで、綾部がホワイトボードの前に立っていた。
「では、資金調達の作戦会議です」
手元の資料をテーブルに置き、綾部は冷徹かつ理路整然と言葉を紡ぐ。
「先ほどお話しした通り、天宮の看板が使えない以上、外部の投資家を頼るしかありません。ですが、ただの大学生が事業計画書を持ち込んでも、門前払いされるのがオチです。まずは、あなたという人間に興味を持っている人物にアプローチするのが得策でしょう」
綾部は手元の資料から一枚を引き抜き、デスクの上にスライドさせた。そこには、険しい目をした壮年の男性の写真がクリップで留められている。
「心当たりがあります。以前、瑠璃様が奏多様が行った、あの天宮家の晩餐会。あなたが特権階級の連中を相手に啖呵を切ってスピーチしたあの事件です」
その言葉に、奏多は苦笑いを浮かべた。あの時は瑠璃を守るために必死で、周りの目など気にしていなかったが、確実に一部の人間には強烈な印象を残していたらしい。
「あの場にいた人物の一人、御子柴グループの会長です。天宮とは競合関係にありますが、あの晩餐会以降、あなたの動向を密かに探らせていた形跡があります」
「御子柴グループ……天宮の競合企業なんですね」
「ええ。彼の興味は、純粋なビジネスの期待というよりは『天宮の晩餐会で波風を立てた得体の知れない若者』という好奇心かもしれません。ですが、そこに付け入る隙があります。彼に直接プレゼンを行い、資金を引き出す。これが、最初の関門です」
御子柴という名前を聞き、奏多は腕を組んで思案する。天宮の競合企業である御子柴グループを相手に資金調達を仕掛けるというのは、一歩間違えれば天宮全体を敵に回しかねない危うさも孕んでいる。
だが、だからこそ『天宮の名を使わずに、自分の実力で這い上がる』という条件にはこれ以上ないほど合致していた。
「……なるほど。会長から与えられた『自力で結果を出せ』っていう縛りの中では、これ以上ない相手ってわけですね」
「その通りです。ただの資金集めではなく、天宮にとっても御子柴とパイプが出来たらリスクは高いですが、リターンも計り知れません」
綾部がスッと目を細め、冷徹ながらも確信に満ちた笑みを浮かべる。
「まずは彼に、この『ハートアイランド計画』の事業計画書を読ませるためのアポイントメントを取る必要があります。……とはいえ、大学生であるあなたが直接連絡を入れても、御子柴ほどの人物の目に留まることはまずありません」
「じゃあ、どうやって接触すればいいですか?」
奏多が問いかけると、綾部は頼もしく言い放った。
「ふふっ……そこは、私の人脈と情報網をフル活用します。幸い、あの晩餐会で御子柴会長が興味を示したという確たる裏付けは取れていますからね」
綾部がタブレットを鮮やかな手つきで操作すると、オフィスのプリンターがガガガと音を立てて動き出し、一枚の分厚い書類を吐き出した。
「これが、私たちが作り上げる完璧な事業計画書のベースです。まずはこれを叩き台にして、御子柴会長の懐に飛び込むための武器を磨きますよ」
「よろしくお願いします、綾部さん。絶対に見返してやりましょう」
奏多が力強く頷いたその時、オフィスの重いドアが勢いよく開き、華やかな足音が響いた。
「お待たせしましたわー! 応援団長のご到着ですの!」
両手いっぱいに特製の豪華な二段重を抱えた瑠璃が、パタパタと駆け込んできた。彼女の後ろには、大量の差し入れを持ったお付きの者たちが控えている。
「ふふ、窓際部署とは思えないほど華やかな匂いが漂ってきましたね」
綾部がレモン茶の入ったマグカップを置きながら、呆れたようにため息をつく。だが、その表情に嫌悪の色はなく、むしろどこか心強い仲間を迎えたような安堵の色が混ざっていた。
「わたくしに出来ることなら何でもおっしゃってくださいまし! 奏多様のためなら、どんなことだってやってみせますわ!」
目を輝かせる瑠璃を前に、奏多は黒いカードキーをしっかりと握りしめる。
窓際中の窓際から始まった、逆転劇の歯車がいよいよ本格的に回り出し始めようとしていた。




