表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱入り令嬢のフルスイング、庶民の俺がすべて受け止めます  作者: 有世剣斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/44

第三十三話 




奏多は苦笑いしながら頭の後ろに手をやり、少し困ったように頬を掻いた。


「いや、絶対にやり切る心意気はあるんだけどさ……。具体的にどうやって形にしていけばいいか、正直頭が追いついてなくて。二人とも、力を貸してくれ」


……またですか。


綾部は深々とため息をつき、やれやれと言ったふうにこめかみを押さえた。


「威勢よく会長に啖呵を切っておいて、具体的な計画は白紙ですか。本当に、瑠璃様の突発的な思いつきと同レベルですね」


「なんですって! わたくしと奏多様の愛の結晶のような素晴らしいアイデアですのに!」


むっと頬を膨らませた瑠璃は、すかさず奏多の腕にぴたりと寄り添い、上目遣いで助けを求める。


「ねえ、奏多様もそう思いませんこと? 素晴らしい企画ですわよね?」


「あ、ああ……めちゃくちゃ面白いと思うよ。ただ、綾部が言う通り、ここからの現実的な動き方を考えないと……な」


奏多が苦笑しながら頷くと、綾部は瑠璃の抗議を完全にスルーし、手元のタブレットを素早く操作し始めた。


画面を軽くフリックしながら、綾部は淡々と言葉を紡ぐ。


「……いいでしょう。お二人の無謀な思いつきを、現実的なビジネスモデルに落とし込むのが私の仕事です。まず、『恋人たちの聖地』というコンセプト自体は悪くありません。富裕層向けの排他的なリゾートとしてブランディングすれば、高単価のパッケージが組めます」


綾部はタブレットの画面を二人に向ける。そこには、島の立体的なマップや想定される客層のデータが表示されていた。


「ターゲット層は、海外の富裕層や新興IT企業の若手経営者。彼らは『誰でも行ける場所』ではなく、『限られた人間しか知らず、特別な体験ができる場所』に大金を払います。あの無人島という閉鎖性と、手付かずの自然は大きな武器になります」


的確すぎる分析に、奏多は感心したように目を丸くした。


「さすが綾部さんだな……。それなら、今の俺たちでも一気に引き込める勝算がありそうだ」


「さすが綾部ですわ! それでそれで、他にはどんな問題がありますの?」


瑠璃が目を輝かせながら身を乗り出し、タブレットを覗き込む。だが、綾部はスッと画面を消し、冷徹な目を二人に向ける。


「ただし、問題は山積みです。まず、こちらの観光部署には人員がいません。実質、奏多様一人で企画、営業、運営の手配を行わなければならない。それに、初期投資の資金です。瑠璃様が島を提供したとしても、施設の改修や広告費に多額の資金が必要です」


綾部はペンをトントンと軽くデスク(あるいは手持ちのファイル)に打ち付け、さらに言葉を重ねた。


「会長の出した条件は『天宮の名を使わずに結果を出せ』です。つまり、天宮グループからの融資やコネを使った資金調達は一切受けられない。完全に自力で外部から資金を集める必要があります」


冷徹な視線を奏多に向けたまま、綾部は問いを投げかける。


「奏多様。投資家を説得し、資金を引き出す。それがあなたの最初の仕事になります。……何か、アテはありますか?」


突然のシビアな問いに、奏多は腕を組んでぐっと押し黙る。


(天宮の名を使わずに、俺の力だけで出資してくれる大口の投資家……。そんな簡単にいるか?)


「お金なら、わたくしのお小遣いが――!」


焦った様子の瑠璃がポケットから財布を取り出そうとするが、綾部はすかさず手を伸ばしてそれを制止した。


「瑠璃様のポケットマネーや親の財力は一切使用禁止です。もしそれを会長に知られれば、一発で契約違反になり即刻ゲームオーバーですよ」


綾部の容赦ない忠告に、瑠璃はぐっと言葉につまってしゅんと肩を落とした。


「……そうだよな。そこを頼ったら意味がない」

奏多はカードキーを強く握りしめ、自分に言い聞かせるように息を吐き出す。


資金調達。高校生である奏多にはあまりにも高すぎる最初のハードルが、容赦なく目の前に立ちはだかっていた。


その後、一行は本社を後にして天宮邸に集まって現状の把握をしていた。

重い沈黙が下りた天宮邸のリビングで、奏多達は深く考え込んでいる。


すると、その沈黙を破るように瑠璃がパチンと両手を合わせる音が響く。


「そうですわ! クラウドなんとかというやつはどうですの!? インターネットで資金を集めるやつ! わたくしたちのラブラブな自撮り写真を特典にして、『愛の島を応援してください!』って宣伝すれば、世界中のロマンチストたちがこぞって寄付してくれますわよ!」


瑠璃のあまりに直球すぎる提案に、綾部は呆れたように小さく息を吐いた。


「瑠璃様と奏多様の自撮りに資産価値があると本気で思っているなら、脳の検査をお勧めします。富裕層向けの排他的リゾートというコンセプトと、不特定多数から小銭を集めるクラウドファンディングは相性が最悪です」


「むーっ! じゃあ、綾部はどうするつもりですの!?」


瑠璃がむッと頬を膨らませて詰め寄るが、綾部は涼しい顔でそれをかわし、手元のタブレットの画面を鋭い視線で見つめた。


画面を軽くフリックしながら、綾部は淡々と言葉を紡ぐ。


「現実的なのは、ベンチャーキャピタルや個人投資家への直接プレゼンです。……ただ、大学生である奏多様が、まともな投資家から大規模な融資を引き出すのは容易ではありません」


天宮邸のリビングのガラステーブルに広げられたのは、ハートアイランドの見取り図と、綾部が先ほどから叩き出しているシビアな収支予測の資料だった。


「どちらにせよ、圧倒的な『目玉』が必要です。ただの無人島リゾートでは、投資家は振り向きません」


「目玉……! それなら、島をピンク色に塗り替えるというのはどうですの!? 砂浜を全部ピンクの砂に入れ替えて、海のお水も特殊な染料で――!」


綾部は即座に冷ややかな視線を向けた。


「環境破壊で即刻営業停止になります。却下です」


「むぅ……じゃあ、毎日ヘリコプターでバラの花びらを空から降らせるとか!」


「予算の無駄遣いですし、掃除が地獄です。却下」


瑠璃の豪快すぎるアイデアを、綾部は息をするように次々と斬り捨てていく。だが、当の瑠璃は全くめげる様子もなく、トントンと顎に手を当てて次の作戦をひらめかせた。


「じゃあ、じゃあ! 奏多様が釣ったみたいに、幻のお魚がたくさん釣れる『奇跡の海』としてアピールするのはどうですの!? お客様が釣ったお魚を、最高級のシェフが目の前で調理するんです!」


――その瞬間、タブレットを操作していた綾部の指が、ピタリと止まった。


綾部はわずかに目を細め、考え込むような表情を浮かべる。


「……それは」


彼女は資料のデータを脳内で反芻するように、小さく息をつく。


「……悪くないかもしれません。富裕層向けのアクティビティとして、『手付かずの自然での本格的なトローリングと、その場での美食体験』は需要があります。あの島の周辺海域の豊かな漁場は、まだ誰も手をつけていない貴重な資源です」


タブレットのデータを二人に見せながら、綾部は真剣なトーンで説明した。


「そこに、『ハネムーンスイート』のコンセプトを絡める。『二人だけの無人島で、自らの手で獲物を釣り上げ、愛する人と食す』……原始的ですが、だからこそ最高に贅沢な体験としてパッケージ化できます」


「やりましたわ! わたくしのアイデアが採用ですわ!」


瑠璃がぱあっと顔を輝かせ、嬉しそうに隣にいた奏多の腕にしがみついた。

そんな瑠璃の頭を優しく撫でながら、奏多は綾部に向き直り話す。


「船長さんとシェフとはBBQの席で名刺をいただいたんです。ふたりとも、あの海のことをめちゃくちゃ熟知していましたし、連絡先ならあります」


奏多の言葉に、綾部はわずかに眉を上げた。


「本当ですの!? さすがですわ、奏多様!」


瑠璃がパッと顔を輝かせるのを見て、奏多はさらに思考を巡らせるように言葉を続ける。


「それと、さっき瑠璃が言ってたアイデアを聞いてて思ったんですが……あそこって、素人の俺でも驚くほど高級魚が釣れましたよね?あれをただの余暇の思い出にするんじゃなくて、本格的なフィッシングスポットとしても売り出せないかと思いまして」


奏多の提案に、綾部は真摯な眼差しを向ける。


「フィッシングスポット、ですか」


「はい。バカンス目的の夏はいいとして、閑散期の冬はどうしても客足が落ちてしまう。でも、ガチの釣り人や愛好家にとってみたら、冬の海ってむしろ狙い目なんじゃないかって思うんです。……冬の未開拓のオアシスとしてアピールすれば、一年を通してターゲット層を大きく広げられるはずです」


奏多のビジネス的かつ鋭い視点を含んだ提案に、綾部の紫の瞳がわずかに見開かれた。彼女はすぐに手元のタブレットへ視線を戻し、猛烈な勢いでキーを叩き始める。


「……フィッシングスポット、ですか。確かに」


画面に表示された複雑なデータを指し示しながら、綾部は淀みなく解説する。


「あの海域はこれまで天宮グループが私有地として厳重に管理していたため、一般の漁船や釣り客は一切入っていません。つまり、何十年も手付かずの『聖域』として保たれてきたわけです」


綾部がタブレットの画面を二人に向ける。そこには、周辺海域の海底地形図と潮の流れのデータが複雑に映し出されていた。


「これだけの条件が揃っていれば、プロの釣り人や富裕層のフィッシング愛好家にとっては垂涎の目標です。ハネムーンの『恋人たち』だけでなく、『世界中の釣り愛好家』をターゲットに加えることで、冬季などの閑散期のリスクを分散できます」


「すごいですわ、奏多様! 天才的なひらめきですのね!」


瑠璃が両手をパチパチと叩いて大喜びする。

そんな二人を見据え、綾部はさらに現実的な条件を付け足した。


「ただし、漁業権や環境保護の観点から、入海できる人数を絞る必要はあります。『完全会員制・数量限定の幻のフィッシングリゾート』。これなら、プレミアム感を損なわずに高単価で売り出せます」


綾部はペンを置き、背筋を伸ばしてしっかりと前を向いた。


「船長とシェフの名刺がおありでしたら、早急に彼らを専属として引き入れましょう。彼らならあの海を知り尽くしています」


そして、綾部は椅子から立ち上がり、完璧な姿勢で奏多に向き直った。


「企画の骨組みは見えました。次は、これを元に事業計画書を作成し、投資家から初期費用をもぎ取る作業です。……奏多様、明日の朝から観光部署へ出社してください。私が徹底的に『プレゼンの戦い方』を叩き込みます」


「わたくしも手伝いますわ! 応援団長として、毎日おいしいお弁当をお届けしますの!」


天宮翔から突きつけられた無謀な試練。だが、三人の結束は、それを確かな勝機へと変えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ