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◆ 東部へと伸ばす脚




 中央都市の北部スラムに君臨するのは通称『キビシュ』。

 『蜘蛛女』は蔑称であり、呼び名は『キビシュ』。

 特徴的な『蜘蛛』の封蝋を使って『手足』へと指示を出す。

 ボスが女だと明言されている訳ではないが、皆は自然と蜘蛛女や女郎蜘蛛などと呼んでいる。


 キビシュは、広い北スラム全域を把握する独自の情報網を持っている。

 北スラムの端まで拡がる、通称『巣』。

 巨大な蜘蛛が己の縄張りに巣を張り、糸に絡まる餌の藻掻きを感知するかの如く、常に全体を監視している。


 彼女は、多くの『子蜘蛛』を飼っている。

 『彼女』の抱える複数の大商会と、そこから伸びる下請け商会を『子蜘蛛』という。

 関連商会は、真っ当な仕事のみを行う『表』もあるが、ほとんどは法を無視した取引も行う『裏』。

 その彼等との関係は絶対的な支配。


 『彼女』は一癖も二癖もある者達を集め、知識と後援と後ろ楯(ケツモチ)を約束する。


 『彼女』の大商会が彼らを後援すれば、身元不確かな人間でも公的に商会を起ち上げられる。

 まず彼等は、『彼女』の為に商会を起ち上げる。


 『彼女』の後ろ楯は、他の組織からの恐喝や強盗、汚職官憲の違法聴取や暴力、不当な差別からも保護してくれる。

 つまり傘下に入れば、安心と安全と食べ物に困らなくなる。


 代償として、一生『彼女』の下につく。

 離れようとすると、『彼女』の商会が全力で潰しに来るからだ。法的、金銭的、物理的に…


 キビシュの主な稼ぎ(シノギ)は『密輸』。

 『蜘蛛』と『子蜘蛛』の大密輸組織(ネットワーク)


 『彼女』は飴と鞭で子蜘蛛達を従わせる。


 飴は裏で流す密輸品。

 各地の旅商人達から正規ルートを通さずに入手した商品。

 それらを子蜘蛛達に格安で流す。

 当然、脱税指南も官吏への鼻薬も用意する。


 鞭は莫大な上納金。

 ただしこれは、表向き『綺麗』な大商会のみが行える手段。

 稼げない中小商会には『無償の奉仕(ボランティア)』を求める。

 奉仕とは言っても、当然、善行では無い。


 主なもので『身辺調査と監視』。

 北スラム(なわばり)に入って来た、新たな商会を調査する。

 自分達が把握していない密輸(売買)が行われていないか?

 自分達の知らない流通網(ルート)が構築されていないか?

 子蜘蛛達を使い、縄張り内を監視している。


 正規の流通網は教会と国が押さえているが、当然、税が掛かる。

 それを払いたくない連中が、密輸の為に『巣』を通過する北門裏流通路(キビシュルート)を利用する。

 その際に僅かな手数料を取るのだが、それすら払いたがらない連中が勝手にルートを開拓して運び込む事がある。

 それらに()を荒らされない為に、キビシュは子蜘蛛達を使って常に監視している。


 次に多いのが『勧誘』。

 身辺確かな商会は数千あるが、不確かな商会はその数十倍ある。

 粗末な建物(バラック)の地下で、密輸された武器や高級反物、希少植物、希少鉱石の売買がされている事など、ざらにある。

 中には麻薬や子供の売買も。

 それらの不確かな商会を『調査』した結果を元に『圧』を掛け、排除、若しくは勧誘する。


 変わったもので『家出人の捜索』。

 調査、追跡、確保。

 足取りを調査し、行きそうな場所へ先回り。

 誰にも気付かれない様に侵入、逃走された場合は追跡、死なない程度に確保する(とりおさえる)

 勿論、普通の家出人ではない。

 家出人=裏切った子蜘蛛。

 これには拷問から徴収まで含まれる。


 ただこれは、素人には難しい仕事。

 ある程度、『彼女』に実力を認められた子蜘蛛達に任せられる。

 チャプラ率いる商会は、この辺りの仕事を得意としていた。

 

 主目的はこの『親蜘蛛子蜘蛛システム』を守る事。

 それらの特別な仕事を『無償の奉仕』として求められ、達成する事で上納金を免除される。


 つまりキビシュの商会集団は、この巨大な街の北側経済圏を密輸と暴力で支配する、商業マフィア集団なのだ。


 今回、キビシュは縄張りを拡げようとして、再開発が急がれる東部に脚を伸ばした。

 その前線基地となる場が、チャプラ達の商会の在る辺り。

 彼女達を据える事で、他のスラム連中がどの様に手を出してくるかを確認する。

 彼女達は、その為の疑似餌である。



 「ごめんね…ペトラ。

 ワタシの知識、全然役に立たなかった…」

 「お前のせいじゃねぇ。気にすんな、シャラ」

 「ち…よりによって外国かよ。

 蜘蛛女(あのおんな)を無視して、わざわざこの地区で?無知か?わざとか?」

 「中央か、南の奴等が偽装して…かもな」

 「だけど…、彼等関連の商会名も貴族名も無かった。

 もし一般市民なら…。

 慎重にならないと…藪蛇はこわい…」

 「帝国の貴族までは調べようがねぇしなぁ…どうすんだ?ペトラよぉ…。

 わざわざ、こんな遠くまで足運んで収穫無しかぁ?」

 「今、考えてんだよ…!もう少し声を落とせ…!」

 教会の庭で三人の男女がコソコソと何か話している。


 一人は少年ペトラ。

 フードで顔を、長い袖で目立つ肌色を隠している。

 目立たない奴隷侍従の格好。


 彼と向かい合い、ウジウジと俯く金髪碧眼の美少女はシャラ。

 ペトラと同年代の子供。

 クルクルの髪を流行りの髪留めで纏め、人気の化粧で目の周りを彩っている。

 高位貴族令嬢の格好をしているが、涙目で俯く彼女の様子が、貴族としての雰囲気を壊している。


 「ちょっとぉ…泣かないでくれない?

 化粧し直すの大変なんだからさぁ…」

 「ご…ごめんなさい…ドロシー……」


 その二人の間で凛として立つ女性がドロシー。

 二人とは違い大人の女性。

 貴族女性としての略礼装を着こなしている。

 シャラと同じ様な金髪だが、瞳の色は濃い黒。

 一見すると、奴隷侍従を伴った貴族の家庭教師か、娘を伴った良いところの母親に見える。口を開かなければ。


 教会に来る人達は、ペトラの姿をチラリと見て眉をしかめ、シャラの姿を見て何か納得し、ドロシーの言葉を耳にしてギョッとして、足早に立ち去って行く。

 周囲の空気を察しながら、ペトラは、人選を失敗したかな…と後悔していた。



 ペトラは仲間を二人引き連れ、中央東部では()()()()()に運営している教会まで来ていた。

 教会に保管されている戸籍簿と商会登録台帳を閲覧する為に。


 首都アルカディアでの永住権を与えられた者は、教会で洗礼を受けて戸籍簿に記載される。

 洗礼はないが、法人登記も同様に教会で登録されて、複写されて教会の地下書庫に保管される。

 チャプラから渡された教会発行の銀メダルがあれば、それらを閲覧する事が可能。

 …教会が無事ならば。


 東部地区は大教会が崩壊した余波で、周辺の中小教会からも少なくない人達が居なくなった。

 主に、亡くなった枢機卿と利害関係にあった司教や司祭達、彼らと同派閥の教会関係者、そして、その家族。

 逃げた者の他に()()()()も多くいた。

 チャプラの商会の周辺の教会も、まともに機能していなかった。

 なので三人は、東部でも被害の少ない地区まで延々と馬車を乗り継ぎ、長い列を並んで、働かない職員を叱咤しながら、なんとか目的の情報を手に入れた。

 その結果…成果無し。


 ペトラの顔は目立つので、目立たない二人にアルカディア貴族の振りをさせて情報を引き出させた。

 首都スラムの主要人物や裏取引に関わる全ての商会の名前を暗記しているシャラに、登記簿に記載されている従業員、関係者、後援者、取引商会名を確認させた。

 しかし、彼女が引っ掛かりを覚える名は無し。

 結果、先ほどの会話となった。


 「…せめて、中央か南の連中関連の名前が出れば、今後の方針も決まるのだがな…」

 「カタギじゃなければ戦争するだけだもんな…!」

 ドロシーがニヤニヤしながら囁くと、ペトラは彼女をギラリと睨みつけた。


 「で…ででももし!…普通の商会だったら…」

 シャラがビクビクしながら口を開く。

 「教会本体が乗り出す様な問題を引き起こせば…ペトラ、お前だけでなくチャプラも切られるぜ?

 ねぐらが無くなるのは嫌だぜ?慎重に判断しなよ?」

 「分かってんだよ!そんなことは…!

 …ドロシー、お前は少し黙れ…」

 ペトラは親指の爪を噛みながら、上げた声を圧し殺した。


 「くそ…何なんだよ…ルブラム商会って…。

 カタギか裏かの確認も出来ない奴なんて、一体どうすんだ…?」

 チャプラは憎々しげに呟き、それを聴いたシャラは再び涙目で俯いた。




 

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