◆ 下請けの憂鬱
マイア神授正教国 首都アルカディア。
大陸宗教の中心であり、教皇庁・王室を中心とする膨大な人口を内包する中央都市と、そこを囲む様に東西南北の各方面街区として多数存在する周辺都市を合わせて、ひとつのアルカディアと呼ぶ。
巨大過ぎる故に、その中央都市でさえ、更に東西南北と中央区の五区画に分けられている。
政治体系は王制であり、下に貴族院と議会がある。
王は、王の一族と傍系血縁の中から王族会議により選ばれ、貴族院は高位貴族の輪番制で無償奉仕、議会議員は10年毎に行われる選挙によって国民の中から選ばれる。
その院と議会が決定する案を王が承認する事で法が創られ、国の全てに律の枷をはめて支配する。
しかし、これは表向き。
実情は、当該宗教の最上位である教皇が王族会議での決定権を持ち、輪番の貴族院には枢機卿に近しい縁戚の高位貴族が必ず数名入る。
つまり、案の作成には枢機卿の、承認には教皇の意向が入るということ。
実質的にはマイア教が国を支配・運営している宗教国家。
分けられた中央五区画は五人の枢機卿が統括する五大教会を中心に統治され、百を超える中教会、千を超える小教会、万を超える集会所に所属する信徒達によって、都市の隅々までに公的な奉仕・資本の提供等が行われている。
役所でも公的な扶助はあるが、事務的な手続きのみに限定され、『弱者救済』の御題目的奉仕は教会主導で行われている。
国民の8割超が信徒・信者であるこの国では、この宗教主導システムの方が上手く国家を動かす事が出来たのだ。
しかし数年前、ある一人の枢機卿が亡くなり、区画の一つである中央都市東部の統治者が不在となった。
加えて東街区の二割超と、その枢機卿が統括していた大教会も半壊した。
そして、長らく再建されずに放置されていた。
理由のひとつは、大教会半壊に巻き込まれて東部の指導的立場の者達が軒並み亡くなり、枢機卿の代理を務められる者が居なくなった事。
そしてもう一つは、強烈な魔素汚染の為に人が近付けなかった為。
その事件から数年経ち、汚染も薄まった。
現在は東部大教会の再建計画が進められ、仮設の教会施設が完成して稼働し始めた。
だが一度崩壊したシステムの再建までは、経験者の不在と人手不足により全く間に合っていなかった。
なので、東部地区は公的な手続きや奉仕、糧食金銭資材のあらゆる物資が不足しており、未だ酷く荒れ果てていた。
その東部地域にある商業地区。
貧民割合が多くなった為に危険になった場所、そして、その分安く手に入った土地。
此処に店舗を構える小さな商会があった。
そして今、その商会の応接室では、一人の女性が頭を抱えていた。
◆
「ほらよ!あの御方からの催促。
どうするよ?ねぇちゃん」
幼い顔付きの色黒の少年が、頭を抱える女性に向けて手紙を放り投げた。
手紙はくるくると宙を舞い、執務机上の開いた文箱の中にポトリと落ちた。
上質な紙に、差出人の名前も届け先の住所も書かれていない不思議な手紙。
特徴的なのはひとつ、蜘蛛の蝋封だけ。
「早く決めないと、俺達が喰われちまうぞ?」
少年は、両手を拡げて獲物に襲い掛かる蜘蛛のフリをしながら笑った。
肌は浅黒く、濃い茶色の巻き毛。
唇はポテッと厚く、瞳はクリクリと丸くて青い宝石の様。
まるで黒豹の様な小さな顔。
幼い顔付きは、まだ10代前半くらいに見える。
白い肌に薄い唇を持つ者が多い此の国の人間とは違う、目立つ見た目。
仕立ての良い御仕着せは大き過ぎて似合わず、袖を捲って調整している。
捲くられた白い袖の内側からは、細いが、剛性のあるゴムの様な前腕が覗き見えた。
「う〜ん…なんか気が乗らないんだよねぇ」
女性は文箱の中の手紙を睨み付けながら、眉間にシワを寄せた。
「やっぱり姉ちゃんも?なんか嫌な感じするもんなぁ…」
少年は息を吐き、応接室の革張りソファに腰を掛けた。
「だけど俺達には元から選択肢なんてねぇ。
だから命じてくれよ。チャプラ姉。
俺はアンタが一言、やれと言えば……やるよ?」
少年はまっすぐに彼女の目を見つめた。
執務机に座る女性は少年を一瞥した後、溜息をつきながら頭をクシャクシャと掻きむしった。
チャプラと呼ばれた女性の肌は少年とは真逆。白い。
むしろ、この国のどの人間よりも白い。
髪の色も真っ白で、唇も薄い。
少年が『黒』なら、この女性は『白』。
だが彼女の瞳は少年と同じ青、髪の癖も同じ様に強い。
少年と同じく、此の国の人間とは顔の造形が根本的に違っていた。
彼女の背は此の国の女性達よりも高く、白い肌に包まれた首筋から肩口にかけて、鍛えた筋肉の筋が見える。
細身ながら全体的にガッチリした身体つきなのが、服の上からもハッキリと判る。
ゆったりとした袖に隠れて分かり辛いが、腕も引き締まっている様子。
細い彼女の手首には、鍛えている者特有の筋が浮き出ていた。
彼女の白い髪は、その強すぎる髪質の所為で横に膨らみ、獣の鬣の様にも見える。
彼女のその見た目と、内側から醸し出される力強さが相まって、白色の肉食獣の様な雰囲気。
黒豹とライオン、獣の様な二人が頭を抱えながら唸っている不思議な光景だった。
「ペトラ…任せてもいいか?」
ライオンの様な見た目の女性が、怒られた猫の様な困り果てた表情で男の子を見つめた。
「姉ちゃんはいつもの様に一言言えば良い。任せな。
なぁに…この国の平和ボケした連中には捕まらねぇから」
ペトラと呼ばれた少年はニヤリと笑って頷いた。
「下請けの辛いところか…。
だが……先ずは教会で下調べだ」
「蜘蛛女の調査は信用ならない?」
「ああ…私達みたいな異邦人は、常に使い捨てられる事を考えな。
慎重にいかねぇと…」
「何処に怪物の口があるか分からねぇ…だろ?」
彼女は頷いて、マイア教の信徒の証である銀のメダルを懐から取り出して少年に投げ渡した。




