◆ 緑と黄と青
「何なんだよ…ルブラム商会って…」
ペトラは頭を抱えた。
シャラは、自分の知識から判った事を二人に話した。
「…私の…知る限りの事でしか話せないけど…
設立者も後援者も聞いたことのない人…。
なのに、主な取引先には大商会の名前がいっぱい…。
中央の大商会や北の商会が幾つも…中には裏で有名な同業者のも…」
「…それなら…俺達の同業者と、言えないか?」
「で…でもね…表側向けの綺麗な商会の名前での登録だったし……
ルブラム商会が知らないで取引している事もありえるの。
そして、設立許可印は北方統括教会のもの……
公的な記録としては、完璧…なの」
シャラは、閲覧した記録内容を正確に述べた。
「……すっげぇじゃん。
とても、得体の知れない新興商会とは思えねぇ規模」
ドロシーは腕組みしながらニヤニヤと嗤う。
「主要取引相手に帝国の商会が多かったから、帝国の出先機関かも…?」
シャラは自信無さげに下を向く。
ドロシーは、そんなシャラの頭を軽く撫でた。
「それで…主な取引商品は紡績関連?
綿花・絹取引に加えて魔蚕生成糸と高級反物の流通、機織り機の貸与事業まで。
見事に蜘蛛女の表側の産業と被るじゃねえの…。
なんか、面白い事になってきたなぁ?」
ドロシーの軽口とは対照的に、ペトラは低い声で呟く。
「正面から喧嘩を売ってるとしか思えん。
表側の奴等なら、余程の馬鹿か命知らずだろう。
これが他人事なら面白かったかもなぁ…」
眉間にシワを寄せて舌打ちをした。
「下働きは辛いなぁ…クックック…」
「キサマも他人事じゃないだろうが!」
ドロシーの言動が頭にきた様で、ペトラは思わず怒鳴った。
教会の庭隅でコソコソと話し合うペトラ達三人。
話に夢中になり過ぎて、周囲の人々が彼等を遠巻きに眺めているのにも気付いていなかった。
「まさか、一般商会か裏商会かすらも判断つかないなんてな…」
「…チャプラのヤツが心配していたのは、この事なのかねぇ?」
「…かもしれん」
ドロシーも軽口を止めて、真剣な表情になる。
「チャプラお姉ちゃんの勘…よく当たるから…」
「キビシュの蒐集家ども…
わざと情報を隠して、俺達を生贄にするつもりか…?」
「流石は蜘蛛女の子飼い部隊だよ。相変わらず性格わりぃよなぁ!」
「ひぅ…ドロシー…声が大きいよ…」
ようやくシャラが、自分達が周囲の人達の耳目を集めている事に気が付いた。
キョロキョロと周りを見ながら、二人に注意を促す。
二人は、あっ…と言いながら口を閉じた。
ペトラ達が黙り込むと、眺めていた人達の中から三人の男女が歩み出てきた。
「オイオイオイ…なんか面白そうな奴等が居ると思えば…お前らは……。
たしか…獅子女のとこのペットだよな?
名前は、そうそう…ペトラちゃん…合ってるかぁ?」
ニヤニヤと、いやらしい薄ら笑いを浮かべながらペトラ達に話し掛けて来たのは、緑色の男だった。
◆
男の印象は『緑』。
髪は深緑で目の色はエメラルドグリーン。
肌はペトラと同じ様に浅黒いが、ペトラとは違い、顔付きは正教国人。
服装も黒を基調としているので、明るい緑色の瞳だけがハッキリと目立つ。
その場に立っているだけで、男は異様な威圧感を発していた。
周囲に居た人達は男の雰囲気に気圧され、目を逸らしながら、コソコソとこの場を離れていった。
「グリ…!?
なんでお前が此処に?」
ペトラが警戒を強める。
ドロシーは姿勢を正して彼をギロリと睨み付け、シャラはドロシーの背中に隠れた。
「オイオイ…此処は公共の場だぜぇ?
神聖なる教会だ。
礼拝に来ちゃいけねぇってのか?」
「貴方が礼拝…?ふふ…笑わせないで頂戴」
ドロシーは口調を直し、扇子で口元を隠しながら、グリを見下す様に顎を上げた。
「そいつは酷い言い草だなぁ?
これでも敬虔なマイア教の信徒様なんだぜぇ?
腐れ薬師のドロシー女史様よぉ」
「貴方なんぞに名前を知られるとは…非常に嬉しくありませんわね。
此処は神聖なる家。来る場所を間違えてらしてよ?
快楽殺人鬼のグリ様」
その時、グリの背後に居た二人の女性が口を挟んだ。
「確かに、この男は神聖な教会には似つかわしくありませんね。
マイア様に失礼ですわ」
「遺憾ながら同意します…。
花園に汚い毒草が混じっていたら取り除きたくなりますよね?」
グリはひとつ舌打ちをし、会話に割り込んだ女性達を睨みつけた。
女性の一人は『黄色』。
黄褐色の髪にシトリンの様に輝く瞳。
白い肌がグリとは対照的。
こちらも正教国人の骨格と顔付き。
ドロシーと同じ様な略礼装のドレスを身に纏っている。
「此処は教会ですの。
下品な言動と口調は慎んで下さらない?
…本当に嫌になるわ。何でわたくしが…」
彼女の言葉にドロシーも頷いた。
「アマビリス様の仰る通りですわね。
出来れば其処の雑草男を連れて帰って下さると、大変、喜ばしいのですけれど…?」
閉じた扇子でグリを指し示しながら、ドロシーはアマビリスと呼んだ女性に視線を向けた。
アマビリスは、キッとドロシーの事を睨みつける。
「私が言った相手は、この男だけじゃないの。
貴女もよ?ドロシー様」
「まぁ、雑草共がお喋りするなんて…流石は女神マイア様のお膝元。奇跡が起きておりますわ」
ドロシーは扇子で口元を隠して、クックック…とわざとらしく嗤った。
「この場には毒草しか生えてない様で…」
二人のやり取りを見て、もう一人の女性が溜息をついた。
こちらの女性は『青』
明るいブルーアッシュの髪色に藍色の瞳。
日焼けした肌には目立たない程度の切創の痕跡。
女性護衛騎士が、非番時に着るようなラフな水色のドレスを身に纏っている。
見た目柔らかなドレスだが、服の繊維に金属が編み込まれている護衛用の服装。
ドロシーは、会話に割り込んだ彼女に視線を向け、眉をしかめた。
ドロシーの視線に気づいて、青色の女性は軽く頭を下げた。
「始めまして。私はリシェル。
当たり前ですが、この毒草共と同業です。
…今日は喧嘩をしに来た訳では無いので、そんなに警戒なさらないで下さい」
リシェルは服の下で投げナイフを握りしめているペトラに視線を移し、ニコリと微笑んだ。
『くそ…グリだけでも厄介なのに…』
ペトラの額には冷たい汗が滲んでいた。




