◆ ジェシカの軌跡17 エインセルの力
結局、単独での尾行は諦めた。
私は(勝手に居座っている)監視用の屋根裏部屋に戻って、チャプラの店の監視を続ける事にした。
…今は、追えなくても良い。
追われてる確証を得られて、より深くに潜伏される事の方が余程困る。
それに…予測が当たっていれば、もう一度機会がある筈だから。
それは兎も角…………
「ああ…腹…減った」
中途半端に腸詰め齧った後、直ぐに追いかけっこをした所為で、とてもお腹が空いた。
携帯していた小袋から小さな耐熱皿と小皿、小さな包みを取り出す。
「えっと…水は…」
周りを見回す。当然、埃被った屋根裏なんかにある訳もなく。
「…下から盗めば良いか」
住人に気付かれない様に、下の店から調理に必要な材料を集め、手早く簡単な食事を作りながら、私はその時が来るのを待つ事にした。
◆
日も傾き、周囲が暗くなって来た頃、エインセルが屋根裏に飛び込んで来た。
「たっだいま〜。尾行してきたよ〜!
……なんだか良い香りね。何食べてるの?」
私が持っている物を見て、彼女は顔を近付かせて来た。
「何これ?」
「……ライス」
葉に包まれた白い玉。
その香りを嗅ぎながら、私の周囲をグルグルと飛び回り、物欲しそうな目でこちらを見つめてくる。
…ウザ。
「…食べ掛けで良いなら。あげるわよ」
「いいの?ヤッター!」
嬉しそうに飛びつく彼女。
一口囓って、満面の笑みを浮かべた。
「ナニコレ!?美味っ!!」
錐揉みしながら飛び上がるエインセル。
「昼間の腸詰めの肉汁の力強さも良かったけれど、この植物の仄かな甘みも…美味!」
戻って来て、二口目。
「ムグムグ……
含まれてる魔素がトゲトゲしてない。暴れない。
まろやかでふんわりしてて溶け込む様に…当に絶品!」
いきなり一人で食を論じ始めた。
このライス…確かに美味いけれども。私はブルストの方が好きだなぁ。
…というか、魔素に味なんてあったのか。知らんかった。
全ての食べ物には、多かれ少なかれ『魔素』が含まれている。
人々は日常的にそれらを食し、それが魔力回復の一助と成っている。
「こんなの、聖教国に来てから一度も見た事なかったけど…」
「これは新しい食べ物だから。
…ほら、この間の帝国…」
「ああ…東の。あの物騒な国…」
「そこから持ち帰った植物を蒸した物」
「アンタ…あのゴタゴタの最中に食料漁ってたの?」
「人聞きの悪い…。貰ったのよ」
私の仕事に対する報奨の一部として。
本当は報奨金で牛を買うつもりだった。
無理だったので、その代わり。
「…貴女…飼育出来ないでしょ?
コレなら私の実家で保管しておいてあげるわよ」…と、言われたので。
折角だからトン単位で貰って、向こうの知り合いに預けてある。
「食い意地張ってる…」と、随分呆れられたけどね。
ご飯は大事よ。
東方の国では頻繁に食されているらしいけれど、こちらでは珍しい。
折角だから、ルブラム商会の商品にどうかな…と考えた。
けれど、いきなり販売しても知名度が足りなくて売れない。商品の方向性も違う…と判断。却下した。
帰る際に馬車で運んだ数袋分が、教会の倉庫に保管してある。
勿体無いので自家消費。
「素晴らしいわよ、コレ。是非売りに出しましょう」
「妖精に受けてもね…評判良くないのよ、これ。
味が薄いし、肉に比べてイマイチ……」
「こんなに美味で、凄く魔力も回復する食べ物!
売れない筈がないわ!」
…いや、妖精の魔力が回復するって事は『魔素が多く含まれている』って事じゃないの。
魔素を多く含む食べ物は、私達の様な魔力の強い人間が食す分には問題無いが、魔力の弱い者が食べると酩酊・昏倒する。
その所為で、販売には面倒臭い規制が掛かる。
「…余計に売れなくなったじゃないの…」
私は頭を抱えた。
「はぁ?意味分かんない!
こんなに素晴らしい食べ物なのに…!」
グチグチ言いながら、口いっぱいにご飯を詰め込んでいるエインセル。
「それより、報告は?」
「ふあ?ははほへへ。ほふははふ……」
「食べ終わってからで結構…」
「…ふぁふぁっふぁ!」
そう言うと、彼女は黙々と食べ始めた。
◆
食べ終えたエインセルから、尾行した捜査官達についての報告を受けた。
「……というわけで、馬車は…この通りの…ここ。
この大きな建物に入って行ったの。
上から見てたからね。間違いないわ。」
拡げた東区の地図の上を飛び回りながら、指をさす彼女。
昨夜の追跡時にも持ち歩いていたお陰で、燃えずに済んだ大切な地図。
非売品。私達の組織の機密の品。
…エレノア様からの借り物だし。これまで燃えてたら、本当に殺されてたかも。
「…この地区の此処なら…東区官憲本部の建物で間違い無いわね…」
「…連中の身元に問題は無かったって事?」
「いいえ。大問題だったって事よ」
エインセルは首を傾げた。
でも、それ以上は何も訊いてこない。
「そう言えば、パックは?」
今更ながら私が一人なのに気付いて、キョロキョロと、屋根裏の暗がりを探し始めた。
「ん…定時連絡に行ってもらった」
「…?予定では、あの店の接触者を尾行するんじゃなかった?」
「昼間、一度尾行したけどね…。
思っていたよりも手練れだったから諦めた。だから予定変更。
パック無しでやろうと思ってね」
「…出来るの?」
意外と信用ない?
そこそこの実力はあるつもりですけどね。
本気で尾行する時は、私はいつも、パックを連れて行っていた。
だから、予定外の『捜査官』に対しては、エインセルに任せた。失敗しても構わない。…その程度の気持ちで。
後でパックが必要になる。…と、想定していたから。
「寧ろ今回は、パックよりもエインセルよ!」
「えっ…?アタシ?」
驚いた顔で、私を見返す彼女。
「そう。
アンタの天才的な能力が、今の私には必要なのよ」
妖精も煽てれば何とやら。
喜色満面で、クルクルと舞いだした。
「やっぱりね。アンタ!見る目あるわよ!」
ニヤニヤしながら私の頭をペシペシと叩く。
暫く踊っていたかと思うと、突然ピタリと止まり、私の目をじっと見つめてきた。
「……でも、どうするつもり?
アタシはパックみたいに、姿を消せないわよ?」
エインセルには、パックの『姿隠し』の様な魔術式は無い。
昼間ならば空高くから追跡出来るので、エインセルでも尾行できる。相手にも依るが、比較的バレにくい。
しかし、夜だと目標を見失う可能性が高い。
かと言って、近付けば見つかるリスクが高くなる。
パックの『姿隠し』ならば、近付いても『見えない』。気配は消せないけど。
エインセルは、その事を危惧していた。
エインセルの能力は『幻覚結界・幻影』。
彼女から数メートル範囲内に居る相手に、現実と区別出来ない程にリアルな幻を見せる。
匂いや気配すらも、自在に感じさせられる。
その副産物として、直ぐ傍に居る間だけ、己の姿を隠せる。
透明な『幻影』を自分に被せて、幽霊の様に成れる。
しかし一度でも効果範囲から離れると、エインセルの描いた幻は消え、彼女の姿は丸見えになる。
つまり、この能力は尾行に向かない。
パックの様に、距離が離れても見えない状態を維持出来る様なものではない。
「近くに居る相手には、『絶対に』見つからない自信があるわ」
ヴァネッサやクラウディア以外になら、だけど…と、ポツリ。
「けれど、少し離れたら簡単にバレちゃうわよ?
いえ、夜だからこそ闇に紛れて?
でもアタシ…あまり夜目は利かないから…」
「大丈夫よ。作戦はね…」
私は彼女に計画を話し、ある物を手渡した。




