◆ ジェシカの軌跡16 怪しい馬車
「この腸詰め!美味…!!」
「でしょ!良い肉使ってるよねぇ」
「いやいや…これは香りが良いのよ。
…エールも欲しくなるわねぇ」
「下行って取ってこようか?」
「…う〜…」
私達の足下。窓下の飲食店では喧騒再び。
二匹が齧っていた腸詰め。
眺めながらお腹を鳴らしていた私。
それを見て更に二本盗んで来た。パックが。
止めなかったのではなく、止める間もなく。…ここ大事。私の意思ではない。パックが勝手に。
下の店では盗った盗ってないの言い争いから、殴り合いの乱闘へ。店主、麺棒持って再び乱入。
「武器使うな!卑怯だぞ」
「勝ちゃぁ良いんだよ!勝ちゃぁな!」
「巫山戯るな、オメェら!弁償しろ!!」
野次馬まで集まってのお祭り騒ぎ。
「入れ墨野郎に銅貨10枚!」
「なら俺は鍛冶屋に15枚!」
「こっちはオヤジに20枚だ!」
「並んで並んで〜。
賭けしたけりゃ、ウチの料理を買いなさ〜い」
「ねぇちゃん!エールくれ!」
お祭り騒ぎ。店員もちゃっかり。
喧騒を聞きつけた兵士達も集まって来た。
…が、喧嘩を止めようとせず、野次馬と一緒になって駆けに興じている。
「いえ…これ以上やると…ね」
流石にマズイ。て、いうか…うるさい。
「そう?…けっこう美味しいのに」
そう言いながら、自分の身体と同じくらいの大きさのブルストに齧り付くパック。
私はブルストを咥えながら、周辺の監視を再開した。
「…ん?…馬車か…」
遠くの方から、豪華な馬車が騒ぎの只中に向かって来る。
それは、下のお祭り騒ぎの直ぐ横を通り過ぎ、チャプラの店の方へと向かった。
馬車は次第に速度を落とし、チャプラ商会の玄関に横付けして停車。
すぐに商会の扉が慌ただしく開かれ、従業員が飛び出してきた。
平身低頭しながら馬車の中の人と話をし、急いで店内へと戻って行った。
「良い馬車ね。でも…少し不釣り合いよ」
見た感じ…貴族や富豪の使用する馬車。紋章は無し。
貴族や有名商会所有の馬車ならば、家名を表す紋章がある。でも、あの馬車には見当たらない。
…だからといって、それだけで怪しいとは言えないけどね。
家名を知られたくない『諸用』や『買い物』の場合、紋章無しの馬車を使う事は往々にしてある。
その手の馬車専門の貸し出し業者も在る。
…主に、密会や浮気相手へのプレゼントなどね。
チャプラの商会の商品は、中流階級以上の女性を対象とした品揃えだった。
貴族ですら、思わず手を伸ばす程の見事な品も並んでいた。しかし…
現在ここは、重点的再開発地区。
修繕中の教会も近く、今後の発展の期待が高まる一等地。
一方で、未だ石畳の補修も完璧ではなく、所々、破損している。泥はねも在る。
少々、品の無い人達も多い。
…下の連中みたいな…ね。私は嫌いじゃないけれど。
良くも悪くもない地域。
女性が一人で散策出来る程度には治安も良い。
でも、貴族が自ら出向くかというと…少し違和感がある。
…商人を自宅に呼び付けるならまだしも、貴族が自ら足を運ぶか?こんな所に?
加えて今、すぐ下の通りでは原因不明の喧騒。
…他人に見られたくない商品を購入しに来るならば、耳目の集う通りを厭って引き返すでしょ…普通は。
実際、下の騒ぎを目にした他の馬車は、直ぐ手前で横道に逸れている。
つまり、私達が間接的に営業妨害を仕掛けている商会にも拘らず、紋章無しの馬車で乗り付けて来る。
…限りなく黒でしょ…これは。
「パックのおかげね。良くやった」
「え?ボク、何かやっちゃった?」
ブルストを両手に持ったまま、首を傾げている。
私は無言で彼の頭を撫でた。
…何故か、酷く怯えた顔をした。
◆
チャプラの商会から去る馬車を確認し、私はパックと共に店を出た。
喧騒に紛れて、店内から堂々と。
捜査官共の張っている建物は把握済み。
どの辺りを監視しているかも大体判る。
視界に入らない路地を抜け、先程の馬車を追った。
「おっと…停まったわよ」
「…良く判るね。
建物の陰に隠れてて、此処からじゃ全然見えないよ」
「…経験の差ってやつよ」
追っていた馬車が見通しの悪い区画に入った。そして、直ぐに停車した音が『聴』こえた。
「複数人の移動音…別の馬車の板を踏む足音」
馬車に乗って居た連中が、途中で別の馬車へと乗り換えているのを『聴』いた。一区画離れた路地裏から。
「当たり」
「ボクのおかげだね」
「気を付けて。かなりの手練れが一人居る」
馬車に乗っていたのは三人。
その中の一人だけ、異様に足音が聴こえづらい。
「『警戒』状態がクセになってる人の歩き方。
気付かれるかもしれない…」
「この距離で?『姿隠し』も使っているのに?
ボク…野生の獣にだって気付かれない自信はあるよ?」
「確信は無い…けど、周囲を視ている気がする」
「凄いね。クラウディア並み?」
「…同等の達人級だと考えて動くわよ」
「わかった…」
三人の乗った馬車は、人通りの少ない工事区画へと入って行く。
私は屋根の上を跳び移りながら、その馬車を追った。
「…くっ!!」
私は、咄嗟に屋根の上から飛び降り、狭くて薄暗い路地に飛び込んだ。
「やられた…!」
「いきなり、何?」
「しっ!…静かに」
暗がりに隠れ、『無音』の魔術式を展開する。
これで声は漏れない。…が、達人相手だと気配で気付かれる可能性もある。
私は気配を消し、直ぐ横の家に忍び込んだ。
幸いな事に、此処の住人は酒瓶を抱えたまま、昼間からイビキをかいていた。
込み入った屋根と屋根。
人ひとり通るのがやっとな狭い路地。
あばら家だらけの貧民街。
飛び出た庇から路地に差し込む光は細くて少ない。
此処は、日中であっても薄暗い。
私達の潜む家へと差し込む光は、ほぼ無い。
少ない光が照らすのは、窓の外に転がっている木の桶とその周りのごく狭い範囲。
暫くすると、その光がチラチラと揺れ動いた。
光を遮る陰。丸い頭が二つ。
屋根の上。庇と庇の隙間から、この狭い路地の中を覗き込んでいる者達が居た。
音も無く、路地に飛び降りて来る二人。
顔を布で覆っており、『目』だけしか見えない。
…瞳は深い黒。異邦人の目の形。
パックは両手で口を押さえながら、私の服に潜り込んできた。
彼等は暗がりを満遍なく確認した後、直ぐに別の路地に向けて走って行った。
「二重尾行されてたわね」
「囲まれてるの?まずい?」
「…もう大丈夫よ。
逃げられたと思ったのか、気の所為だと考えたのか…。
他の通りへ散って行ったわ」
パックの『姿隠し』は常に発動させていた。
目視では確認出来なかった筈。
恐らく、馬車の中の『誰か』が指示を出して、私の居た辺りを確認させたのだろう。
向こうからしたら、尾行けられていそうな気がする。…という程度だった筈。
そこまでヘマはしていない…と思うけど。
「やはり、達人は馬車の中の一人だけね。
さっきの追跡者達は大した事ない。お陰ですぐに気付けた」
「ニンゲン怖いなぁ…」
「…単独ではこの辺が限界ね。戻りましょうか」
「りょ!」
私達は馬車の追跡を諦めて、来た道を引き返した。




