◆ ジェシカの軌跡15 噂の悪童
エインセルが捜査官達の乗る馬車を追い掛けて行くのを見送り、居残ったパックから、昨夜追跡した侵入者達についての報告を受けた。
「……尾行に時間が掛かったのはね…」
パックは、明け方になっても戻れなかった理由を話した。
昨晩、私と別れた後の事。
二階へ上がった双子の侵入者達を追って、パック達は『姿隠し』をしながら後をつけた。
彼等は二階端の部屋を軽く見た後、何も盗らずに窓からバルコニーに出たそうだ。
「他の部屋を一切確認せず?
やはり、ウチの図面が何処かから漏れたかな…
仲介した連中が小金目当てに流した…?
…焼け落ちた今となっては、考える意味も無いか…。
続きを…」
「…それでね、下に飛び降りるのかな?…と、思いながら見ていたのだけど…」
二階のバルコニーから地上までは、高さ十二メートルくらい。
「ジェシカが、いつも気軽に飛び降りてる高さだからね。
彼等もそうするかと思ったけれど、地面を見て、少し躊躇したみたい…」
私くらい訓練してれば、怪我なく飛び降りる事は造作もない。
「そしたらね、双子の片方がね…浮いたの。
離れた庭木に向けてゆっくりと。…ボク達みたいに宙を漂う感じで」
「……浮いた?」
「ボク、ニンゲンが浮くのは初めて見たよ」
…私も知らない。聞いたこともない。
『糸』を使って空を歩くニンゲンなら知ってるけど。
「ボク達の魔術式とは全然違う…今迄に見た事のない魔術式だった。
多分、彼等のオリジナルじゃないかな?」
まるで夜空を浮遊するかの様にゆっくりと移動し、一人が木に掴まると、もう一人も同じ軌跡を辿ってゆっくりと浮遊し、同じ木にしがみついた。
「彼等は庭木を伝って下に降りたの」
地上まで降りた彼等は、柵を軽く乗り越えて路地へと出た。
「彼等、動きは素早かったけど、警戒心は薄かったね。
潜伏も索敵も苦手なタイプ…みたいだった」
それは私も感じた。彼等を一目見た時に判っていた。
侵入者の中で一番上手かったのは色黒の男の子。私が警戒したのは彼だけ。
「ジェシカ達に慣れてるボクにとっては、双子達の追跡は楽だったよ」
彼等は直ぐ傍で姿を隠していたパック達には全く気付いていなかった。尾行するのがとても楽だった…とのこと。
彼等は狭い路地に入った所で素早く衣装を着替え、夜の街道、ガス燈の下を悠々と歩いて帰った。
「まぁ、夜にボクの『姿隠し』を見破るのは、ジェシカでも無理だろうけどね。ハハッ」
胸を反らすパックの身体をむんずと掴む。
「続きをどうぞ…」
「グェ…」
双子は東区にある此処の店には戻らず、中央区北側の高級住宅街へと向かった。
そこにあったお屋敷の一つ。彼等は、その広大な敷地に堂々と足を踏み入れた。
「凄く大きなおウチがひとつと、それより小さいけど新しめのおウチがふたつ…。
大きなおウチは結構古くて、オバケの出そうなカンジで〜…」
よく、富豪達が住んでる様な『見栄と金』的な家とは違う。
所有する事自体にある程度の格式が必要となる、歴史ある建物。つまり、貴族が所有・管理するタイプの館。
双子は、魔導灯で煌々と照らされた裏門を潜り、裏庭を堂々と通り抜け、無言で屋敷の中へと入って行った。
門から扉までの間、何人もの警備兵と双子達の目が合った。だが、警備兵達は彼等を咎める事もせず、それどころか目を逸らしていた。
まるで、『恐ろしいモノ』が通り過ぎるのを待っているかの様な、少し異様な光景だったそうだ。
「雰囲気は異様だったけど、そのおウチに住んでる事は間違い無いみたいで…。びっくりしたよ」
仮にも、彼等は犯罪者集団の一味。
いくら着飾っていても、貧民街出身の子供達なのだろう…と、勝手に想像していた。予想と違い過ぎて驚いた…とのこと。
「本当に貴族の子女なんだなぁ…って。
おウチの中まで付いて行こうとしたんだけど……」
二匹が家の中に入る前に扉を閉められてしまい、屋敷に入る事が出来なかった。
「それでね…もしかして、これは当たりかな?と、思ったのさ」
三大マフィアの資金力を考えると、彼等の背後に富豪や貴族が居る可能性は高い。
パック達にも、恐らく組織の上の人間は貴族と繋がっているだろう…と、話してあった。
「エインセルがね…、
『キビシュ』とか言う奴まで見つけたら、私達、大手柄よ!ジェシカの鼻を明かしてやれるわ!
…なんて言うからさ…」
「ほぅ…性悪ね…」
二匹はその家の庭に潜み、正体を探っていた…とのこと。その所為で、帰りが遅くなったそう。
「眠たかったけど、頑張った!
頑張って、正体が判るモノを探したの」
とはいえ、家には鍵が掛かっていて入れない。
周囲を見張る警備兵達に付いて回っても、ルブラム家で雇った兵達とは違い、全く無駄口をたたかない。
二匹は交代で休みながら、明け方まで調べた。
「朝一番で小麦粉とミルクを運んで来た商家の親子がね、コソコソと話してたのを聞いたの。彼等の呼び名がね…」
近所の農夫から買い付けた食料を、明け方に納品する役割の商人親子。
彼等が恐々と囁いていた話を、直ぐ横で盗み聞いたらしい。それが…
「『ボーティマの悪童』には気を付けろ…ね…」
その名称に関しては、私も小耳に挟んだ事があった。
◆
中央区の高位貴族、ボーティマ伯爵家。
ある二つの事で、とても有名な貴族。
一つは、過度とも言える慈善活動。
街道の修繕や、各種公共施設の運営資金の供出。
教会への多額の寄付や、多くの慈善事業団体の直接的な運営。
特に孤児院経営に力を入れており、教会の手が回らない地域の孤児や、被虐待児を多数保護している。
有り余る資金を使って売名行為を行っている偽善者…とも、一部では囁かれている。
もう一つが、『悪童』の噂。
ボーティマ伯爵には、子供が四人居る事になっている。表向き。
公然の噂では、本当は六人居るらしい。
正夫人の子供二人と第二夫人の子供二人。そして、平民出身の妾の子供が二人。
その妾の子が『悪童』であると噂され、近隣住民からは酷く忌み嫌われているとか…。
実際に会った事のある者は少ないらしいが、噂だけは流れて来る。
貴族らしくない下品な振る舞いは当たり前。
異常な行動、風変わりな言動。
いつも二人一緒に動き、依存し、家長の忠告も馬耳東風。
出入り業者の些細な不備を勝手に罰して暴行したり、脅して金銭を巻き上げる。
近隣の家に忍び込んで盗みをはたらき、殺しまでしたらしい。…とか。
それら全て、権力と金の力で口を封じた…等など。
あくまで全て『噂』に過ぎないのだが。
多額の寄付や弱者救済という善人の顔。
家庭内犯罪者の隠匿という悪人の顔。
その二面性の所為で、悪い噂は余計に拡がった。
背びれ尾ひれに頭まで付いている、腐った噂。
◆
朝方チャプラと話した感触では、彼女は本当にキビシュの正体を知らない様子だった。
もし、ボーティマ伯爵家がキビシュと関係あるとしたら?…その噂の悪童を部下に持つとは考え辛い。
でももし、『悪童』が嘘の噂に過ぎず、チャプラのカリスマ性に惹かれた双子が部下となっているだけだとしたら?
それとも、やはりボーティマ伯爵家=キビシュであり、その関係者がチャプラの事を監視する為に双子を部下として潜り込ませていた…なんて、考え過ぎ?
ああ、やだ…こんがらがってきた……
「言葉にする必要がある…」
一度息を吐き、自分の頬を軽く叩いた。
「トゥーバ・アポストロの調査に引っ掛からなかった?」
引っ掛かった上で、重要度が低い…と放置された?…と考える方が妥当?
「ならば、ボーティマ伯爵家とキビシュは無関係?」
チャプラの下に居る以上は関係者だけど、チャプラの商会がキビシュの出先機関だと判明していた…という報告は受けてない。
それに……
「必ずしも、トゥーバ・アポストロの調査が完璧とは言い切れない…か」
中央区を牛耳る『煤被りのエグダス』。
南区の『霧』こと、『迷宮のベスペルト』。
両者ともに、トゥーバ・アポストロの捜査網には引っ掛かっていない。
キビシュと同じ。情報の糸が、何故か途中で切れる。
他の中小連中の組織構造は大体把握している私達が、三大組織と呼ばれる連中の全容だけは把握しきれていない。
ソレを明らかにして、排除・解体・再組織化する。
それが私の立てた目標。そして、それが親友との約束を果たす事に繋がる。
「とはいえ…伯爵家の内情を私個人の力で、一体どうやって調べたら…」
ポツリと漏れた私の言葉を聞いて、パックは首を傾げた。
「えっ?簡単じゃないの?」
…簡単?これだから脳の軽い妖精は…。
位の高い貴族程、ガードも固いのよ。
背後に公権力がチラつくから脅しも効かないし、侵入だって容易じゃない。
それに、教会とも繋がりがある様子。
下手に手を出すと、最悪、トゥーバ・アポストロが私の敵に回る事にもなりかねない。
そんな事になったら、エレノア様に殺され……
「ジェシカの通ってるあの学校って、高位貴族の子供達も多く通ってるんでしょ?」
「………あっ!」
「学校で調べれば、ボーティマ家の情報も手に入るんじゃないの?
親戚が通ってるとか、教えた教師が居る…とか?」
……はい。…バカは私でした。
一応私、貴族学校に通ってました。それも高位の。
ホント…偶にしか行かないから、完全に忘れてたわ。
「偶には学校に行って、ルーナ達を頼れば?」
正論。ぐうの音も出ない。
……………。
「すっごく嫌だけど…頑張って行ってきます…。
ああ…嫌だ嫌だ……はぁ……」
思わず溜息と愚痴がこぼれた。
少し忙しいので、一週間程休みを頂きます。
プロット…色々修整したいので……




