◆ ジェシカの軌跡12 悪魔的な交渉
目の前の白い女性は、『チャプラ』と名乗った。
やっぱり、この商会の代表だって。店に自室も持ってるしね。当たり前か。
色黒の男の子達、兄弟の会話にも出ていた名前。
昨夜の二人の様子からも、嘘偽りはないと考えて良いかな。
私は商会長の席を彼女に譲り、来賓用のソファに移動した。
彼女はあからさまに警戒しながら私を避けて歩き、ゆっくりと座り慣れた椅子に腰を下ろした。
「…まず初めに、謝罪から入らせて頂きたい…」
彼女は口を開き、自分の部下が私の屋敷に忍び込んだ事を認め、自分の指示だったと述べた。
「不法侵入した責は全て私にある…」
…だから彼等を許せって?勘違いしてるわね。
「あ〜!待って待って…」
私は彼女の言葉を止めた。
「私は責めに来たわけじゃないの。謝罪は結構」
彼女は目を見開き、固まった。
…余計に怖がらせちゃった?
私の屋敷に忍び込んだ証拠から出所を割り出され、言い訳も言い逃れも出来ない。
キビシュの指示とはいえ、実行させたのは彼女。
そして、失敗したのは彼女の不手際。
確かに責任者。出来るのは謝罪くらいか。
恐らくだけれど、キビシュからは『ルブラム家に敵対的対応をせず、その正体を探れ…』と、命令されているのでしょうね。
貴族である筈なのに、ルブラム家の正体も、その後援者も判らない。
そんな相手に対しては、最初から敵対的行動を取らない。裏社会で生きる為の基本的な生存戦略。
故に、私を攻撃して排除する事は出来ない。それは今、相対しているこの場でも同じ。
一方的に正体がバレ、暴力的な手段も封じられている今、彼女に出来ることは黙って私の言い分を聴く事のみ。言い訳も謝罪も時間の無駄。
我が家の軍用犬と警備兵達を殺さずに侵入し、空封筒だけを残して立ち去ったのは見事。
あの三人の侵入者。私達でなければ気付かなかったかもしれない。
そして、侵入に気付くのは警備兵が起きた後。
無言の威圧としては、とても効果的だったでしょうね。
もし、封筒を見た相手がキビシュの噂を知らなければ、恐らくそのまま。無能な警備兵が伸された事は、外聞が悪いから秘密にするでしょう。
でも、キビシュの事を知っていれば、裏社会の大物に簡単に侵入を許した危険性を理解する。何かしらの行動を起こさざるを得ない。
それが敵対的か、友好的か、服従的か…行動を視て判断しよう…と、していたところね。
でも、いざこうなったなら…まぁ、腹を括るしかないわよねぇ…。
対して、私の出来ることは色々ある。
裏の世界の人間なら、相手の責につけ込んで理不尽な要求を通すのは当たり前。
私が裏の人間だと判り、彼女は私の要求に対応しようと構えた。
だから先に謝罪に持ち込み、要求を軽くしたい。
「詫びは、私の命で…」。そういう打算的判断。
でも、私が欲しいのはそんなのじゃないの。
「…ペトラって子ね…」
昨晩、我が家に忍び込んだ子の名を出したら、彼女の心音が急に速くなった。
…弱点は部下の存在かしら?なら…
「あの子…良い子よね」
「……??」
混乱しているのがよく分かる。
視線は振れる。呼吸は速くなる。
私の言葉を理解しようとしていたのに、途中で思考が止まってしまったかの様に。
ふふ……
…つい、含み笑いが漏れ出てしまった。
私の微笑が怖いのか、彼女は3回瞬きをし、2回もツバを飲み込んだ。
「三人も弟妹を抱えているのね…。
彼自身もまだ子供なのに。あんなに小さな子達を、頑張って育てて…とても偉いわ…ね?」
彼女の部下であるペトラ。私が彼の家族構成までを、既に把握している事を教える。
「ど…!」
喉が引き攣ったのか、声が裏返った。
「…落ち着いて…ね?」
優しく声を掛ける。なのに、彼女の鼓動は更に速くなった。
…でも、そこは流石にキビシュの部下ね。
彼女はゆっくりと息を吐き、更に唾を飲み込む。
…もう、心音が落ち着き始めた。
「ど…何処まで知って…いらっしゃる…のでしょう…か?」
何とか吐き出した言葉がそれだった。声も少し掠れている。
私は小さく微笑んだ。
何も答えない…という返答を相手に送る。
「な…何が望みだ…?」
私の事を殺しそうな目つきで睨みながら、彼女は私の言葉を引き出そうとしている。
敵対出来ない。
正体が判らない。
寝床に侵入され、寝姿まで見られている。
自分と部下の情報は握られている。
なのに何も答えない。
エースやジョーカーを持ってるであろう相手に対して、自分の手札は役無し。
せめて、私から少しでも情報を引き出したい…そんなところでしょうね。
「私のね…」
私は私のペースで口を開いた。
彼女は私の一挙手一投足を見逃さない様に睨みつけながら、私の言葉を待った。
「私の家…燃やされちゃったの」
予想外の私の言葉に、彼女の目が点になった。
…ちょっと、面白い顔かも。
「せっかく…命よりも大切なお金をい~っぱい出してさ…、血の滲む様な思いで借り受けた家財……全部燃えちゃった」
彼女の頭の上に疑問符が乗っている。
「…は?」
呼吸音、心拍、瞳孔の開き、瞬きの回数……
彼女の様子から判る。彼女にとって、完全に予想外の言葉。
「やっぱりねぇ…。犯人は貴女達では無いわね」
「犯…人…?燃えた?」
まだ理解しきれていない様子。思考が追い付いていないみたいね。
「ルブラム家…に、封筒を置き…部下に侵入させたのは…私だが…?燃えた?」
「そう。燃えたのよ。
正確には、昨夜燃やされた。私の御屋敷。
放火みたいなの…」
「わ……私じゃないぞ!」
今になって理解出来たのか、急に立ち上がって叫んだ。
ふぅ…うるせ…。
「分かってるわよ。一応、確認したかっただけ」
「わ…私は知らない…。も…モチロン…部下からも、そんな報告は受けてない…」
呆然としながら呟く彼女。
暫くブツブツと独り言ち、ハッと顔を上げた。
「まさか!私達を陥れる為に…!?」
「…でしょうね」
一番の被害者は私。二番目が彼女。
「そんな…不味い…不味いぞ…!
正体が判るまで絶対に敵対的行動を取らない様に…と、キビシュから念を押されていたのに…。
よりによって放火だと…!?」
焦って呼吸が酷く乱れている。ブツブツ呟きながら親指の爪を噛んでいる。
「キビシュから……ねぇ…」
私の言葉を聞き、彼女は自分の口を押さえた。
「あまり信頼のある関係性では無いようね。
…自分達のボスの顔すら知らないみたいだし…」
「………」
何も答えない。でも、彼女の表情が、私の言葉の正しさを証明してくれた。
彼女はボロボロと情報を零してくれる。
私は自分の情報を出してないのに、彼女はどんどん教えてくれる。
…心音は嘘つきのそれではないわ。本当に素直な性格なのね。
馬鹿じゃないかしら?…と思う反面、彼女なら信頼出来そうだな…とも思う。
私はパンッと手を叩く。彼女は驚いて顔を上げた。
「お互いに情報を交換しましょう!」
彼女は眉間にシワを寄せ、疑わしい表情で私を見ている。
…これだけ意地悪してるし、不審がるのは当たり前ね。
此処で相手の欲しいモノを提示する。それで関係性の主導権を握る。
「私の正体、目的を教えて上げる。
代わりに貴女は私に協力しなさい!
…キビシュを裏切れ…とは言わないから。安心して?」
目を見開いて固まっている。
「勿論、貴女達が我が家を放火したのでは無い事も…もし必要なら証言してあげる…。どう?協力する?」
わざと情報を与え、彼女に利を受け取らせる。
彼女の立場が悪くならない様に護ってあげる。
任務に失敗した上、放火犯の汚名までも着せられそうになっている今の彼女に、私の提案を拒否するメリットは無い。キビシュに対する忠誠心が薄いなら尚更。
この提案は、彼女にとって最期の蜘蛛の糸となる。
…細い秘密の関係性から、ズルズルと太い協力関係へと引きずり込む。
回りくどいけど、効果的なのよね。コレ。
彼女は苦い顔をしながら唸った。
しかし、いくら考えても他に逃げ道が無いと分かり、渋々、頭を縦に振った。
「善し!賢明な判断よ。
先ずは、これから何が起きて、貴女がどうしないといけないか…これを教えるわ」
私は彼女に近づき、顔を突き合わせた。
「恐らく、貴女達を放火犯だと言いがかりをつける連中が現れる。
早ければ、今日の昼過ぎには……」
私達は店の開店作業が始まる迄の間に、これからの対応について話し合った。




