◆ ジェシカの軌跡13 監視用簡易拠点
話し合いの後、一旦、チャプラ商会を後にした。変装しているとはいえ、誰かに見られると流石にまずい。
私は少し離れた場所、且つ、監視出来る位置を探した。
平民向け飲食街と富豪向け商業街区を隔てる大通りに足を踏み入れる。
通り中央には、大きめの駅馬車が三列並んでもぶつからない位の道幅をもつ馬車専用道があり、広い石畳の歩道も完備。
もう少し日が昇れば、人出が増えて賑わうであろうメインストリート。
その通りの角に面した飲食店の中に、丁度良さげな高さの建物を見つけた。
通りと同じ階には、平民〜小金持ちまでを対象としているであろう、少し洒落たテラス付き飲食店。
看板には腸詰めとエールの絵。
まだ昼前だというのに、既にチラホラと客が入っている。
建物の上階は宿か執務室にしているみたい。
でも、私の目当ては更に上。斜めに切られた切妻屋根、そこに設けられたドーマー窓。つまり、屋根裏部屋。
外から中を見た感じ、内装は無垢の板張り。装飾も壁紙も灯りも無さげ。どうやら物置にしているみたい。
「…良いわね」
その窓の位置から、チャプラ商会の建物方面へと視線を移す。
大通り〜チャプラ商会の正面玄関と執務室窓まで、一直線に抜けている。視界を遮る物が何もない。
私はその建物と隣の建物の間の路地に入り、素早く外壁を登った。
通りの反対側から屋根に飛び乗り、周囲を確認。顔を隠して、近くの窓まで素早く移動。
窓の隙間にナイフを差し込んで落とし金を外し、音を立てずに屋根裏部屋に侵入した。
息を殺して周囲を見渡す。見た感じ、やはりただの物置。
普段は風通しすらしてないみたい。積もったホコリの厚さで判る。
「さて…邪魔するわ。少しの間だけだけどね」
警戒したネズミ達が、物陰から来客の様子を伺っている。
私が『音』の魔術式でネズミの嫌う高周波を奏でると、トタトタトタ…と軽い足音を響かせながら、板壁の隙間へと飛び込んで行った。
他に人が潜んでいないかを確認するついでに、軽く周りの箱を物色する。
「あら…これは良い」
ホコリを被っているが丁度良い色味のケープを見つけた。
私はホコリをはたき、それをマントの上から被る。
「板壁に同化する地味な色合い…少し借りるわね」
これならば、窓の直ぐ外から直接覗かれても…。
恐らく身動きさえしなければ、私を現認するのは難しいでしょうね。
私は落ちていた布を床に敷き、その上に座って簡易的な基地とした。
「……良し、完璧」
座ったままでも、チャプラ商会がよく見える。
その時、昼を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「…そういえば、何も食べてない」
懐を弄る。
「板…だけか…」
味付けも塩も無し。纏めて燻した肉の板。
私は、木の板の様に硬くなった肉を囓った。
…うぇ…不味!煤の味しかしない。
…歯が折れそう。
他に何か…。せめて食べられるものを……。
「あ!…そういえば、コレがあった」
携帯武器や小道具の入っている腰袋を開いて、中を覗いた。
中には携帯型の鍋と小袋。袋にはゴワゴワしたモノが。
「…あとは…水があれば…。下の店から盗んでこようかな…?」
その時、遠くの方から、硬い金属車輪が石畳を蹴り飛ばしながら走る、甲高い音が聞こえてきた。
チラリと通りに目を遣る。丁度、厳つい馬車が下の大通りを駆け抜けて行くのが見えた。
「…思ったよりも早いお着きで」
全体的に暗い装飾。黒い硬木と金属補強枠で組み上げられた重厚な造り。
正面と側面には狼を象った銀のエンブレムが鈍く光る。
外からの襲撃も内からの逃亡も許さない、頑丈な格子付き窓。
「予想外と言うべきか、予想通りと言うべきか…」
犯罪者を狩る事を専門にしている、上級捜査官達が使用する軍用馬車だった。
馬車はゆっくりと速度を落とし、通りの途中で停まる。暫くして男女二人が降りてきた。
馬車から降りた二人は軽く周囲を見回した後、正面玄関からチャプラ商会の建物へと入って行った。
◆
執務室でチャプラと会話する二人。そして覗き見る私。私は二人の唇の動きをじっと見つめ、会話の内容を読み取った。
二人は、チャプラ商会がキビシュの出先機関だと理解って来た様子だった。
「ふんふん…予想通り。…あら?」
丁度そこに、色黒の男の子が入って来た。
「あらまぁ…間の悪い…」
しかし、チャプラは彼を退席させずにその場に留め、捜査官達と話を続けた。
「…チャプラもペトラも…何をやってるの?」
捜査官達の言葉を聴いて青褪めたり、顔を引き攣らせたりするペトラの様子が、屋根裏からでも良く見えた。
「…ああ、そういうことか…」
チャプラはああやって、私にペトラの様子を見せつけているのだ。
私に向けて、ペトラが無実である…と、印象付けたいのだろう。
「思っていた以上に過保護なのねぇ…」
思わず笑みが溢れた。
捜査官達の話している内容は概ね予想通り。
初耳なのは、封筒に宛名が書いてあった事くらい。
「あらら、これはこれは……。成る程ねぇ…」
筋書きは読めてきた。問題は人手が足りないこと。
今から集合場所まで戻り、三人娘を引っ張って来るには時間が足りない。
…どうしようかな……
ガッシャーン!!
「ぎゃあああ!!!」
「何だテメェ!!」
考え事をしていたら突然ガラスの割れる音がして、怒声を浴びせ掛けられた。
◆
近くでガラスの割れる音がして、私は思わず仰け反った。
周囲を確認する。
割れた窓は無い。屋根裏に居るのは私だけ。
「…はて?」
耳を澄ます。怒鳴り声は下の方で響いていた。
窓の隙間から下の通りを覗き見る。
すぐ真下のテラス席で、誰かの喧嘩する様子が見えた。
「オメェが取ったんだろう!」
「ふざけんな!テメェは俺が盗人だと言うのか!?」
男二人の言い争う声。
「フザケてるのはお前らだ!
…ウチの大切なグラスが!!」
そこに割り入る店主の悲痛な叫び。
「うるせぇ!オヤジは引っ込んでろ!
俺の皿の側に居たのはオメェだけじゃねぇか!!」
「テメェで食って忘れただけだろ!
人のせいにすんじゃねぇ!!」
「俺をボケ扱いすんのか?…ぶっ殺す!」
「やれるもんならやってみろや!」
「ぶっ殺したいのは私の方だ!
貴様らが投げた皿が、鉛ガラス製の高価なグラスに……。
幾らすると思ってるんだ!弁償しろ!
出来なきゃ、貴様らを晩飯にして出してやる!!」
どうやら下の店では、食べ物を取った取られたで争っている様子。そこに、とばっちりを受けた店主も割り込み、三つ巴。
…びっくりしたじゃないの…心臓に悪い!
さっさと誰か収めてくれないかしら…と思って覗き見ていた時、ふと、何か奇妙な違和感を覚えた。
「…え…?」
よく見ると、看板の絵が歪んでいる。ブルストが膨らんで、まるで風船の様に…。
「…あれは…、まさか…?」
目を凝らして更に見つめる。
歪んでいるのは絵だけではない。
看板とその周辺の空間までもが歪んでいる事に気付いた。
私は『音』の魔術式を使い、看板の周囲を視た。
「…やっぱりか……」
軽く頭を抱える。
下からは殴り合いと野次馬の声。
「あの…馬鹿共が!」
それに対して、私は『声』を飛ばした。
『歪み』が動き、私の方へ向かって飛んで来た。
「へひは〜!みふへは!!」
「ふぁっふぁふ!ははふほ、はいへふはっはははは!!」
それは、太いブルストを両手で抱え、両端から噛りついている二匹。
口いっぱいに肉を頬張りながら喋る妖精たちだった。




