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◆ 白獅子の反撃




 俺はチャプラ姉の隣に立ち、捜査官達の馬車が帰って行く様子を見下ろしていた。


 「済まねぇ…チャプラ姉ちゃん……」

 申し訳無くて、上手く言葉が出ない。

 彼女は、なんの事か分からないという顔で首を傾げた。


 「何も出来ないばかりか、足を引っ張った。

 せっかく姉ちゃんが、俺達はキビシュとは関わりが無いと誤魔化していたのに…」

 「ああ…気に病むな。

 全て分かっていてやってる芝居の様なものだ。官憲(やつら)も…」

 チャプラ姉は大きな手で、俺の頭をワシャワシャと撫でた。


 「むしろ…こちらこそ…」

 チャプラ姉から発せられた掠れる声。

 「……?」

 聴き損じかと思い、俺は顔を上げて彼女の顔を見た。

 …彼女は俺の方を見ていなかった。

 「果たして、これで良かったのかどうか。

 あちらは…どう反応するのだろうな…」

 遠くに消える馬車を見下ろしながら、彼女は溜息をつく。

 「ほんと…に、…………」

 声を出さずに動く彼女の唇は、俺に対しての謝罪を紡いでいる様に見えた。

 俺は意図が分からずに沈黙していた。


◆◆


 アンダヴァルドと呼ばれた捜査官が懐から封筒を取り出し、封蝋が見える様に裏返して机に置く。

 そして封筒をひっくり返し、宛先に書かれた商会名を指差した。


 俺は思わず身体を乗り出し、執務机の上をまじまじと見つめた。


 初めに見えた封蝋の印は、確かにルブラム邸の執務室に置いてきた封筒に押された印。

 蝋の割れ方からしても、俺が置いた物に間違い無い。


 だが宛名の文字は知らない!

 文字の形も癖もウチの連中の誰とも違う。

 正式な教育を受けた者に共通する綺麗な筆跡。

 そもそも、キビシュは封筒に何も書かない。

 自分に繋がる物をほとんど残さない奴なのだから。


 「そんな馬鹿な、嘘だ!こんなの知らない!こんな…!!」

 俺は反射的に叫んだ。…叫んでしまった。

 「ペトラ…!」

 チャプラ姉の言葉にビクリとして、俺は咄嗟に口を噤む。

 

 アンダヴァルドは汚物でも見るかの様な目で俺を見下ろした。…が、すぐに視線を戻す。

 「スラムの違法組織キビシュの印。加えて貴社名。

 こんなにハッキリとした証拠があります。

 代表である貴女には、是非ご同行頂き…」

 「これは、わたくし共とは全く関係ありません」

 彼女はハッキリと言い放った。


 「放火する様な連中が、わざわざこんな物を現場に残すとでも?」

 チャプラ姉が封筒を指差しながら男を見上げる。

 彼は、フッ…と口角を緩めて口を開いた。

 「貴女か、貴女の部下の懐に、指令書と共に入っていた物なのでしょう?

 忍び込んだ時に落とした事に気付かなかった。

 指令書だけが燃えてしまった。…なら、皆は納得するでしょうな」

 …陪審員を封筒一つで誘導するつもりか!?


 チャプラ姉は小さく微笑み、口を開いた。

 「キビシュとやらの指令書をわざわざ懐に入れて持ち運び、放火する為だけにいちいち室内にまで入り込んで、現場で封筒を落とし、間抜けな私はその事に気付かず火をつけて逃げたと仰る?」

 男は答えなかったが、目だけが嫌らしく嗤う。

 ()()()()シナリオに持って行く意図を否定しなかった。

 「ふざ…!」「ペトラ!!」

 怒りで開いた俺の口を、彼女の怒声が塞いだ。


 「コホン…失礼。続けましょう。

 …そして封筒だけ燃えずに残る?放火犯の近くに()()落とされたのに?

 あり得ないでしょう?流石に無理があります」

 チャプラ姉の表情は笑っていたが、目は冷たかった。

 男は変わらず無表情だったが、口角が僅かに上がった。


 「この封筒の宛名はどう説明するんスか?

 これは間違い無く現場から発見された封筒ッスよ?」

 ボサボサの頭を掻きながら、女捜査官が割って入る。

 「現場にあった封筒にはキビシュの印。宛名に貴社名。

 貴女に対して、キビシュからの指令が下された証拠として納得させるには充分ッスよ?

 キビシュとの繋がりを否定するのは…難しいんじゃないッスかね?」

 彼女は机に手をつきながら、チャプラ姉の事を見下ろす。

 「…こちらとしては、ルブラム邸の放火なんて二の次三の次、どうでも良いッス。

 封筒に記された宛名の意図…これさえ証言してくれれば放火なんて()()()()()…」

 「フィーメ…口を慎め!」

 「おっと…失礼」

 アンダヴァルドに怒鳴られた彼女は、いたずらっ子の様に舌を出した。


 「確かに宛名が当商会名となっております。

 だけれども中身の無い封筒だけ。

 貴女方は、中に指令書が入っていた筈だと仰る。

 犯行を否定するのならば、封筒との関係性を証言、若しくは否定を立証して見せろ…と?」

 二人は黙って頷いた。


 「ところで、お尋ねします。

 正教国法では犯罪の立証責任は誰が負うのでしたかね?」

 チャプラ姉の言葉に、二人とも僅かに身動ぎした。

 「今回は『放火』を立証するのですか?

 それとも『犯罪教唆』として手紙の主を?

 どちらにしろ、立証に必要な手紙を貴方達は発見出来ていない…そうでしたね?」

 痛いところを突かれたのか、二人の顔から余裕が消えていく。

 「わたくし自身の手で手紙を受け取った事実とその内容を証明しろ。出来なければ逮捕する?

 …それで立件まで持ち込めるとでも?」

 チャプラ姉は余裕の表情で二人を見上げた。


 「……やれねぇとでも思っているのか?」

 ドスの効いた低い声が響く。

 ビクリとしてそちらを見ると、発したのはフィーメだった。

 女性の口から出たとは思えない位の、品の無い売り言葉。

 「ええ…。出来ないと思っております」

 チャプラ姉の笑顔は、嫌味なくらいに明るかった。


 「放火の証拠がない。

 指示を出した手紙も無い。

 居たと言う目撃証言だけ。『建物に入った』、『火をつけた』という証言は無い様子。

 存在す()れば、さっさと出しているでしょうし…」

 淡々と並べ立てる。

 「封筒に名前があったから、わたくし共が放火したと?

 ルブラム様から被害届は提出されてますか?

 ならば、ルブラム様の陳述書を提示願います。

 反論して見せましょう」

 フィーメの目が吊り上がると同時にアンダヴァルドの口角は下がり、元の冷たい顔に戻っていった。


 …ウチを指摘する様な陳述書なんて、あるわけがない。

 向こうは俺達を知らないのだから。


 官憲達(コイツら)は、平民街に店を構える商会、そこを治める異人の商会長如きが、正教国の法を正しく理解しているとは思っていなかったのだろうな…。

 『取り調べ』と『起訴』で脅しをかけ、キビシュ迄のルートを吐かせるつもりだったのか。


 フィーメからは、これまでのだらしの無い態度と姿勢が消えていた。

 隣の男と同じ様に真っ直ぐに立ち、真剣な表情でチャプラ姉のことを見下ろしている。

 「成る程。指令書も無ければ陳述書も無い…」

 捜査官の二人は否定も肯定もしない。

 完全にチャプラ姉のペースだった。


 「…二つです…かね?」

 そう言って、チャプラ姉は指を二本立てて突き出した。

 二人とも怪訝な表情で彼女を見つめる。

 「貴方がた、逮捕令状の発布を拒否されたのでしょう?

 だから、先程私に対する()()が出せなかった。

 ()()を出せばコート商会との取引記録を提出させられたのに、出来なかった。

 回りくどい脅しに終始したのは、上から二つの可能性を指摘されたからではありませんか?」

 フィーメの歯ぎしり音が部屋に響いた。

 その音が、チャプラ姉の言葉が正しかった事を証明していた。


 「手に入れた封筒に当商会(わたくしたち)の名を書き込み、放火。鎮火後に封筒だけを置いて立ち去った第三者…。

 何故わたくし共が巻き込まれたのか、想像も出来ませんけれど」

 放火となれば重罪。捜査陣も本腰を入れざるをえない。

 キビシュ関連だからと言って及び腰には成れない。

 第三者がそれを狙い、捜査陣を裏から動かそうとした。

 「指令書を置かなかったのは、()()()()()()から。

 第三者は特定されるリスクを冒せなかった。

 過去に官憲達(あなたたち)に捕らえられた者である可能性」

 アンダヴァルドは嫌そうに顔を歪めながら、目の前に突き出された彼女の手を払った。


 「もうひとつは…言わなくても解りますよね?」

 チャプラ姉は払い退けられた手を擦りながら、ニコリと笑った。

 「()()で、この封筒を()()()()()はどなたですか?

 先程から御二方…発見者の事を仰りませんよね…?

 消火に携わった者ですか?

 …それとも、貴方達二人の内のどちらか?」

 俺は彼女の言っている意味がよく解らなかった。が、何とも言えない重苦しい空気が漂っている事は判った。


 アンダヴァルドは封筒を奪い取り、懐に仕舞う。そして何も言わずに踵を返した。

 フィーメも黙って男の後に続く。

 廊下に響く無言の靴音だけが、小さくなって消えていく。


 「…全くもって面倒臭い。これで満足なのだろう?」

 そう言って、チャプラ姉は叩き付ける様に扉を閉じた。




 

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