◆ 届けられたカード
捜査官達が帰った後、今迄の作戦を中断する事が決定された。
是迄の経緯を共有、決定事項を話し合う為に、皆は執務室に集められた。
「あまりにも想定外すぎるだろうが…畜生…」
聴こえないくらいの小声で一人呟いていたチャプラ姉の顔は、困惑した様な、同時に安堵した様な表情をしていた。
…元々チャプラ姉ちゃんは、ルブラム家を探る事すら嫌がっていたからな。
嫌な予感が当たってしまったか…。
藪蛇どころの話じゃない。貴族関連の方がまだマシだった。
彼女は革製の椅子に深く腰を掛け、窓の外を眺めながら黙考している。
ドロシーが今朝早くに仕入れた情報に拠ると、火事のあった昨晩から、調査対象であるラザフォード氏を含めた家人の行方が分かっていないらしい。
死体は発見されてないので、あくまで対象の行方不明。
その上、俺達を放火犯に仕立て上げようとする捜査官達に目を付けられてしまい、明るい内は下手に動けない。
だけれど…何も出来ない軟禁状態の現状が、これ迄で一番平穏なのは何とも皮肉。
集ったのは、俺を含めた五名と指揮役のチャプラ姉。
この商会内に於いて、今回の作戦内容を知っている者はこれで全部。
店番している連中は、作戦について何も知らない。
そもそも、この商会が『調査』や『捜索』等の汚い仕事を請け負っている事を知らない者がほとんど。
詳しい事情を簡単に話し終え、下手な動きをしない様にとの通達が共有された。
双子は、「動かないのが良いなら、此処で寝るね〜」「おやすみなさ〜い」と巫山戯た事を言い、お互いを枕にしながら背もたれに身体を預けた。
部屋の入口扉の横では、シャラがカチャカチャと音を立てながら、小さな手で慣れない茶の準備をしている。
直ぐ側のドロシーは、ソファに深く腰を下ろし、天井を見上げたまま考え事をしている様子。
双子は眠そうに欠伸をしていて、立ち上がる気配はない。
誰も彼女を手伝おうとしなかった。
「…俺がやろう」
立ち上がってシャラに近付き、彼女から茶器一式を受け取る。
器を温め、菓子を盛り付け、全員分のカップ・ピッチャー・ポット・スタンドの準備を手早く終えた。
「…あ…あり…と…」
消え入りそうな礼が聴こえた。
俺は軽くシャラの頭を撫でて、先に席に着くよう促した。
中央テーブルへとワゴンを動かした時の金属の擦れる音、カップを並べるカチャカチャという磁器のぶつかる音だけが部屋の中に響いている。
誰一人、口を開かない。
チャプラ姉は外を、ドロシーは天井を眺め続けているだけ。何も言わない。
双子の眠そうにしていた目は閉じられて、寝息が聴こえる。
湯気が引っ込むくらいの時が経っても、用意された茶や菓子に、誰も口をつけない。
シャラは所在なさげに俯いている。
「はぁ………、ゴホン!」
痺れを切らした俺は、わざと大きく咳払いをした。
ようやく皆は顔を上げ、ノロノロと動き始めた。
一番初めに口を開いたのはドロシーだった。
「…チャプラ、キビシュからは…なんて?」
チャプラ姉は黙ったまま首を振る。
「封筒も回収されちゃったし、対象も行方不明だし。
これ以上はもう、遣り様がないわよねぇ…」
彼女は何も言い返さない。
キビシュからの連絡待ち。
実は、これが一番キツイ。
「キビシュはどう判断するのかしらね…」
ドロシーの呟きに、シャラが小さく身震いする。
…今回の火付けを俺達がやった事ではないと信じてくれたなら、大した咎めにはならない…か?
…そもそも信じてくれる可能性があるのか?
信じてくれたとしても、捜査官達にまで疑われている現状、いつ切られてもおかしくはない。
俺達自身がリスク要因…。
キビシュがチャプラ姉に貸した金、支援した労力、それと今回のリスク。
リスクが勝ると判断されたら…
心配事が頭の中でぐるぐると渦巻いている。
「くそ…なんでこんな事に…」
思わず出た俺の呟きに反応する者は居なかった。
部屋に充満する沈黙。
溜息をつく事すら憚られる雰囲気。
…『キビシュはどう判断するか?』
ドロシーの言葉だけが、繰り返し、頭の中で反響していた。
「どう判断されようとも、私達には受け入れる以外の選択は無い」
それ迄ずっと黙っていたチャプラ姉が口を開いた。
「キビシュには経緯を説明した書簡を送ってある。
…言い訳と受け取られるかも知れないが、こちらの言い分も含めてな。
今は…向こうの指示を待つしかない」
そう言って、彼女は冷え切ったカップに手を伸ばした。
「最悪、切られる事も想定しておくべきよねぇ…」
「そ…そうなったら、私達…一体どうすれば…?」
カップを持つシャラの手が小さく震えている。
「…キビシュがどう判断しようと関係無い。
俺はチャプラ姉に従うだけだ。
…たとえキビシュが敵に回ったとしてもな」
俺は小さく、だけど力強く宣言した。
「真っ直ぐな男の子ねぇ…羨ましいわ」
ドロシーの嫌味な言葉を、俺は無視した。
シャラは顔を上げて俺を見つめる。
「さ…流石にキビシュと敵対したら、…此処では生きていけないよ…」
「なら、シャラはどうしたいのさ?
…もし、キビシュに切られたら…」
いきなり横からドロシーが尋ねた。
天井を眺めている姿勢のまま。シャラの方へ顔を傾けずに。
シャラは俯き、そのまま沈黙。
喋ろうとしつつ、何度も躊躇して口を閉じる。
数度繰り返した後、小さく消え入りそうな声で言葉を紡いだ。
「……しは…、ほ…の………」
「聴こえな〜い!」
ドロシーが大きな声で聞き返す。
「わたしは…、他の組織と……何とかして………」
涙目になりながら振り絞る様に紡がれた彼女の言葉は、キビシュを見限って他の組織に渡りをつけるべきだと言う内容だった。
後ろ楯をキビシュから、中央や南の組織に切り替える事を検討すべきだと。
…誰も否定も非難もしなかった。
正直言うと、それは俺も考えていた。
実戦経験のあるチームは貴重。
俺やチャプラ姉、双子達は『二つ名』で呼ばれる程度には有名。
俺は嫌いだが、双子は『処理』も厭わない実戦派。
両手を挙げるかは兎も角、手下として取り込もうとする組織は在る筈。
…ただ、『爆炎』のグリ…アイツと仲間になる事だけは嫌だ。
とはいえ、最終的にはチャプラ姉ちゃんの判断に従うけどな。俺は。
皆、何も言わずに俯いてしまった。
チャプラ姉だけは皆から視線を逸らして、黙って窓の外を眺めていた。
その時、階下で来客を報せるベルが鳴り、店番をしていた壮年の従業員が階段を駆け上がってきた。
扉を叩き、部屋に入って来る。
「来店されたお客様が至急、これを会長に渡して欲しいと…」
そう言って手渡されたカードを見た瞬間、チャプラ姉の顔色が変わった。
カードには赤い蜘蛛の印と住所。
彼女はじっとカード見つめ、どの様な客が持ってきたのかを彼に尋ねた。
「北区で流行りの帽子をお召しになった老紳士です。
所作と持ち物から、恐らくは富豪の上級使用人、若しくは貴族の家に仕える家令か、それに近しい立場の方…ではないかと思われます」
チャプラが慌てて部屋を出ようとした所を、彼が止めた。
「…既に退店なさいました。
八の鐘で…と、伝える様にとだけ仰って…」
彼女はシワの寄った眉間を揉みほぐし、一息ついた後、俺達の方を振り返った。
「今日は店仕舞とする。
このところ忙しかったからな…皆ゆっくり休め」
そう言うと、茶の片付けをする様に従業員に命じた。
チャプラ姉は、双子を文字通りに叩き起こしながら、何かを思いついた様に手を打った。
「そうだ…!皆に特別手当を渡しておこう。
…今回の仕事、頑張ってくれたからな!
たまには羽目を外してこい!」
鍵のかかった引き出しを開けて、一人にニ枚ずつ金貨を手渡していく。
「わ…凄い!」
「これは…助かるねぇ…」
シャラとドロシーは、手の中で擦れる金色を見つめながら目を回している。
対して俺と双子は、手に乗せられていく金貨の重さを無視して、チャプラ姉の顔をじっと見つめていた。
彼女の無理矢理作っている歪な笑顔と、僅かに震えている手。
捜査官達と対峙した時と比べて、随分と心に余裕が無い様に見えた。
「暫く休業にしよう!
…そうだな…皆、何処か遠出してくると良い。
家族を連れて旅行に行っても、金貨があれば困る事はないだろう」
彼女には似合わない、わざとらしい笑顔。
俺は心の中が酷くざわつき、背中を這い上がって来る冷たい悪寒を感じた。
金貨1枚=百万円くらい




