意外と楽しいショッピング
次の日。
朝飯を食ってから、おばちゃんに王都の地図を借りた。
地図は魔力物質化でコピーできた。
地図を返す時に、おばちゃんに質問して、いろいろわかったことがある。
まず、この王都。
正式にはベルベゴードという都市らしい。
やたらと濁点が多い。
ベルベゴードは円形の都市で、中心に王城、その周りに貴族区、さらにその外側に住宅区、生産区、商業区、軍用区、学術区がおおよそ五等分に分かれているらしい。
なかには、住宅区以外の場所に家があったり、商業区以外にも店があったりするらしいが。
ちなみに小春亭は商業区にある。
おばちゃんに頼んで、小春亭の場所を地図で教えてもらい、他にも武器屋、防具屋、服屋、雑貨屋、銭湯なども教えてもらった。
今日は王都の店を巡るとしよう。
昨日寝る前に金貨三枚補充してある。
金銭面は心配ないだろう。
まずは銭湯で体を綺麗にした。
意外にも冷えたコーヒー牛乳が売っていて、風呂上がりに思わず買ってしまった。
冷蔵庫みたいな魔道具があるらしい。
素直に喜ばしいことだ。
次は服屋だ。
王都の人々はシャツを着ている人が多かったので、いくつか買っておこう。
パンツや靴下、タオルも多めに買っておく。
ズボンは、ちょうど店員が話し掛けてきたので、動きやすくて丈夫な物が欲しいと言ったら、赤いズボンを進められた。
赤はちょっと…、と思ったのだが、なんでもサラマンダーの腹部から作られた大変貴重な物で、丈夫で伸び縮みするので動きやすく、炎にも耐性があるのだとか…。
ちょうど今朝仕入れたばかりでして、お客様は大変運がいい。
本来お値段は大銀貨五枚なのですが、お客様は当店は初めてのご様子、特別サービス、二着で大銀貨三枚でいかがでしょう!
そう言われて思わず、「買います!」と即答してしまった。
一度小春亭に戻ってお着換えタイム。
やっと初期装備の布シリーズとお別れだ。
これからに雑巾として使ってやろう。
再び出陣。
次は雑貨屋だな。
リュックと布の大きめの袋や水筒、財布、羽魔ペンとメモ帳を購入。
羽魔ペンは込められた魔力が尽きるまでインクが湧き出る、ボールペンもどきだ。
メモ帳は紙がやや黄ばんでいるというかうっすら茶色いというか。
まあ許容範囲内だ。
いやーしかし所持金を気にしないでする買い物は楽しいな。
買い物を楽しむ乙女心が少しばかり理解できた気がする。
買った羽魔ペンで、さっそく地図に小春亭、銭湯、服屋、雑貨屋の場所の位置を記した。
こうして地図を自分で埋めていくのもなんだか楽しい。
おばちゃんの地図には道とか壁とかしか書かれてない物だったからな。
昼飯は屋台でニャコブとかいう料理を買った。
犬耳のおっちゃんがやっている店だ。
ニャコブはなんと表現すべきか。
タコスというかケバブというか、クレープもどきというか。
味付けされた肉と野菜を生地で包んで売っていたのだが、少ししょっぱいけどうまかった。
トム達と食べた保存食はあまりおいしくなかったので不安だったが、この世界の食文化はなかなか発展しているのかもしれない。
この屋台の場所も地図に記しておこう。
午後も王都巡りをしようか迷ったが、一度王立アベノ学院を訪ねてみることにした。
徒歩一時間かかりました。
途中、川を渡ったりもした。
王都広すぎるわ。
自転車が欲しい。
学院の校門には門番がいたが、入学手続きをしたいと言うと通してもらえた。
入学手続きもあっさりとしたものだった。
大事なのは金貨三枚が払えるかどうかみたいだ。
マネー・イズ・パワーだな。
ただし、途中で退学しても返金はないらしい。
入学テストとかなくて本当に良かった。
異世界常識クイズとかされたら悲惨なことになる。
学院は三年制で、受けたい授業を自分で決めるとか。
それでも卒業すると王都での就職がかなり優遇されるらしい。
俺の目的は卒業や就職ではなく、対サバイバー用の防衛手段を手に入れることだから、特に気にする必要はないだろう。
学院には寮も存在し、一人部屋で金貨一枚、四人部屋で大銀貨二枚を一年ごとに払う必要がある。
宿に泊まり続けるよりもかなり安い。
金はあるんだから一人部屋でいいだろう。
ということで、入学金も含め合計金貨四枚支払った。
その後、冒険者カードで名前、年齢、種族を確認して終了。
詳細は入学式後の合同説明会でします、とのことです。
入学式は六十日後だそうだ。
入学手続きも無事終了したので、武器と防具を買い揃えようかと考えたが、正直なところ何を買っていいかわからん。
しかし、俺の一日三魔はどう考えても手数が足りない。
魔術を習っても一日三回しか使えないと考えると、それ以外の攻撃・防御の手段を手に入れることは必須だ。
というわけで、俺は今、冒険者ギルドにいる。
なぜここに来たかというと、冒険者の装備を見るためだ。
だって武器とか防具とか、何買ったらいいのかわかんないんだもん。
カンニング…いや、参考にさせてもらうのだ。
ギルド一階のテーブル席に座り、入り口を凝視。
これから入ってくる冒険者の装備わチェックさえてもらう。
が、鬱陶しいことに自分の武装を隠している人が多い。
戦士風の人は剣や槍、盾などを見せびらかすように装備しているが、三割くらいの人は少し大きめのローブを纏い、その下の装備が見えない。
なるほど、相手に自分の装備を悟らせないというのは、単純だが効果的だ。
現に今、俺が困っている。
ただ、革系の軽装で、片手剣と小盾の装備が一番多かった。
相手の攻撃を躱し、時には防いだり受け流し、素早く攻撃する。
考えてみれば当たり前のような気がするが。
立派な鎧を着ている人は少ない。
そういう人はだいたい大剣や槍、大楯を装備し、マッチョな上になおかつパーティーを組んでいた。
独りボッチで貧弱な俺には向いてない装備ということだ。
でもまあ参考にはなったな。
外は暗くなってきた様だし、今日はもう小春亭に撤退だ。
夕飯食って、金貨作って寝よう。
そして翌日。
今日は武器屋と防具屋を見てこよう。
昨日の冒険者ウォッチングはなかなか参考になった。
あとは実際に見て判断しよう。
というわけでまずは武器屋に来た。
剣や槍、メイスや弓、クロスボウなど様々な武器がある。
なんてファンタジーな武器屋だ。
テンション上がるぜ。
なんとなく軽い剣がいいな、とは思っていたが、さすがに目移りする。
感じのいい男性店員を発見したので思い切って話し掛けてみた。
「あの~、すいません、軽めの剣を探しに来たんですけど、実はまだ冒険者になったばかりでよくわかんなくて…、おすすめの品とかありますか?」
自分で言っててかなり情けない気がするが、仕方がない。
事実なのだから。
しかし店員は笑顔で応対してくれた。
「いいですよ。失礼ですが、今までどんな剣を振っていましたか」
「いえその、持ったこともないです」
な、情けねえ…!涙がでちゃう。
だって異世界から来たんだもん!
「そ、そうですか。でしたらあまり細い剣はおすすめできませんね」
ホワイ?
「なんでですか?」
「細い剣ということは強度が低いので、それなりの技量がないとすぐに折られてしまいます」
「た、確かに…」
「こちらのショートソードなどいかがでしょう」
「ちなみになぜロングソードじゃないのか聞いても?」
「冒険者なのでしたらこの辺りでは森で戦うことが多いでしょう。その際ロングソードで不慣れだったり筋力不足で剣の重みに振り回されるようだと、木が邪魔で戦いづらくなります。それに…」
「それに?」
「リーチが欲しいのでしたら槍を選ぶべきですね」
完・全・論・破!
「な、なるほど、勉強になります」
「これが仕事ですから。まずはショートソードで剣の扱いに慣れ、筋肉がついてきたら少しづつ長い剣にしていくのが良いと思われます。手に取ってご覧になりますか?」
「はい!」
左手で受け取る。
剣って結構重いんだな。
まあ鉄の塊だから当然か。
「あれ?」
右手で鞘から抜くと、驚くほど軽い。
これは、もしかして…。
クリスに習った時の右腕の身体強化がまだ効いているのか?
「お客様はなかなか腕力が強いようですね。これならもっと重い武器の方が良さそうですし、片手で使って盾も持てます。どうしますか?」
「両手で使うかもしれないとしたらどれがおすすめですか?」
「だとしたらロングソードかブロードソードが無難ですね。もっと長いバスタードソードもありますが重心が独特で扱いが難しいです。刀はデリケートで高価ですし」
物凄く刀を振ってみたいんだが、刀は日本を連想させるからな。
敵サバイバーに気づかれるリスクがある。
「じゃあロングソードにします」
「わかりました。剣帯はお持ちですか?」
「あ、ないです」
「では、こちらの…」
そのまま進められるがまま剣帯と、サブ武器兼魔物解体用に少し大きめのナイフを購入した。
剣を腰に携えているととても気分がいい。
ちなみにお会計は大銀貨一枚と銀貨五枚でした。
「次は防具屋だな」
おぉ、絶景。
様々な鎧が並んでいる。
革、鉄、あれは鱗か?
でも正直鎧を身に着けて満足に動ける気がしない。
かなり動きにくそうだ。
チェーンメイル、あれならそんなに重くないだろうけど…。
サバイバー相手となるとなぁ。
マシンガン相手だと……防弾チョッキないかな?
下手に重量上げても銃弾防げないと意味がない。
鎧は見送るか。
ん?なんだありゃ?
縮み上がった白いロンT?と白いタイツみたいなのが厳重なケースに保管されている。
なにこれ気持ち悪い。
なんだろ、魔人が脱皮した抜け殻とかかな?
ダメだ、俺の貧相な想像力ではわからないな。
お、店員発見。
「すいませ~ん。これなんですか?」
「それは鬼蜘蛛スーツです。オーガスパイダーの糸で作られたスーツで、伸縮性はありますが決して切れない、大変貴重な物です。普通は弓の弦の高級品として使われるものを、贅沢に使用しております」
「絶対切れないんですか?」
「炎に弱く、三秒程火に晒され続けると溶け始めますが、斬撃によって切れることはありません。ただし、衝撃はそのまま通してしまいますので、打撃には無意味です」
これは防弾チョッキに使えるんじゃないか?
衝撃は通すから骨折はするだろうけど…。
使えるな、コレ。
「これ、おいくらですか?」
「上下セットで金貨三十枚です」
「たかっ!」
日本円だと一千万円ぐらいだ。
「大変貴重な物ですので」
くっ、全然所持金足りねえ。
でも、一日三枚金貨作っていれば十日でゲットだ。
「これってすぐに売れちゃったりします?」
「いえいえ、金貨三十枚ですから」
そりゃそうか。
でもこれはマシンガン野郎と戦う上で必須アイテムだな。
よし、目標補足!
金を貯めよう。
昼飯に屋台でニャコブを買った。
食べながら、ふと思ったことがある。
それは、もしも俺の作った金貨が消えてしまった時のことだ。
今のところ、まだ五枚しか使っていないが、トムと言っていた言葉が気になる。
普通魔力で作った物は本人の手を離れるとすぐに消えちゃう。
そう、いずれ消える可能性だ。
うまくあちこちにばら撒けば、ばれないかもしれない。
しかし、金貨三十枚の買い物をした後、それらの金貨がすべて消えたら。
やはり少なからず俺は疑われるだろう。
疑われたして、今の俺の状況。
どこかで働いているわけでもなく。
王都の住民というわけでもなく。
最近冒険者登録をしたが依頼を受けるわけでもなくランクF。
トドメの住所不定男である。
みなさんどう思われるだろうか?
考えるまでもないだろう、あやしすぎる。
つまり、自力でお金を稼いでる、もしくは稼げるように周りから見えるようにしなければいけないということだ。
もしくは金貨が消えたと判断した時点で王都を去るかだ。
金貨が消えたと判断するためには、俺の物質化の効果時間を調べる必要がある。
俺から離した状態で調べないと、おそらく意味がないだろう。
そんな訳で、俺は今、マートン商会の受け付けにいる。
理由はもちろんトムに会うためだ。
受け付けの綺麗なお姉さんにトムの顧客だと伝え、武器を預けた後、二階の小部屋に通された。
紅茶とソファーの柔らかさを堪能していると、ノックの音。
「どうぞ」と声をかけると、トムが現れた。
「やあキラ君、思ったより早い再開だったね」
「お久しぶり、でもないですか。こんにちわ、トムさん」
トムは笑顔で向かいのソファーに座った。
「で、本日はどのようなご用件で?」
俺は、大きな買い物をしたいのだが、それについてのリスクや俺の物質化の効果時間が不明である問題などの悩みをそのまま話した。
「キラ君の作った物がいつ消えるのか、または消えないのか。これについては実は僕も興味があったんだ」
そう言って彼は三本の矢と金貨一枚をテーブルの上に置いた。
「あ、これ!」
「そう、これは君が初めて作った矢だよ。あれから約四日経ったけど、ご覧の通りさ」
なんという男だ、トム!
まさか俺より先に効果時間のテストを始めていたとは!
「君は自分の能力について、現状どこまで把握しているんだい?」
俺はすべて話すべきかどうか迷ったが、もう力の一端を把握されていることもあり、正直に話してみることにした。
「現状でわかっているのは、一度見て、イメージができた魔術は今のところ全てできたということ。とは言っても、まだ物質化と身体強化だけですが。
今まで物質化した物は、矢三本、パズさんのナイフを刃こぼれ無しの状態で復元したのが一つ。トムさんが持ってる金貨一枚の他に、九枚作ってます。一枚は小春亭で使用して、四枚は学院の入学費用と寮の代金で使いました。あとは小春亭で王都の地図を複製しました」
「学院には年間に大量の金貨が入ってきているはずだから問題ないだろうね。小春亭は少し不安だけど、下手に回収するくらいなら放っておいても問題ないと思うよ」
「やっぱりあの金貨使うのはマズかったですか?」
「今は金が不足してるから、消えないのであれば問題ないよ。
むしろ喜ばれるんじゃないかな?
消えちゃう場合は最悪死刑もある」
お、おふ…。
なんかとんでもなく危険な会話をしている気がする。
「そうだキラ君、一日にどれくらい作れるのか試したかい?」
「最高で金貨三枚ですね。物に関わらず、一日三回魔術を使ったたら、その日はもう魔術は使えませんでした」
「なるほど。だいたい現状は把握したよ。一つ知りたいんだけど、君が大金使って買いたいものってなんなんだい?」
「鬼蜘蛛スーツです」
「また高価なものを…。金貨二十八枚はするじゃないか」
あれ、三十枚って聞いたんだが?
「どうしても、すぐ欲しいのかい?」
「できれば早めに。一年以内には必ず欲しいです」
暇神は一年でルール追加するって言ってたからな。
何が起こるかわからない。
最低でも一年以内には欲しい。
「では最後も質問。これは答えたくなかったら答えなくてもいいよ?」
「なんですか?」
なんだろう。
君、童貞かい?とか聞かれるんだろうか。
その時は言ってやろう。
どどど童貞ちゃうわ!と。
「キラ君、君は…異世界人かい?」
次回、名探偵トムが犯人を追い詰める!