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カーマイン家に居候


 クリスに全て話したせいか、随分とすっきりした。

 シロのことを忘れはしないだろうが、とりあえずは落ち着いた。

 懺悔に癒し効果があったとは。

 これがセラピーというやつか。

 クリスによる事情聴取も終わって、部屋に一人になってしばらくすると、執事服を来た男がノックをしてから入ってきた。


「失礼します。お客様、お食事の準備ができましたので、ご案内いたします」


 ナイスミドルな執事に連れられて廊下を歩く。

 しかし、ここはクリスの家なのだろうか。

 あいつめ、俺には質問しておいて、聞いたらすぐに部屋から出ていってしまった。

 一人になって俺は、「で、ここどこ?」って感じだ。

 多分クリスの実家だろうが、かなりでかい家だ。


「クリスさんって、もしかして貴族なんですか?」


「はい、代々王都の守護を司るカーマイン家の長女にあたります」


 あのイケメンオーラは貴族だからってのもあるのか。

 なんて考えてたら、扉の前に来た。


「こちらになります」






 

 おかしいな、なんだこれ。

 食事のテーブルには、知らない人がたくさんいた。

 知らない人しかいなかった。

 つっても四人だが。

 気まずいなんてレベルじゃねーぞ。

 アウェー感に苛まれながら、俺は執事に進められるがままに席についた。


「食事を始める前に、まずは軽く自己紹介といこう。私はカーマイン家現当主、ウィリアム・カーマインだ」


 赤髪のおっさんが言う。

 軽く会釈をしておこう。

 クリスの父だろうか。

 顔が怖い。

 学校で生活指導をしてそうだ。


「妻のアンナです」


 茶髪のご婦人。

 優しそうな顔立ち、なかなか美人だ。


「ライアンだ」


 こっちはまた赤髪。

 少し白髪も混じっている。

 おじさんと爺の間って感じ。

 よくわからんが、凄みがある。


「クリスティーナだ」


 クリスの姉か妹か?

 クリスにそっくりだ。

 いつもの鎧を脱がせて、ドレスを着せたらこんな感じだろう。


 あれ、この流れは次、俺か?


「キラです。この度はクリスさんに助けていただいて、食事まで用意してもらい、ありがとうございます」


 こんな感じでいいのか?

 自己紹介なんか学校でしかしたことないからよくわからん。

 趣味か?趣味とか言えばよかったのか?


「ただ拾っただけだ。気にするな」


 なんでそこでクリスティーナさんが?

 あれ?

 クリスって本名はクリスティーナってことか?

 同一人物なのか?

 あれ、もしかして女だったのか?


「まあ堅苦しいのは終わりにして、食事にしようではないか」


 ウィリアムが執事に目配せすると、料理が運ばれてきた。

 だが俺はそれどころではない。

 クリス=クリスティーナなのか、男なのか女なのか、それが問題だ。

 三十分くらい前には、鎧を着たクリスは確かに存在していた。

 だがこの食卓にいるのは、かわいいドレスを着た、自称クリスティーナ。

 可能性は二つ。

 クリスは用事で席を外しており、クリスティーナとは別人である。

 もう一つは、クリス本人である可能性。

 そして後者の場合、クリスが本当は女なのか、それとも家では女装が趣味の変態…いや、変わった趣味の男なのか。

 いやまて、俺はこの世界に来たばかりだし、文化の違いという可能性もある。

 そうだ、あっちでもファッションに日々進化していた。

 いつしか破れたジーンズがおしゃれに変わったし、ホットパンツを穿いて歌った男性ミュージシャンもいた。

 服装で判断はできない。

 体はどうだ?

 くそ、胸元にフリフリがついていてよくわからん!

 あれじゃあおっぱいか大胸筋か判断できない!


「ん?どうした、キラ?」


 しまった、視線に気づかれた!

 露骨に見すぎたか!

 ええい、ままよ!


「いえ、女性らしい服装だなと思いまして…」


 何言ってんだ俺は!

 まずい、ウィリアムとライアンの視線が鋭くなった気がする…。


「に、似合わないよな、私にこういう格好は…」


 それは本当は男だからということか?

 く、わからん。

 俺はいったいどうすれば!?

 は、そうだ、思い出せ、生前聞いた話を。

 会社で上司に、自分の赤ん坊の画像を見せられて、どうリアクションしていいかわからずに困った。

 そんな話を父が母にしていた。

 父は「男の子ですか?」と質問して失敗したと言っていた。

 確か母はこう言っていた。

 とりあえず「かわいいですね」と言っておけば正解だ、と。

 そして、二択は「女の子ですか?」が無難だと。

 自分の子が女の子だった場合、男かと聞かれると不快だが、その逆に関してはダメージは少ないと。

 これなら本人はさておき、家族に悪影響は与えまい。

 よし、この方針でいこう。


「いえ、かわいいと思いますよ?」


「そ、そうか…」


 頬を赤らめてうつむいてしまった。

 おい、もうちょっとなんか情報くれよ!

 いつものかっこいいイケメンクリスはどこへ行った!

 それともやはり別人か?

 アンナさんは「あらあら」と微笑んでいる。

 くそ、もうちょっと情報漏らせよ!

 ウィリアムとライアンの目は鋭いままだ。

 いや、まてよ…、そうだ!


「そういえば、ご兄弟はいらっしゃるんですか?」


 これだ!

 これで「いない」と答えれば、こいつはクリスで確定だ!


「兄が一人いるな」


 だー!クソ!

 めんどくせえ!

 いやまて、次の一手で決めてみせる!


「お名前は?」


「ジェイムスだ。王都警備隊で働いている。今日は仕事でいない」


 確定!貴様はクリスだ!

 手こずらせやがって。

 あとは男か女か、それだけだ。

 少しづつ、少しづつ探っていこう。


「そうなんですか。クリスは冒険者なんですよね?」


「冒険者はもう卒業した。今は王都警備隊に入隊した」


 どゆこと?

 と俺が首をかしげていると、アンナさんが補足してくれた。


「我が家の決まりでね。一人前になるまでは冒険者をやらせることになっているのよ」


「ん?社会勉強ということですか?」


「まあそうね。でも、何も女の子に冒険者をやらせるなんて…」


 きた!

 これで全ての答えがでた!

 つまりクリスは…


「女だったのか!」


 つい、大きな声がでた。


「「「「え?」」」」


「あ…」


 やっちまった……。



 その後の俺は必死のスーパー言い訳タイム。

 「仕事中のクリスは凛々しくて」だとか、「下手な男よりよっぽどかっこいい」だとか、とにかく褒めちぎった。

 それを聞いてるクリスは複雑そうな顔をしていたが、意外にも男性陣はにこやかな顔をしていた。

 形はどうあれ、娘が褒められてうれしかったのだろうか。

 アンナさんは残念そうな顔をしていたが。

 まあともあれ、俺は異世界初のお食事会を無事(?)乗り切った。

 正直飯の味は覚えていない。

 それどころではなかった。

 食事が終わってから、ウィリアムに「しばらく我が家でゆっくりしていくがよい」と言われた。

 しばらくがどのくらいかよくわからなかったが、とりあえずその日は泊まることになった。




 翌日、前日の真昼間に眠っていたせいか、朝早くに目が覚めてしまった。

 執事やメイドは何やら働き始めていたが、俺はすることもないので、庭で素振りでもすることにした。

 まだ少し噛まれたところが痛い。

 しかし、今にして思うと、ブラックウルフの群れに囲まれたときは危なかった。

 きっと鬼蜘蛛スーツがなかったら死んでいただろう。

 目を閉じて、あの時のことを思い出す。

 どんな風にして攻撃したか、どんな時に攻撃をもらったか。

 思い出してみると、足を止めているときに噛みつかれているな。

 相手が多い時は足を止めずに素早く動きながら戦ったほうがいいな。

 相手が飛び掛かってきたときも、足を止めて剣で斬り払うのでなく、躱しながら…

 頭で考えながら、実際に動き、剣を振ってみる。

 ここで斬って、避けながら斬り、次が来る前に素早く避け…駄目だ、避けられない、しょうがない、ガードで…


「受けるな、受け流せ」


 あ、なるほど、それなら足が止まらないな。

 相手の態勢を崩してから、反撃…


「大振り過ぎだ、もっとコンパクトに」


 もっとコンパクトに…。

 なるほど、これならすぐ次の動きに…。


「って、あれ?」


 誰の声だ?


「なんじゃ、続けんのか?」


 誰だっけこの人。

 思い出した。

 クリスの祖父、ライアンだ。

 ってことはあのアドバイスはこの人か。

 異世界でもジジイの朝は早いのだろうか。


「俺が何と戦っていたかわかるんですか?」


「そんなもんわからんでも、お前の動きには無駄が多すぎる」


「無駄が多い、ですか」


 確かに、一撃で殺すためにいつだってフルスイングしてきた。


「ふむ、少し待っておれ」


 俺が考えているとジジイは屋敷に戻り、剣を持って戻ってきた。

 剣先が丸い。

 竹刀鉄バージョンって感じだ。

 きっと訓練用だろう。


「打ち込んでみろ」


「え?俺のは真剣ですよ?」


「構わん。どうせわしにはあてられんしな」


 このジジイ、何を根拠に。

 ふん、だがそんな挑発には乗らんよ?

 どうせ怒って大振りした俺の剣を華麗に躱して、どや?が狙いだろう。

 俺の学習能力を舐めるなよ。

 あんたが言ったコンパクトな振りでジジイの首筋に寸止めして、どや顔だ。

 よし、これでいこう。


「ではいきますよ!」






 結果から言うと、完敗。

 俺の斬撃は剣も使わずに避けきりられた。

 途中から寸止めとかする気はまったく失せていたにもかかわらず、だ。


「まぁこんなもんじゃろ」


 ぎゃふん。


「ぜぇ…、何が、ぜぇ…、いけなかったですかねぇ、ぜぇ」


「むしろ良かったところを探す方が難しいのう。キラといったか、いつから剣をたしなんでおる?」


 たしなむって。

 どうせ付け焼刃ですけどその言い方はひどいじゃないか。


「二十日くらい、ふぅ、前からです、はぁ」


「なるほどな、多少身体強化ができたもんだから調子に乗ったか」


 このジジイ、俺の心をとことん抉りにきやがるぜ。


「どうして、俺が、ふー、身体強化が使えると、ふー、わかったんですか?」


「そんな重い剣をその細腕で振り回しとりゃ、そりゃわかるわ。自力で体得したのか?」


「いえ、クリスさんに教わりました」


 やっと息が落ち着いたぜ。


「普通は教わったからと言ってホイホイできるもんじゃないんじゃがな」


 ライアンはため息をついて、続けて言った。 


「じゃがカーマイン家の神髄は筋力の強化だけにあらず。小僧、貴様は冒険者か?」


「はい。あ、でももうすぐ学院の学生になります」


「ならば、それまでワシが暇つぶしに稽古をつけてやろう」


「え?」


 どうしてこうなった?

 さて、どうしたものか。

 剣術を教えてくれるのはうれしいが、あと少し待てば学院で教わる予定だった。

 ジジイの暇つぶしに付き合うのも時間が惜しい。

 断ろうかな…。

 でもこの人かなり強いしな。

 それとも俺が弱すぎるだけか?


「貴様がワシに一太刀でも入れることができたら、貴様に強化魔術の極みを教えてやってもよいぞ?」


 え?

 何それ、まだなんかあんの?

 それは是非ともいただきたい。


「正直それは魅力的な話なんですが、俺が目指しているのは、どんなことをしても生き残るような戦い方です。

 ライアンさんに対しても、剣術以外も使って何がなんでも一太刀入れようとしますけど、構いませんか?」


 ジジイは鼻で笑った。


「ふん、そこらの貴族の見栄だけの剣よりはよっぽどマシじゃ」


 言ったなジジイ。

 後悔させてやるぜ。








 後悔したのは俺の方でした。

 あのジジイなんて体力だ。

 飯と寝る時間以外はほぼ稽古。

 なのに平気な顔をしていやがる。

 そして容赦ない駄目出しつき。

 やれ、モーションがでかい、腰が入っていない、相手の剣を見過ぎ、体重移動がなってない、踏み込みが温い、ビビり過ぎ、攻めのパターンが単調、背中の筋肉を使え、避け始めるのが早すぎるからフェイントにひっかかる、視野が狭い、もっと全体を見ろ、筋肉が足りない、キレがない、コクがない、のどごしが悪い、エトセトラ、エトセトラ……

 俺の動きが良くなるにつれ、ジジイのスピードも少しづつ速くなる。

 なんてことはない、俺ははじめから手加減されていたのだ。

 まるでゴールのないマラソンを走らされているような気さえする。

 しかし、身体強化系の魔術の体得が生存率を大幅に上げてくれることを、俺は森での一件で理解している。

 ………それに、夢中で稽古してる時は、シロのことも思い出さないで済む。

 俺は死ぬ気でがんばった。

 そんな俺の様子を、カーマイン一族からはかわいそうなものを見るような目で、執事やメイド達からは微笑ましいものを見るような目で見られた。

 この差はなんなのだろうか。

 ちなみに完全住み込みである。

 中途半端な稽古は許さない、とのこと。

 三食、風呂、寝室完備。

 おまけに身の回りの世話は全てメイドさんがやってくれる。

 こんな毎日全身筋肉痛の状態でなければもっと楽しめたのに。

 いや、言うまい。

 多分今の俺の環境は恵まれている。

 毎日少しづつ強くなっているのが自分でもわかる。

 俺の成長に合わせてぐいぐい上から引っ張り上げてくれる、そんな稽古だ。

 こちらから聞けば防御や受け流しも教えてくれる。

 …もうジジイだなんて心の中でもいうまい。

 俺はいつからかライアンを師匠と呼ぶようになった。

 「弟子はとらん」とかなんとか言っていたが、そんなの関係ない。

 呼ぶのは自由だ。

 …でもガチで怒られたらやめよう。





 

 そんな稽古の様子を、屋敷の二階の窓から見下ろす人物がいた。

 クリスとその父、ウィリアムである。


「今日もやってますね」


「ああ」


「ティナ、お前があいつに強化を教えたんだったな?」


「はい、と言ってもコツを教えただけですが…」


「あの使い方を見る限りはそうだろうな…」


 視線の先には持ちうる最高速で剣を振り続けるキラと、それを躱したり受け流しするライアンの姿が映っている。


「どう見ても、強化しっぱなしだな」


「はい、そう見えます」


「普通、身体強化の魔術は剣を振る瞬間や、踏み込み、躱す瞬間に一瞬に使うものだ。でないとすぐに魔力切れになる。

 だが、あの男はどうだ?」


「尋常ではない魔力量、ということですか…」


「身体強化をあんな使い方する、いや、できるヤツは今までいなかった」


「爺様は随分と楽しそうですね」


「ここ数年、剣を持った父上に向かっていく勇気のあるヤツは、この王都にはいなかったからな。

 しかも相手はどんどん強くなっていく。父上はさぞ楽しかろう」


「でもいいんですか?キラが一太刀入れたら強化魔術の真髄を爺様直々に教えるらしいですよ?」


「我が家の魔術は、普通は教えてもらったからといってできるようなものではないから安心しろ。

 もしできてしまったら、お前の旦那候補一位はヤツになるがな」


 そういってウィリアムは庭で稽古をする二人から目線を外したのだった。


評価してくれた人がいた、やったぜ。




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