クリスティーナ・カーマイン、再会
クリスティーナ・カーマイン、16歳。
通称クリス。
彼女は、王都ベルベゴードにおいて、近接戦闘最強と恐れられている赤髪の貴族、カーマイン家の長女である。
祖父ライアンは長年王家の護衛を務め、現在は引退し、隠居中。
父ウィリアムは王宮警備隊隊長、兄ジェイムスは王都警備隊副隊長を務めている。
まさにエリート貴族と言えよう。
ただ、カーマイン家には、他の貴族とは大きく違う教育方針がある。
普通の貴族の子は、十五歳を迎えるまでに、外に出しても恥ずかしくないよう、貴族の作法や一般教養、一族特質の魔術などを教え込み、その後王立アベノ学院に入学させる。
学院は一般的に貴族の子息のお披露目の場とされており、一族の名前を売るため、またはその名に恥じぬようにと武術や魔術で好成績を、簡単に言うと目立とうとする。
そうして才能を見出されたものは、王宮や軍などに手厚い待遇で迎えられ、高所得の仕事を手にする。
そのため、成り上がりを夢見た平民に対しても学院は人気がある。
鬼門の金貨三枚を払う価値は、十二分にある。
実力があれば軍や警備隊などにスカウトされて、安定収入を約束されるからだ。
人気の就職先は、意外にも軍である。
ここ五十年程戦争は起こっていない。
それでも軍は常に軍備増強をもって多種族に対して無言の圧力を掛け続ける。
そうやって力を誇示し続けることによって、無駄な争いを防いでいるのだ。
それにより、現在、軍は実戦は滅多に無い、訓練をしていれば給料を貰えるというおいしい仕事に成り下がっている。
しかし、カーマイン家の教育は、それを良しとしない。
実戦を知らぬ者は半人前、それがカーマイン家の理論だ。
カーマイン家では、子供に対して幼少の頃から戦闘訓練を施す。
ある程度実力を認められると、すぐに家から追い出される。
普通の貴族は学院に入れようとするのだが。
家に戻ってきてよい条件は、冒険者ランクBになること。
なぜこんなことをするのか。
一つは実戦経験。
命を懸けた中でしか得られないものがある。
だが、それは学院や軍にいては得られない経験だ。
得られる瞬間には半分の人間が死ぬ。
そうなる前に、自分で考え、死なない努力をさせる。
そのために冒険者で経験を積ませるのだ。
よその貴族から見れば、度を超えたスパルタ教育である。
二つ目は、他者との交流である。
カーマイン家は、近接戦闘最強と言われるだけあり、対人戦も最強クラスだ。
そんな子を学院に放り込むとどうなるか。
そう、天狗になる。
だが、冒険者になると、カーマイン家といえども、一人では苦労を強いられる。
情報収集や遠距離戦闘、その他雑事において他人と協力し、自分のできないことを補ってもらう必要がある。
そうやって他者と協力、連携をすることの大切さを理解させるのだ。
結果、自身の弱点を冷静に見つめなおすことができる。
三つ目は、世間を知るためだ。
貴族ゆえの歪んだ金銭感覚を正し、少ない金額を苦労して手に入れる。
その金で食事や買い物を自分でして、見分を深める。
やがて冒険者ランクBになり、家に戻ってきたら一人前。
これがカーマイン家流の教育である。
実戦経験済みの近接戦闘最強一族は、適正な価格の給料で文句を言わない働き者の良き戦士となり、どこの職場でも歓迎された。
ここでクリスティーナ・カーマインに話を戻そう。
彼女は最近、商人の護衛依頼を終え、ようやくBランクに上がった。
その後、三年ぶりに実家に戻った。
実家に戻った時の家族や家臣の歓迎ぶりは凄まじかった。
なんだかんだで心配してくれているのだ。
その後祖父に、今後どうするのか予定はあるか、と聞かれた。
クリスは、王都警備隊で仕事をしたいと言った。
カーマイン家では、王都警備隊は民のために治安を守る、名誉ある仕事と認識されている。
祖父ライアンはこの答えに、満足気に頷いた。
こうしてクリスは王都警備隊働き始めた。
もちろん、下っ端からである。
その日、クリスは五日間の夜間警備を終え、帰宅するところだった。
そんな時、街中で不審な人物を見つけた。
一見全身赤い服を着ているようにも見えるが、彼女は経験から、それが血であることがわかった。
剣を腰に差しているところを見るに冒険者だろうか。
勤務時間を終えており、すでに非番のクリスは、どうしたものかと考えたが、その不審者の顔に見覚えがあることに気づいた。
先日の護衛依頼で拾った、記憶喪失の少年だ。
呆然とした顔で、ふらふらと歩いている。
見ていて実に危なっかしい。
気づいたときには、声をかけていた。
「おい、キラだろう?どうした、何があった?」
声をかけると、キラはゆっくりと顔を上げた。
「ああ、クリスさん、お久しぶりです」
目の焦点が合ってない。
心ここにあらずといった感じだ。
「その血はどうした?怪我しているのか?」
「多分俺の血じゃないから大丈夫ですよ、少し疲れただけで…」
言い終わる前に、キラが膝から崩れた。
慌てて抱き留めた。
意識を失ったようだ。
しかし困った。
血だらけで意識を失ったコイツをどうしたものか…。
「おい、あれ見ろよ、あの髪、カーマイン家じゃないか?」
「おいおい、朝っぱらから男と抱き合ってるぜ!」
「いやよく見ろよ、相手の男、血だらけだぜ?」
「ははーん、さては悪戯してボコられたんだな?」
いかん、このままでは変な噂が広まってしまう。
とりあえず、カーマイン家の屋敷に避難しよう。
そう思ったクリスは急いでキラ脇に抱え、を家まで運ぶことにした。
その日の夕方、カーマイン家である騒ぎが起こっていた。
長女のクリスティーナが男を連れてきたからである。
家に帰宅した祖父ライアンと父ウィリアムは、殺気だっていた。
最近やっと長い修行を終えて実家に帰ってきたというのに、どこの馬の骨かもわからん男と朝帰り(夜勤明けなのだが)したと、執事から報告があったからである。
言い方は少し違っていたはずだが、彼らの耳にはそう聞こえていた。
ウィリアムはメイドに叫んだ。
「その男は今どこにいる!?」
「き、客室のベッドでおやすみになられています」
「その男は、どんな様子だ!?」
ウィリアムの顔は真っ赤に染まっている。
「今朝、クリスティーナ様が(脇に抱えて)お持ち帰りになられてからずっと寝むられたままでし…」
「ティナが、お持ち帰りだとぉ!!」
カーマイン家現当主ウィリアムの放つ殺気は凄まじくかった。
家臣達は、みな思った。
あの男は殺される、と。
「いえ、その、気を失われているようでしたので、クリスティーナ様の命で医者に見せました。
命にかかわるような怪我はなく、極度の疲労で眠っているだけとのことです。」
「それで、ティナはどうしているんだ!」
「そ、それが、先程、客室に入っていかれました」
メイドは半泣きだ。
彼女は何も悪くないのだが。
ここでウィリアムの父、ライアンが場を宥める。
「まあ落ち着けウィリアムよ。どこの小僧か知らんが、まずは客室の様子を探ろうではないか」
「父上…、それもそうですな」
こうしてウィリアムとライアンは客室の隣の部屋に来た。
カーマイン家は強化魔術のエキスパート。
聴力の強化もお手の物、盗聴もプロフェッショナルである。
「で?何で…んな血だ…だ?」
「それが、……イトウル…が殺され…」
「(父上、ちょうど今、起きたようですぞ)」
「(静かにせんかウィリアム、よく聞こえんわ)」
耳を澄ませると二人の男女の会話が聞こえる。
クリスティーナと知らない男の声だ。
「はじめから全て話せ」
「長くなりますよ?」
「構わん」
「(なんかあまり仲が良い雰囲気ではありませんな)」
「(黙って聞いてろ、ウィリアム)」
「そうですね、十五日くらい前だったか。俺は森で素振りや魔術の練習をしたり、ブラックウルフを狩ったりしてました」
「一人でか?」
「俺も魔術はあまり人には見せられませんからね」
「(人に見せられない魔術?気になりますな)」
「(……)」
「そうしたらあいつは現れました。白い毛の子供でした。お腹をすかしたみたいで、俺が昼飯を食べるのをじっと見つめてくるんです」
「(白い毛の子供?まさか魔人族か?)」
「(………)」
「あんまり見つめられてると食べづらかったんで、少し分けてあげました。
それでその日の帰り、そいつのことが気になったんで、ギルドで聞いてみたんです。白い毛の子供が森にいるって。そうしたら言われました。討伐してきたら報酬に金貨一枚だって」
「(魔族の子供にギルドが賞金をかけたのか。どんな大物だ?)」
「(…………)」
「あんな小さな子供に金貨一枚かよって、びっくりしましたよ。でも、別に危険そうに見えなかったんで、しばらくそいつに飯をあげながら様子を見ることにしたんです。
どうやらそいつ、他の家族はみんな毛が黒いのに、そいつだけ真っ白なもんだから捨てられたらしくて…。ギルドはほっとけば勝手に死ぬだろうって言ってましたね」
「(まさか髪の毛が魔族そっくりだから子供を親が捨てたということか?なんという…)」
「(……………)」
「あいつまだ小さくて、持ってった飯全部食べちゃうんですよ。多分しばらく何も食べてなかったから、食い溜め癖みたいなのついたんですかね。まあ、あんな小さい子供じゃあ森で食べ物なんて取れないから、しかたがないんでしょうけど」
「森のどの辺にいたんだ、そいつは」
「浅いところですよ。それからしばらく、昼はそいつと過ごすようになりました。
俺も何を血迷ったのか、名前とか付けちゃって。シロって名前なんですけど、安直な名前ですよね」
「いや、いい名前だよ」
「そうですか?しばらくしたらシロが、俺が帰ろうとするとついてきたがるようになっちゃって。
でも、あいつはギルドに狙われてるから、森から出たら危険だって叱ったらシュンとしちゃって。
でも森の方が王都にいるよりは安全だと思って。俺も宿暮らしだから連れて帰るわけには行かなかったし。
しばらくそんな感じだったんですけど、あるとき、トムさんにあったら、シロの討伐依頼が冒険者ギルドに出てるって情報があって」
「トムには話していたのか?」
「軽く探りを入れたんですけど、トムさんは捕まえる派だったんで詳しくは話しませんでしたけど。
ああ、それで、急いで森に向かったんですけど、いつもシロと会う場所に行ったら、地面に矢が刺さってて、矢の先には白い毛がついてました」
「死んでたのか?」
「いえ、死体はなかったんで、きっと矢に驚いて森も奥に行っちゃったのかと思って。
それで森の奥まで探したんですけど、探しても探してもブラックウルフしか現れなくて。
あいつ、いつもは呼べばすぐ出てくるんですけど。」
「それであの返り血か。何匹くらい倒したんだ?」
「三十くらいですかね。数えてなかったんで覚えてません。
あちこち噛まれて、ひどい目にあいましたよ。
それで朝まで探したんですけど、結局見つかりませんでした。
多分殺されっちゃったんですかねえ。
あいつ弱そうだし、金になるからなあ。ハハ」
「キラ…」
「何やってるんだかなぁ、俺は。こっちに来てから初めての友達だったから、ちょっと入れ込んじゃったみたいです。ハハハ」
「……私はお前の友ではなかったのか?」
「え?」
「私は友だと思っていたのだが…」
「え、あ、すいません、どちらかというと助けてもらった恩人ってイメージが強すぎて…」
「ならば今日からでいい。私はお前の友だ。次から困ったことがあったら話くらいは聞いてやるぞ?」
「もしかして慰めてくれてるんですか?
ハハ、相変わらずクリスさんはカッコいいですね。」
「ふ、実はよく言われる」
「ははは、クリスさんも冗談とか言うんですね」
「クリスでいい」
「では、…これからよろしく、クリス」
「ああ、キラ」
「(…父上、行きましょうか)」
「(……ああ)」
二人の男は盗聴をやめ、静かに部屋を出た。
廊下に出ると執事が待ち構えていた。
「ウィリアム様、あの男の処遇、いかがいたしますか?」
「……客人として扱って構わん。それで構いませんね、父上?」
「ああ、体調が万全になるまで面倒をみてやれ」
「かしこまりました」
ブックマークしてくれている人がいるっぽい。
結構うれしい。
がんばろうって続きを書こう。




