第九十七話 過ぎる時間、覚悟の時間
自分たちが使用しているアプリについて理解を深め、その裏に何か大きな意図を感じたところで、とりあえず洋市は安心した。
収入の根拠が明確であれば、少なくとも自分が不正に関わっていると誤解される可能性は低いと踏んだためだ。
洋市は、亜希の協力に感謝するとともに、自分の見立てを共有する。
「ありがとうございます、亜希さん。おそらくですが、このアプリはこの世界と強い接点を持っています。少なくとも、部外者が簡単に存在を疑えるクオリティで作られたものではありません」
亜希は、洋市のやや難しい言い回しに首を傾げる。
「ええと、この世界っていうのは、つまり地球……」
「そうです。これは推測でしかありませんが、シンガポール、あるいは香港、もしくは両国の金融機関を使って、アルトヤ界と地球上で取引をしている人間がいます」
ここで、亜希は自分たち以外にもアルトヤ界と接点を持つ人間がいる可能性を把握した。
加えて、その事実をやはりポジティブに捉える。
「やったぁ!私たち以外にも仲間がいて、その仲間が遠くから助けてくれてるんですね!」
洋市は、不透明な裏の思惑についてはあえて言葉にせず、まずは亜希にならってポジティブな回答を心がける。
「アプリ製作者の意図は分かりませんが、とりあえず、敵ではなさそうだと理解しておきましょう」
亜希は首をブンブンと縦に振り、洋市の意見を肯定する。
「きっとそうですよ!洋市さんが人間に戻るヒントだって、このアプリを使っていくうちに分かるかも!」
人間に戻る。
そうだ。
俺は人間に戻らなければならないんだ。
洋市が人間に戻ることをミッションの一つに掲げてくれている隣人に、洋市は少し暖かい気持ちになった。
少しずつ気分が落ち着いてきたところで、洋市は今日の予定を再確認する。
「亜希さん、私は記事の納品作業があります。今日も出勤だと思いますが、見送りと出迎えはどうしますか?」
亜希はさすがに申し訳ないと感じつつ、一方でタクシーでの移動には不安を感じていた。
「えっと……その、洋市さんが嫌じゃなければお願いしたいです……ガソリン代払いますね」
亜希が昭和の礼儀を知っていたことに驚く洋市。
「亜希さん、ずいぶん渋いマナー知ってますね」
「あ、いや、職場に昭和生まれの方がいるので……」
ガールズバーに昭和生まれがいるなんて!
令和の時代、美魔女が夜の街を賑わしていることに、同じ昭和世代として勝手に勇気づけられた洋市であった。
「洋市さん、お昼どうします?もし私でよければ作りますけど」
亜希はやる気だ。
「……では、またビール煮を……」
「いや、さすがに違うの作りますから、スーパーに連れてってください!」
こうして、洋市と亜希は買い出しの後、人気TukTukerが紹介していたレシピで作った絶品豚汁に舌鼓を打ち、洋市は午後から仕事に入った。
「さて、水曜日までに一通り終わらせないとな」
──────────
アルトヤ界、ハンスル。
洋市たちが食事を楽しんでいる間、アサンの水源メンバー、バルカス、トゥイの計六名は、ハンスルの冒険者ギルド長・ルーハンのもとで新しいダンジョンの非常事態について情報共有していた。
「そいつぁ面倒だねぇ。トゥイ、今回はお前さんも付いていくといいよォ」
一見好々爺のような雰囲気を見せながらも、ぼさぼさの髪の奥で眼光鋭いギルドの長は、トゥイに同行を命じた。
「……僕は現役を退いて時間が経っています。お役に立てるかどうか……」
トゥイは伏し目がちに謙虚な姿勢を演出する。
ルーハンは笑顔で目尻のしわを増やしつつ、意図を見透かすように右目を細め、底知れぬ笑みを浮かべる。
「そういって、ホントのところお前さんは行きたがってるんだァ、俺は知ってるよォ。バンパイアワイバーンの首を嬉々として刈ったってのはねェ」
まるで戦闘狂であることを醸し出すような物言いを、トゥイは柔らかく否定する。
「いえ、そのようなことは……」
「大丈夫、仕事は他の事務官に任せッからァ、張り切っておいで。どのみち戦闘要員も兼務できる奴なんて、今のこのギルドには数えるほどしかいないしさァ。結局お前さんが一番強そうだァ」
バルカスは、ルーハンに感謝の意を伝えつつ、トゥイにニヤリと笑顔を見せる。
「ルーハン長、恩に着ます……トゥイ、俺たちは一蓮托生だってよ」
トゥイは少し苦い顔をして、舌をペロッと出した後、駄々をこねるように自分は行きたくないという意思を見せる。
「はーあ……せっかくギルド職員としてゆっくりやれると思ってたのにさ……面倒事押し付けないでよバルカスさーん」
トゥイのボヤキを鼻で笑うバルカスは、知ったような皮肉を言う。
「俺のせいじゃねえだろ、せいぜい死神に慈悲を乞うんだな」
「僕は敬虔な信仰者だから、死神が試練を与えたもうたのかな」
「うるせえ、要は殺りゃあいいんだろ?魔王の刺客がナンボのもんだよ馬鹿野郎」
最後はヤケクソ気味のセリフを吐いた後、バルカスとトゥイは乾いた笑いで運命を呪う。
どこか覚悟が決まりきった雰囲気の二人を見て、ガッタは二人の本当の実力が見られると少し興奮していた。
『……バルカスさんは冒険者ならBクラス相当の実力者だ。出世には恵まれなかったって言うが、誰もがその力を認めてる。トゥイさんも何かある。ピリピリするぜ……この空気』
一方、ノアはトゥイが同行することに対して複雑な思いを抱く。
『結局巻き込むような形になっちゃった……でも、状況が状況だし、今回は胸を借りるか。あー……何か漏らしそう』
セミーン、マンナは、今回の戦いのポイントについて論じている。
「今回……ヨウイチさんにかなりの部分を頼ることになりそうね。結局、私たちの攻撃は通らなかった」
「そうだな。もっとも、あれは奴さんも油断していたっぽいけどな。次は分かんねえぞ」
それぞれが、魔王の刺客というビッグネームと戦うにあたり、緊張感を高めている。
その空気を察した上で、ルーハンが方向性を再確認する。
「ンじゃ確認だァ。今回の仮称“魔王刺客戦”は、最初は国に秘密裏に対応すると。んで、無事刺客を倒したら、ギルドはその……何つったァ?」
ノアがキーマンの名前をルーハンに伝える。
「ヨウイチ、アキです。異世界転移者の」
ルーハンが頷いてから続ける。
「そうそう、そのォ、ヨウイチ、アキのBクラス昇格をギルドで先にやって、それから国への報告と魔石の魔法省への売却。んで、国の報奨金はバルカスさんとギルドで受け取るとォ。こういうわけだァ」
バルカスがルーハンの理解に同意する。
「はい。事が上手くいった場合の見立てとしては、おそらく軍務省から昇進の話が俺に来ます。報奨金は内務省が砦とギルドに出すでしょう。ただ魔石に関しては俺が売るわけにいかないんで、ギルドの方でよろしくやってください」
「結局、魔石が手に入れば、魔法省も国も文句は言わないでしょう。ギルドとしちゃあ、準備のための時間ができるわけです。同時進行にはなりますが……まァ、そこんトコはすぐやりまさァ。」
冒険者ギルドは国をまたぐ組織のため、ルーハンとしてもそんなに優秀な冒険者がいるなら、たとえ異世界転移者でも囲っておきたいのは山々だった。
バルカス、ノア、トゥイによって練り上げられたプランを聞かされつつも、その中心人物として洋市がいることに、ルーハンも強い興味を持っていたのだった。
『いい冒険者に、いい国はない。格言通りだなァ』
ルーハンは、洋市、亜希の今後の受難を予期しつつも、戦いの結果いかんでは世界に名をとどろかす新入りになり得るだろうと目を細めた。
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