第九十六話 確定申告と世界の意図
亜希からアプリの新機能について聞いた洋市は、一見魅力的なその機能について、やはり懐疑的だった。
異世界通信はともかく、異世界の通貨を日本円に両替するというのは、なかなかに胡散臭い。
『……でも、ちゃんと須田信金経由で引き出せたんだよなあ……』
とはいえ、自分自身はかつて亜希から魔石換金で得たお金を受け取っている。
一度須田信金の内部事情がどうなっているのか取材したい気持ちの洋市だったが、最悪の事態には備えられそうだと情報を整理した。
「個人的には、ちょっと胡散臭い気がするんですけど、背に腹は代えられませんね」
心配性の洋市に、亜希がポジティブに励ます。
「だーいじょうぶですって! このアプリのおかげでいろんなことが便利になったんですから、これからもっと便利になりますよ!」
亜希としては、アプリの機能によって異世界人との通話が可能になったこと、ガールズバー以外の収入源が生まれたことなど、基本的にプラスに働く情報しか得ていないという評価だった。
しかし、それなりに世間の荒波にもまれている洋市にとっては、色々と面倒や不安が思い浮かぶ。
『……大体、確定申告をどうすりゃいいんだ? 収益が出ていて、それを現金として引き出している以上、何らかのつじつまは合わせないとまずい。銀行経由でお金が動いているなら……なおさらだろうな』
銀行の内部事情が分からない中で、洋市は現段階で想定されるリスクを洗い出そうとした。
まず、収入区分が分からない。
事業として冒険者をやっているなら事業所得だが、そもそも冒険者が現代で何をするかといえば、スポンサーからお金をもらって山登りをするくらいだろう。
雑所得にするとして、高額な税率を受け入れるのは癪に障る。
冒険者として継続的にメルを獲得するなら、一時所得として計上するのは不適切だ。
次にマネーロンダリング。
洋市が受け取った魔石売却金の出所について素直に申告した場合、現代日本に照らし合わせれば、巨大オオカミを殺害したことによる動物愛護法違反、亜希の元カレ・翔の殺人の容疑がかけられることになる。
その他、須田信金へのシステムハッキング、引落手数料の発生の有無など、確認したいポイントはたくさんある。
しかし、窓口や電話問い合わせでは、絶対に正解など教えてくれるはずがない問題である。
『……何か、いい隠れ蓑は……』
脂汗をかいて考え込む洋市を見て、さすがの亜希も何か問題があるのだろうかと考え始めた。
「あ、あの、洋市さん?何をそんなに心配しているんですか?」
おそらく確定申告の仕組みが分からないであろう亜希に、洋市は世の中の世知辛さを懇々と説明した。
亜希は洋市の真剣なトーンに引き込まれ、次第に顔を青くする。
「それって、その、私が口座を持ってるから、ある意味一番危ないんじゃ……」
洋市は軽く頷いた後、自分も共犯である旨を伝える。
「私もすでにお金をもらっているので、知らんぷりはできません。ただ、亜希さんはまだ確定申告を行った経験がないはずです。おそらく今のアプリ預金残高なら誤魔化せるでしょう。ですが1,000万円ともなれば話は別です」
洋市は、事業者向けの雑誌コラムに『預金額が1,000万円を超えると税務署の監視対象になる』旨が記載されていたのを思い出し、亜希に伝えた。
すると、亜希が何か思いついたのか、開き直ったような笑顔で提案する。
「じゃ……じゃあ、もう稼いだお金は全部使っちゃって! 貯金はお店や洋市さんのお仕事で稼いだ分だけにすればいいんじゃないですか?」
洋市はその案を聞いて、言語化できないものの可能性がありそうだと判断し、続きを促した。
「それはどういう……」
「要するに、銀行口座にお金があるって証明できなければいいんですよね?この『アルトヤ界観光ガイド』ってアプリを、例えば洋市さんが趣味で作ったアプリってことにして、二人の間で遊びで色々いじっていた、ってことにしたら……」
「しかし、実際に現金はここに……」
ここで洋市が、昔読んだショートショートを思いだす。
悪魔にある男が「一万円札をコピーして」とお願いしたら、まったく同じ記番号が出てきたことに気付かず、それを使って男は逮捕された、という話だ。
『この前引き出したお金は……どうなってる?』
洋市はデスクに向かい、引き出しの鍵を開け、現金五十万円が入った封筒をチェックする。
亜希はその様子を心配そうに見守る。
『……見た限りは問題なさそうだ……』
洋市の思惑は外れ、封筒の中の札束には、新札も使い古しもバラバラに混じっていた。
『現代日本・須田信金の口座にあるお金を……何らかの方法で引き出しているんだ……』
銀行から合法的に引き出された、素性の分からないお金を横目に、洋市はどうすれば真実に辿り着けるのか分からず頭を抱えた。
そんな様子を見て、亜希は洋市の助けになればと、アプリの利用規約等の記載がないか確認する。
すると、亜希の目に一つの興味深い段落が飛び込んできた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ユーザーがアプリ内で売却処理したインベントリ内の各種アイテムは、オートマティックにBCプラットフォーム『ALTOYA Market』にてNFT換算で売却され、アプリ内の手続きを経て出金されます(JPY)。
本アプリのクローズドテスト中、エラー・バグの解消、システム安定化に貢献したユーザーに対しては、開発元(ALTOYA-tech.com.sg)より業務委託費が支払われます。
──────────
主要取引先
Suda Shinkin Bank
DingDim Co-operative Bank
Lion Mutual Credit
Bauhinia Community Bank
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「洋市さん……これ、何かヒントになりませんか?」
内容が専門的でまったく分からない亜希だったが、学生時代に韓国へ行った経験やインバウンド客とのコミュニケーションから、JPYが日本円の略称であることは知っていた。
そこでお金の話だと思い、洋市に相談すると、洋市は目が飛び出んばかりに驚いた。
『おいおい……香港、シンガポールの銀行とも取引があるのかよ……しかもマネロン御用達って噂の……』
主要取引先に記載された銀行の中には、須田信金だけでなく、洋市が推測するにアジアの金融街にちなんだ名称の銀行名が記載されていた。
洋市は直感する。
現代日本・地球がある世界とアルトヤ界は、何者かの意図でつながっている。
そして、自分たち以外にも、何らかの目的を持って異世界転移者としての生活を続けている者がいる。
おそらく海外在住者。
『俺たちに、何かを成して欲しい存在がいるんだ……』
洋市はようやく、自分たちが何者かの手のひらで踊らされている可能性を、確信へと変えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ページ下部からの評価(☆)、ブックマーク、ご感想など、いつも大変励みになっております。
これからも『ゴブリンマン』をよろしくお願いいたします。




