第九十八話 異世界女子会(軽め)
「だからね、耳栓を用意して欲しいの!」
異世界には馴染まないリクエストに、亜希はスマホの画面から聞こえるノアの声に困惑していた。
現在、洋市はクライアントに構成案を提案するため仕事中。
リビングで暇を持て余していた亜希は、スマホにインストールされた「アルトヤ界観光ガイド」の異世界チャット機能を経由して、アルトヤ界でどうやら買い物した後のノアやマンナと、水鏡越しに現状の共有を行っていた 。
画面の向こうのノアは、赤毛のロングヘアを揺らしながら真剣な表情を浮かべ、耳栓を用意するよう亜希に指示していた。
「耳栓って、どんなものでもいいんですか?」
亜希が種類について確認すると、ノアはうんうん、と小刻みに首を縦に振った。
「うん、魔法防御については全然気にしないで、とにかくさ、つけたら周りの音ができるだけ聞こえなくなるものがいいんだ!こっちでも見繕ったけど、ヨウイチやアキちゃんに合わないとまずいからさ」
――少し時間を遡る。
城塞都市ハンスルの冒険者ギルドで、今後の方針をギルド長のルーハンに共有した後、一行は二手に別れた。
ノアとマンナは道具屋に向かい、これからの戦いで必要になるであろう物資を買い足していた 。
迷宮抜けの札、厄払いの木札、清浄化の木札など、冒険者として最低限揃えておくべきものは一通り。
加えて、アンデッドや闇属性対策の品まで、一つひとつ丁寧に選んでいく。
マンナは品定めをしながら、斥候として道具の重要性を洋市にレクチャーしなければならないと考えていた。
『ヨウイチさんは多分、毒魔法が使えると思うけど、それだけで戦えるほど甘くない。こっちに来たら、道具の使い方について教育が必要ね』
マンナ自身は魔法が使えない。
そのハンデを補うため、道具の使い方や知識に関しては研鑽を続けている。
ベテランとなった今でも、通えるときは冒険者ギルドの講義に参加し、最先端の知識を頭に入れているのだ。
一方、天才肌で好奇心旺盛なノアは、別の棚で魔力増幅・低減に使えそうな掘り出し物がないかどうか、魔道具を徹底的に調べていた。
つい最近、ダンジョン第二層で経験した魔王の刺客との戦闘では、自分の魔法もガッタの剣も、刺客の女にはまったく通らなかった。
『「……やんの?」』
女の気だるそうな表情と声が、今もノアの頭にこびりついている。
『くっそう……久しぶりに敵扱いされなかったわ』
大技こそ見せていなかったものの、自分がまったく”敵”として認識されていなかったことに、ノアは若干の悔しさを抱いていた。
その反省を踏まえ、なんとかダメージにつながる道具を見つけ出したかった。
とはいえ、パーティーの予算には限りがあるため、無尽蔵にアイテムを試すのは厳しい。
ノアは、冒険者によく知られている、使うのはギャンブルに近い魔道具を手に取った。
『“世迷いの笛”……ヤバい戦いだからこそ、意表を突けるかもしれない』
一見、耽美なデザインの繊細な意匠が施された縦笛である。
楽器として問題なく演奏もできるのだが、製作者の意図とは違うところでこの笛は有名になってしまった。
この笛は、音を聞いた者の魔力器官を一時的に混乱させてしまう。
具体的には、魔力の効果を低くしたり、逆に高くしたりする効果につながる。
厄介なことに、その効果はまったく予測できない。完全にランダムなのだ。
もちろん、観賞用または演奏用としての質にはまったく問題がない。
あくまでも、魔力を使った生業の職種に対してのみ、影響を及ぼすだけである。
とはいえ、一度ケチがついてしまうとなかなか量産化は難しく、その価値も下がってしまうのは想像に難くない。
こうして、製作者の純粋な音に対する想いは、思わぬところで流布に頓挫したのである。
当然、ノアもこの笛の弱点を理解していた。
仮に、戦闘員全員が耳栓をしてガードしたとしよう。
それで魔力が落ちることはなかったとしよう。
だが、あの女の魔力を逆に強化してしまうと、かえってこちらが絶大な不利を背負うことになる。
その一方で、もし魔力が著しく弱体化することがあれば、その隙を突いて一斉攻撃で倒しきるのも決して難しくない。
『……魔力増幅時の対策さえ講じておけば、戦える!』
ノアは覚悟を決め、効果を最大化する作戦を練ることを前提に、その笛の購入を決めたのだった。
――洋市の部屋。
亜希はスマホ越しにノアの提案を受け入れた。
「分かりました! 百均で探してきますね!」
「ねえ、ヒャッキンって何?」
好奇心旺盛なノアは、聞き慣れない単語に食いつく。
決して交わるはずのなかった異世界と現代日本の女子たちは、唐突に他愛ない女子トークに花を咲かせた。
「えっと、百均っていうのは、お店の商品が全部百円……最近はそうでもないけど、とにかくメッチャ安い金額でいろんなものが買えるお店のことです! お皿や包丁、文具、クッションとか、とにかく品揃えが豊富なんですよ!」
一見他愛ない話で盛り上がる二人。
普段ならブレーキ役のマンナだったが、意外なことに興味を惹かれ、真剣な顔で二人の興奮気味のトークに耳を傾けていた。
『こっちでは手に入るはずがないもの……それを私たちが手に入れていたら……有利に戦いを進められるか……?』
今後について考えつつ、あえて話に乗ったマンナは、亜希に質問した。
「……もし、そっちにあったらでいいんだけど。探して欲しいものがあるの。例えば……手軽に強い光を放つものとか、大きな音を鳴らすような道具って、その”ヒャッキン”にあるのかしら?」
「えっ? えーと、懐中電灯はあると思います。あとは防犯ブザー?ホイッスルとか、火薬で音が鳴る銃とか?何かあると思いますから、ちょっと探してみますね!」
頼もしい亜希の返事に、マンナはニコリと笑う。
「助かるわ、お願いね」
一通りの情報共有が終わったところで、亜希とノア、マンナは名残惜しそうに挨拶を交わす。
「明後日には行けますから!もう少し待っててくださいね!」
「うんうん、こっちも今のところ目立ったないから、また何かあったら連絡する!」
「ヨウイチさんにもよろしくね」
亜希は、スマホの画面右下『通話終了』のボタンを押した。
『洋市さんがリビングに戻ってきたら、さっそく百均に行かないと!』
キーボードの音を少し遠くに感じながら、亜希は目の前のカップに入ったカフェオレを飲み干した。
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