第九十四話 熱狂と打ち上げ
ゴブリンマンとのじゃんけん大会は大盛り上がりだった。
もともとボルテージが上がっていた場に、件の人物がリアルなゴブリンの風貌に黒ジャージというシュールな出立ちでやって来たことで、非常に現実感のあるコスプレとして高評価された。
洋市のプライバシーボイスのような機械的な声は、客の熱気に違和感をかき消され、じゃんけんの結果も熾烈を極めた。
酒が入っている分、場が盛り上がり過ぎて、何度かじゃんけんのコールが聞こえなくなることもあった。
『……ざっと数えただけで二十、いや三十人はいるぞ』
Cheers!の定員は分からないが、すでに全部の席が埋まっている様子で、キャストの一人が新規入店者を断っている様子が見受けられた。
しかし、同時に何かを配っているのも見え、洋市はおそらく次回使えるクーポンか何かを店長が刷ったのだと理解した。
ふとカウンター席に目をやると、いつもと違う異様な熱気に押され気味の常連客らしい人物に対し、別のキャストが飲み物を配りながらすまなそうに頭を下げている姿があった。
今日の今日で始まったゲリライベントなのだから、常連が戸惑うのも無理はないと、洋市は密かに申し訳なさを感じていた。
結局、初めて来店した客三名が最後まで勝ち残り、その日のドリンク・フード代が無料となった。
しかし、閉店前にもう一回、今度は違うゲームをするからと亜希がアナウンスすると、いったん失いかけた熱気が戻ってくる。
こうして、人生初の『ガールズバーでじゃんけん大会』を終えた洋市は、酔客の熱気にあてられクラクラしていた。
ちなみに、客からの一気リクエストは車の運転に支障があるため控えていた。
「いやーお疲れ様です浅井さん!!今日は久々に大盛況ですよ!次につながるいい宣伝になりました、ありがとうございます!!」
超上機嫌で喜ぶ店長の姿を見て、洋市はいい仕事ができたと少し嬉しい気持ちだったが、それ以上に心労がこたえる。
「……はは、お役に立てたなら何よりです。ところで、その……次というのは……」
「ああ、これです」
店長は随分と用意がよく、今後は数字の書かれた丸い球が入っている、福引抽選機のようなものを棚から取り出した。
「あいにく紙は切らしてるんですが、このマシンはスマホアプリとも連動してるので、今回はこれを使おうと思います」
どうやらビンゴマシーンのようだ、と洋市は理解した。
しかし、具体的なプレイ方法が分からない。
店長は、洋市が眉をひそめている様子を見て、自分のスマホ画面を見せながら簡単にアプリについて説明する。
「このアプリ、ダウンロードしなくても使えるんですよ。カウンター裏のモニターにQRコードを表示させて、それをお客さんが読み取ると、ランダムでビンゴカードがゲストのスマホに表示されます。参加者全員が読み込んだのを確認してから、マシーンを回して出た数をホスト側のスマホで消し込むと、自動で当たった番号がゲストのスマホ画面から消し込まれるんです」
洋市の知っているビンゴは、縁日で配られるカードに穴を空けるものだった。
昔に比べてビンゴも随分と進化したものだと洋市は思った。
掛け時計を見ると、午後十時三十五分。
午後十一時までに準備が終わったら、ビンゴゲームの始まりだ。
「OK, let's get started!」
チアガールらしく、妙に良い発音の英語でビンゴゲームのスタートを宣言する亜希。
洋市はというと、声を出さないよう無言でビンゴマシーン前に立ち、マシーンを手で回す係を担当することになった。
『何だか随分と目立つ場所にいるな……』
亜希の掛け声に合わせてビンゴマシーンを回し、出た数字を亜希に見せて読み上げてもらう。
その後、店長から借りたスマホの画面に、当選番号を入力して消し込み作業を行う。
今回の盛り上がりで、ビル内の他のお店になだれ込んだ客もいるのだろうかと、要らぬ心配をしながら洋市はマシーンを回していく。
結局、数名が当選のタイミングに応じて、次回使えるフードクーポン、ワンドリンククーポンなどを配布されたようだ。
亜希はアナウンスで場を盛り上げるのに集中しているが、他のキャストは嫌な顔ひとつせず、料理やドリンクを配っている。
むしろ張り切っているようだ。
『お互いをサポートし合う環境ができているのかな、この店は雰囲気がいいな』
こうして、深夜一時の閉店を迎えるまで、お店は大盛況のままだった。
Cheers!が閉店した後、キャストや店長、そして洋市は、下の階のカクテルバーで打ち上げを行っていた。
急なイベントで迷惑をかけた、というのもあったが、洋市の唐突なイベント参加をねぎらう目的もあり、一行は洋市の姿を隠すようにして非常階段で移動した。
「「「「「Cheers! 始まって以来のビッグウェーブに、カンパーイ!!」」」」」
洋市は部外者感を覚えながらも、皆が集まる中にゴブリン姿のまま参加することになった。
店長からキャップを借りてかぶり、何となく目立ちにくいようにはしているが、どうしても目立ってしまう。
しかし、個室にこもって飲んでいるため、店員以外には正体が分からない。
ゴブリン目当てでやって来た客は、別の店にはけてしまったため、まずは落ち着いて過ごせそうだと洋市は思ったが、それは甘かった。
モクテルを飲む素面の洋市は、酒が入ったその他のキャストから、もみくちゃにされるように質問を受ける。
「このお肌すごくないですか!? ちょっと脂ぎってるし、ちゃんと怪物っぽいテクスチャー!」
「ヤバっ! シリコン? 特殊ラバー? 引っ張っても全然取れない!」
「あてててて……」
「あっ、ごめんなさーい、キャハハハハ!!」
遠慮を知らない20代、あるいは妙齢の女子たちの手が、ゴブリンの化け物じみた皮膚に遠慮なく手を伸ばす。
実際のところ、洋市は特殊メイクが剥がれる心配こそしていないが、女子たちとのコミュニケーションは下手をすればセクハラ認定されるため注意しなければならないと緊張していた。
「あ、いや、あの……こちらは企業秘密の特殊素材でして……強く引っ張られると……あいたっ!」
鈴どころか、銅鑼でも鳴らしているのではないかと思う力強い女子たちの笑いには、異世界で死線を潜り抜けてきたゴブリンも形無しであった。
やっとボディタッチが終わったら、今度は別のキャストからプライベートな質問が飛ぶ。
「アサイさん、でしたっけ? アキちゃんとはどういう関係なんですか!? あの写真、メッチャアツアツじゃないですか~!?」
当然というか、案の定というか、分かる人には鞭を持った女性の写真が亜希であることはバレているらしい。
「っていうか、アキちゃん、なんかちょっと強くなってない? これもやっぱりオトコの力かな~?」
アハハと大声で笑いながら、現代ビジネスシーンであればNGワードばかり吐いて囃し立てるキャストたち。
さすがの亜希も慌てて割って入る。
「ま、待ってくださいアヤさん、あれはちょっと……仕事上の手違いがあって……ね、洋市さん!?」
「「「ヨウイチさん?」」」
本日の他キャスト三名は、声を揃えて亜希が男を下の名前で呼んだ点に注目した。
アヤと呼ばれた、お店ではポニーテールだった髪の長いキャストが、今は髪を下げて大人の女性感を演出しながら亜希に食い込む。
「……へえー、アキちゃんのガード崩したんだぁ。もう男と恋愛できないと思ってたけどねー」
アヤがしみじみとそう言った後、他のキャストもうんうんと同意する。
「やっぱ、何かあったときに身体張って助けられる男は違うよねえ」
「ニュース見たけど、あの頭おかしい元カレからアキちゃんを守ったんだもんね、愛だよね愛」
だんだん誤解が既成事実になっている状況に、洋市は少し不安を感じて反論する。
「いや、あれはたまたま私が隣に住んでいて不穏な会話を聞いたからで、別に下心があっての……」
「いいからいいから、男はやっぱり言葉じゃなくて行動で示すもんだから、ね、アキちゃん?」
アヤが洋市の反論を勢いで潰し、困った顔で笑う亜希。
ガールズバーでの仕切りを見て、亜希もなかなかのものだと洋市は思っていたが、やはり上には上がいるようだ。
アヤは少し潤んだような瞳で、ゴブリンの爬虫類のような瞳孔を真剣に見つめる。
「……ヨウイチさん、アキちゃんね、一時期本当に辛そうだったんだよ」
真面目なトーンになり、アヤは亜希が翔からDVを受けていた頃、毎日トイレで吐いていたことを話す。
「アキちゃんさ、仕事前じゃなくて、仕事の後で吐いてたんだよ。家に帰りたくないから。でもそれを飲みすぎたからって隠してた。エミちゃんが気付いたんだよね、確か」
「……そうです」
昔を思い出し、少し顔が引きつる亜希。
それほど辛い日々を過ごしていたことは、洋市も初耳だった。
アヤが続ける。
「どんどん笑顔が固くなって、でも場を盛り上げようと必死になってて、そういうところがやっぱり……ね、ほっとけないのよ。だから、ヨウイチさんに出会えてアキちゃんはきっと幸せなんだろうな、って思う」
これ以上話が暗くならないよう、アヤは亜希に抱きついて、一気に空気を惚気に戻す。
「おら、白状しろアキ! この人はアンタの新しい恋人だね!?」
他のキャストもニヤニヤしながら『言っちゃえよ』という空気を作る。
店長はキャストが騒いでいるのを見ながら、どこか別のこと、おそらく今後の売上について考えているようでニンマリしていた。
「いや、その、えっと、なんていうか……大事な人、っていうか……」
亜希の爆弾発言に、キャストたちはヒューヒューと煽る。
洋市はただ戸惑うばかりで、ゴブリン姿のまま愛想笑いをしながら、今日は徹夜だと覚悟を決めた。
こうして、洋市は仕事を月曜のうちにすべて片付けられないまま、バーの閉店時間である午前三時まで女子会に付き合うことになった。
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