第九十三話 俺のバズが……
洋市は亜希を店に送り届けた後、いったん、そのまま車で自宅へ帰る体を装った。
しかし実際には、近くのコインパーキングに車を停めたまま人気のない路地裏へと移動し、ゴブリンの身体へと変化する。
そこからスキル【隠形】を発動させ、夜の須田市を一気に駆け抜けて自身のマンションへスピード帰宅し、寝間着代わりの黒の男物ジャージに着替えた。
姿見で恰好を確認し、相変わらずシュールな見た目をしていると自虐する。
『……ゴブリンがイメージ通り上半身裸になっても、誰も喜ばないだろうからな』
玄関扉を少し開けて周囲の様子を窺う。
鍵を閉めたら、洋市は再びスキル【隠形】を発動させ、マンションの中庭に飛び降りるようにして姿を消し、再び闇に紛れて繁華街のビルへと走る。
表の入口から入ってネタバレしてしまうと、お客さんの盛り上がりを殺いでしまう。
そう思った洋市は、非常階段から素早くCheers!のバックヤードに戻る。
洋市のゴブリン姿を見た店長は、そのリアリティに度肝を抜かれたようで、口をあんぐりと開けて固まっていた。
「…………いや、これはすごい!至近距離で見ても、まるで本当のゴブリンみたいだ!」
店長が驚かなかったのは、洋市の人柄もあったが、亜希の巧妙な工作も一因に数えられる。
亜希は勤務前に、店長からコスプレのクオリティについて説明していた。
「洋市さんのゴブリン姿は特殊メイクで、着替えが一瞬で終わるんですって。でもクライアント?から具体的な方法は秘密にしろって言われているらしいです」
この絶妙にリアルな嘘が、店長の洋市に対する印象をただならぬものにしていた。
実際、洋市がものの数十分で完璧なゴブリン姿になって戻ってきても、店長がその正体を疑うことはなかったのである。
すでに『Cheers!』の営業は始まっている。
亜希もさっそく接客に入っており、フロアには賑やかな声が響いていた。
洋市はバックヤードの隅に陣取り、店長の意見を聞きながら、撮影の構図やSNSへのコメントを練っていく。
「店長、ひとまずこのような文面はいかがですか?」
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ただいまゴブリン準備中!
スタッフがコスプレの出来に満足するまで、今しばらくお待ちください!
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洋市が提示したスマホのテキストを見て、店長は満足げに頷いた。
「いいですね!そんな感じで裏方感を出してください!」
SNS用の文面や画像の準備をしようとする中、ふと洋市が気になった点を質問する。
「ガールズバーって、確か呼び込みできましたよね?外に行った方がいいですか?」
洋市の質問を受けて、店長が複雑な事情を説明する。
「ええと、ウチはガールズバーとして営業してますけど、風営法と須田市の条例上は『風俗営業第1号許可』を取得しているお店なんです。いわゆるキャバクラやパブと法的には同じ扱いになるので、外に出て積極的にキャッチや呼び込みをすることはNGなんです」
洋市がまだ100%納得していない様子を見て、さらに説明を続ける。
「理論上、ガールズバーって『深夜酒類提供飲食店営業』っていう届出を出せば、カウンター越しに接待しないって前提で、朝まで営業できるんですよ。でも、実際にはなかなかそういうわけにもいかなくて、結局接待して摘発されることもあったりして。だったらいっそ第1号でいっちゃおうと。須田市はまあまあデカい街なんで、深夜一時まで営業できますし」
ここで洋市はほう、と手を叩く。
だからこそ、現代における主要SNSでのネット集客が生命線になるのか。
つまるところ、今日の洋市のミッションは 「あのゴブリンが特別出勤!」といったニュアンスの投稿を定期的に行い、ネットの話題性をリアルな集客に結びつけることであった。
そして、その宣伝効果は絶大だった。
SNSのトレンドから『女と抱き合っていたゴブリン(かもしれない)』の正体を見ようとやって来たお客さんが、平日だというのにどっと押し寄せたようで、店内は満席。
すでに店長が先に手を打って、店長アカウントから何らかの投稿をしたようだ。
カーテンの隙間からカウンター、さらに先の各席の様子を覗き見ると、男性客だけでなく、噂を聞きつけた女性グループの姿もちらほらと見受けられる。
後ろからシャッターの音がした。
店長だ。
「いいショットいただきました!緊張感がにじみ出ていて最高です!」
圧倒的な好奇心と熱気を舞台裏から感じ取り、洋市は徐々に緑色の顔を青くしていく。
もっとも、緑色だった顔の血の気が引いたからといって、その様子を店長に悟られることはない。
『こんな状況で……俺、いつカウンターに顔を出せばいいんだ?』
どうにも落ち着かない様子の洋市を見て、店長がポンと肩を叩く。
「浅井さん、そろそろイベントを仕掛けます。それまでは裏方として、そうですね……三十分から一時間ごとに投稿する内容を想定して、自撮りのストックと、コメント作りをお願いします」
店長の指示を受け、洋市の頭は仕事モードになり、バックヤードで黙々と画像をストックし始める。
それに合わせたコメントも、推敲しながら文章化する。
仕事の合間に店舗アカウント画面を開き、洋市が自分の後ろ姿が映っている画像の投稿を見直すと、驚くべき情報が載っていた。
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女の子たちの元気とお客様の熱気がすさまじいです……!
平日なのに満員御礼、ありがとうございます!!
いいね 12.3万
リポスト 4.5万
コメント 984
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投稿してそれほど時間が経っていないというのに、どういうわけかいいね、リポストが激増し、どうやらコメントもたくさんついているようだ。
須田市どころか、おそらく全国規模で注目され始めている様子に、洋市は動揺を隠し切れない。
『……なんで人ん家のアカウントでバズってるんだ、俺は!!』
悔しい!
本当は俺が、俺自身の投稿でバズるはずだったのに!
いや、そうではなくて、なぜここまで注目されてるんだ!?
他にもいっぱい注目すべきニュースがあるはずの現代日本において、こんなおふざけにしか見えない投稿が注目を浴びるのは、どうにも納得がいかなかった。
洋市が戸惑いながら作業を続け、バックヤードの掛け時計の針が午後十時を指した頃、カーテン越しにボルテージが一段と跳ね上がるのを洋市は感じた。
耳をすませると、なんと亜希がマイクを握り、何やらパフォーマンスのようなものを始めているようだ。
店長がカーテン越しにその様子を確認すると、洋市を素早く手招きした。
「浅井さん、出番です。アキちゃんがゴブリンマンを呼びますから、そうしたらカウンターに出て、お客さん全員とじゃんけんをしてください」
「……はい? じゃんけん、ですか?」
何を言っているのか全く分からない洋市に、店長は早口で説明する。
「アイドルのイベントなんかと同じです! 浅井さんがカウンターに立って、お客さん全員と『グー、チョキ、パー』を出して勝負するんです。浅井さんに勝った人だけが生き残って、最後に最大三人だけ勝ち残ったお客さんは、本日の『お会計が無料』になります!」
「む、無料!? いや、そんなとんでもない責任を私に……!?」
自分のじゃんけんの勝敗が店の利益を吹き飛ばすことに、洋市はうろたえてしまった。
しかし、店長は満面の笑みで洋市の背中に手を当てる。
「いや、むしろ平日のこの時間に満員になってるほうがおかしいんですよ! だから、三人くらい無料になったってウチは別に損しません! さあ、行って!!」
半ば強制的に押し出される形で、黒ジャージを着たゴブリンがカウンターに登場する。
その瞬間、満席になったカウンターとベンチから、割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
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