第九十話 もう他人事じゃない
アルトヤ界、死闘の森の砦。
洋市たちが久しぶりに平凡な日本の暮らしを満喫していた頃、執務室の大人たちは顔を突き合わせてノアのプランについて検討していた。
ノアがバルカス、トゥイに提案したのは、大きく三つ。
『アサンの水源』のBクラスパーティー特進。
洋市、亜希二名の『アサンの水源』への加入。
Bクラス特進後の特典として、冒険者ギルドによる“国家権力からの保護”の適用。
そして、提案実現の条件として、アサンの水源と洋市、亜希が手を組んで、魔王の刺客を撃退、または撃破することを挙げた。
仮に、魔王の刺客撃退、もしくは撃破がパーティーレベルで実現すれば、その功績は事実上、A~Sクラスの功績とみなされてもいい話である。
なぜなら、それはすでに勇者レベルの功績だからだ。
もちろん、すぐに功績を認めてクラスアップというのは、比較的柔軟性のある組織の冒険者ギルドであっても難しい。
だから、あえて現実的な“Bクラスへのクラスアップ”に留める代わりに、情報をギルド内で隠匿して欲しい、という交渉である。
この点について、まずトゥイが現実的な見込みを話す。
「ノアっち、クラスアップのレベルダウンを使って希望を通そうとするのは、過去に例がなかったわけじゃない。でも、さすがに急だよ。僕が認めてもギルド長、さらにはその上が認めるかどうかは保証できない」
ノアもそれを理解した上で食い下がる。
「今回、A~Sクラスのパーティーを新しく招集する面倒に比べれば、ウチはそれなりに実績があると思います。命の泉の祈祷の件もそうです。ヨウイチやアキちゃんだって、結局は遭難者が食い扶持を探してるだけって考えれば、お情けでパーティーに入れたって、そこまで深く追及はされないでしょう」
ノアが一呼吸ついたところで、マンナが援護射撃をする。
「例外であっても、乱発ってわけじゃないでしょう? 魔王戦以後、これまで魔王の脅威がこの国で明らかになった例なんて、ほとんどないんじゃないかしら? それに彼は斥侯よ? 絶対的に強力なスキルを持つ勇者じゃないわ」
議論がヒートアップしそうな状況を踏まえ、トゥイが条件を詰める。
「まず、僕はいいよ。僕は認めるとして、さらに上にどう掛け合う?」
ノアが、一般的な冒険者から鑑みて、破格の条件を提示する。
「撃退、および討伐報酬の受領を辞退します」
「!!」
ノアの申し出は、魔王戦に準ずる国難に近い状況下で、仮にメンバーの誰かが欠けたとしても、その補償を冒険者ギルドから受けられないことを意味する。
トゥイは、冒険者にとって最重要項目の一つである金銭的報酬を、ノアが洋市、亜希の二名のために捨てる覚悟だと理解した。
「……ノアっち、それ、他のメンバーに今ここで確認できる?」
マンナ、ガッタ、セミーンの三名は、ノアからの質問を待つことなく、リーダーへの賛同の意を示す。
トゥイは、いつの間に異世界のゴブリンと、彼らがこれほどの信頼関係を築いたのか疑問に思った。
「この数日の間……でいいんだよね?君たちとヨウイチくんたちの間に、何があったの?」
トゥイは人間関係構築の観点から、ノアのプランの妥当性を導こうとする。
ノアが端的に答える。
「ヨウイチやアキちゃんがいなかったら、私たちはパーティーを解散していたかもしれないんです」
そしてノアは語る。
自分の不注意からヒュージウルフに食べられかけたこと。
マンナが辛くもシャドウパンサーの襲撃から命拾いしたこと。
水の精霊の眷属と、あわや戦闘になる場面を洋市が収めてくれたこと。
「きっと、他にも色々な場面で世話になっていると思うし、私たちも彼らを世話しているつもりです。その中で情が生まれる……っていったらおかしいですけど、もう彼らが絡む話は他人事じゃないんです」
はっきりと言い切るノア。
知った顔のトゥイに、あえて少しだけ業務用の言い回しを使う。
「お話をまとめます。今回の相手を『魔王の刺客』とし、戦地を『未知の異常階層』と仮定しますと、本件は本来Aクラス及びSクラスが受注可能な案件です。しかしながら今回はパーティー召集の時間が長くなることが予想され、当パーティー『アサンの水源』は死闘の砦近辺で最も実績豊富なパーティーの一つと自負しております。ゆえに当パーティーが本件解決にあたり、その報奨としてBクラス昇格、及びヨウイチ、アキ二名のパーティー特別編入という内々で済む問題で片付けられるなら、それはむしろ冒険者ギルド側にとって破格の条件と考えます」
ノアの毅然とした提案に、トゥイは改めて頭の中で論理を再構築する。
実際のところ、ノアの提案には複数のメリットがあった。
Sクラス、Aクラス人材に連絡を入れ、そこから闇魔法などの魔法で瞬間移動、もしくは飛竜による高速移動で人材がハンスルまで到着するまでは、早くても数日を要する。
そもそも連絡がつくかどうか、ついた後で闇魔法使いが効率良く人材を移動できるか、または飛竜の予約ができるかなど、複数の点で調整が必要になるからだ。
加えて、そこから具体的な報酬の話も先に出るだろう。
魔王戦時代ならまだしも、冒険者の品位や権利というものが重視されている現代において、魔王の脅威を語り一刻の猶予もない旨を理解してもらえるかどうかは分からない。
もっとも、長命種の一部Sクラスはただちに馳せ参じてくれるだろうが、あまりの高齢で果たして戦力としてカウントできるかは未知数だ。
しかし、その間にノアたちが魔王の刺客と戦闘に入り、もし負けたとしても一矢報いれば時間が稼げる。
あわよくば勝ってくれて、加えて報酬の用意も不要となれば、ギルド側のメリットは計り知れない。
『アサンの水源にその価値があるってことを、ギルド側に説明できれば……?』
論理の流れが見えたトゥイは、ノアに向かって頷いた。
「分かった。この件は僕の方から説明しとく。ギルド側はその方向で」
ここで、これまで黙っていたバルカスが、申し訳なさそうに頭を掻いて話に加わる。
「……その討伐報酬の受領辞退ってのはよ、例えば魔石も含まれるのか?」
『……!!』
ノアの痛いところを突くバルカス。
「いえ、今回はヨウイチとの共闘を考えています。ですから魔石に関しては私の一存で決められません」
「だったら魔法省が黙ってねえぞ。多分『倒したんなら魔石あるだろ』って突っ込んでくる。ギルドがたとえBクラスだとしても特例認めたら、業者経由で魔石の高額買取があるのかと勘繰られるぞ。ギルドが仲介料取るつもりなのか、ってな」
バルカスの指摘は決して意地悪ではなく、軍務省で勤務する中で、国の汚い部分を嫌と言うほど見てきたがゆえのアドバイスだった。
「……魔石も、手放せと?」
ノアの不満がにじむつぶやきに、バルカスが推測した二択を挙げる。
「魔石か、あるいはヨウイチか」
「「「「 !!! 」」」」
バルカスの意図を理解したトゥイは、何とか希望的観測を口にしようとするが、状況の悪さに鋭い犬歯に舌を当てることしかできない。
バルカスからの思わぬ意見に、アサンの水源一同は二の句が継げなかった。
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