第八十八話 大人たちの話し合い
洋市たちとの異世界通信を終えたノアは、他のメンバーに情報を共有した後、死闘の森の砦まで兵士たちと一緒に戻って来た。
洋市がいないことについては、マンナが途中で別行動になった旨を、それらしい理由をつけて納得させた。
大過なく移動を済ませ、砦の執務室にノア、マンナ、ガッタ、セミーンが向かうと、そこにはバルカスだけでなくギルド職員のトゥイもいた。
『えっ……?何でいるの……?』
思わず顔に緊張の色が浮かぶノアを見て、トゥイがニコリと笑いかける。
「また会えたねノアっち。これも運命かな?」
「……ソウダトイイデスネ」
ノアの塩対応に吹き出しつつも、トゥイは冗談もそこそこに、執務室にいる理由を話す。
「ギルドから依頼。ダンジョン攻略。急ぎで」
「「「「 !!! 」」」」
まだ報告もあげていないにもかかわらず、ギルド側が迅速な判断をしたことに、ノアたちは驚いた。
マンナはトゥイに限った話ではなく、洋市たちの素性が漏れた可能性について質問する。
「……情報が漏れたんですか?」
トゥイは首を振る。
「違う。そうじゃないんだ」
マンナの推測を否定した後、トゥイはギルド側が急に動き出した理由を説明する。
「バルカスさんが報告書を上にあげたんだけど、その内容の解釈で、内務省と魔法省が対立したんだ」
「……え?」
戸惑うマンナに、バルカスが詳細を説明する。
「こいつは俺も部隊長経由で聞いてるから、細かいところは分かんねえんだけどよ、んまあ、結局のところは危機感の違いってやつだ」
バルカスが言うには、内務省側は早急に人員を送り込んでダンジョン認定を進めたいらしい。
安定的に魔石獲得が実現するスポットが増えれば、国益にもかなうし冒険者の定着にもつながるからだ。
しかし、魔法省は洋市たちがギルドに売却した『魔王戦時代の魔石』の魔力量を問題視した。
結局、翔だったものが変化した魔石は、オークションにかけるまでもなく、いち早く情報を得た魔法省が大金をはたいて購入したらしい。
魔王討伐から数百年が経過しているはずなのに、その魔力量が膨大であったことから、慎重な調査が必要だと提言している。
「つまるところはよ、魔法省は貴重な人材を犠牲者にしたくねえってことだ」
バルカスが利害関係を端的に伝えた。
セミーンは内情を見透かしたような顔をする。
「要するに、先に冒険者を捨て石にしろ、って言いてえんだろ。魔法省戦闘力ゼロだからな」
一応は国の省庁の人材であるバルカスを前に、魔法省の職員を弱虫扱いするセミーンをマンナが諫める。
「セミーン、口を謹んで。そういう職員もいるから、魔術師やモンクの需要が高くなるんだから。そこは冒険者として受け入れないと」
ガッタは内務省側の思惑が気になった。
「バルカスさん、内務省、軍務省は兵を出すつもりなんですか?」
想定していた質問だったのか、バルカスはやや苦い顔をする。
「ダンジョン認定は内務省だけじゃできねえからなあ……例外もあるっちゃあるが、それは俺の立場でどうこうできねえから、ライやスフェンが稼ぐのは難しいだろうな」
さすが上司ということもあり、ノアたちをサポートしたライ、スフェンが冒険者志望であることは知っている。
また、間接的に『兵は今回出ない』という旨もアサンの水源メンバーに伝わった。
ここで、口を閉じていたノアが、おそるおそるといった感じで報告する。
「……報告します。バンパイアワイバーンの巣穴はダンジョン化し、第二層には、おそらく……魔王の刺客がいます」
「なっ……!!」
「えっ?」
バルカスもトゥイも、想像以上の問題が当該ダンジョンで起こっていることを、ノアの口から知らされてしまった。
ノアが予想した通り、バルカスは頭を抱えて脂汗を吹き出し、トゥイは天を仰ぐ。
「……やっぱりあの遭難者たちは、魔王の……」
「ノアっち、マンナ、これ……ヨウイチくんたちのこと、もう上には隠し切れないかも」
バルカスとトゥイの二人は、それぞれに事情を明るみにしたくない理由があった。
バルカスとしてみれば、魔王復活の予兆が自分の管轄で発生した以上、事態収拾の責任が生じる。
しかし、魔王戦から数百年が経過した今、魔王と戦う気骨のある戦士たちをこの砦に集めるのは、短期的には不可能に近い。
ゴルドーには早急に報告するとして、そのゴルドーですら、兵を率いるには軍務省からの指示を待たなければならない。
したがって、もしダンジョンブレイクや不測の事態が生じた場合、バルカスの肩にかかる重圧は想像を絶するものになるし、状況によっては新人冒険者の洋市に負担を強いる結果になるおそれがある。
トゥイはトゥイで、一応ギルド職員という肩書ではあるものの、長のように組織を束ねる立場ではない。
秘密をいつまでも抱え続け、そのために組織に損害を与えるようなことは、職員として難しいところであった。
しかし、洋市の複雑な立場を鑑みれば、できるだけ秘密裏に、少しずつ冒険者として実績を挙げさせて、国に文句を言えるクラスにまで成長して欲しいと思っていた。
今のまま国に事態が知られると、その特異な体質を、それこそ魔法省が研究しかねないという危惧があった。
バルカスにも、トゥイにも共通していることは、国または冒険者ギルドの協力を仰ぐためには、どうしても洋市の存在および現況を報告しなければならないことだった。
そして、それを可能な限り避けたい点でも、両者は同じ考えだった。
執務室は、そこにいる各々の沈思黙考によって、静寂に包まれる。
ある者は、再アタックの可能性について。
ある者は、異世界の住人の保護について。
ある者は、公的権力の限界を探って。
そして、ノアは自分の考えがまとまったところで、重い口を開いた。
「バルカスさん、トゥイさん、お願いがあります」
ノアの案は、その場にいる全員に希望を見出させる内容であった反面、その実現可能性についてはまったく不透明なものだった──。
──────────
アルトヤ界で、大人の話し合いが続けられている頃。
須田市にある洋市の部屋では、死線から無事生還した洋市と亜希が、部屋をはさんでくつろいでいた。
リビングで、疲れからローテーブルに突っ伏して寝ていた亜希は、スマホのアラームで目を覚ました。
「……はっ、そうだ、洋市さん起こさないと」
部屋の扉は開いたままだったため、洋市のベッドまで歩き、塩顔の彼が右を向いて寝ている姿をゆすって起こす。
「……洋市さん、洋市さーん、五時ですよー」
バーで寝落ちしているお客さんを優しく起こすようなイメージで、洋市の身体をゆすっていると、洋市は少しうなるようにして目を覚ました。
「……うん? あ、ああ、そうでしたね、おはようございます」
洋市は、自分で部屋にいろ、五時になったら起こせと言っておきながら、リビングに亜希がいたことを一瞬失念していた。
しかし、目の前の大きな瞳に自分の姿が映っているのを見て、寝る前に亜希にかけた言葉を思い出した。
「仕事している間、私ご飯でも作ってましょうか?」
バーでアメリカンなメニューを作ることもある亜希が、さりげなく料理の腕を披露しようと気合を入れている。
しかし、洋市は申し訳なさそうに言う。
「いや、お仕事があるのにそれは申し訳ないです」
今日が月曜日で出勤日であることを、洋市は覚えていた。
「だーいじょうぶですよ、一時間もあればできますから。今日は……色々あったのでタクシー呼ぼうと思ってるんで」
「じゃあ、嫌じゃなければ私が送迎しますか?」
軽く言う洋市だったが、亜希は洋市が車を持っているとは知らずに驚く。
「えっ!? 車あったんですか?」
「ええまあ、これでも取材の足は必要なので、軽自動車くらいは」
本来なら、洋市と亜希はただの隣人であり、車について話すこともなかった。
しかし、そういう当たり障りのない話を共有する前から濃密な時間を過ごしていたこともあり、亜希はどこか人間関係の基本的なやり取りをすっ飛ばしたような気分になった。
「そ……それなら……お願いします」
亜希は恐縮しつつ、洋市に送迎を依頼する。
洋市は頷いた後、改めて亜希に謝る。
「すみません……冷蔵庫にちゃんとした材料があったかどうか……一緒に見てもらってもいいですか?」
二人で確認すると、案の定、独身男性の冷蔵庫にはろくなものが入っていなかった。
350mlのドライビールが二本。
野菜室で芽が出始めているジャガイモ二個。
すっかり気の抜けた炭酸水のペットボトル。
少し使った形跡のある、にんにく、ショウガのチューブ。
「うーん……これだけだとさすがになあ……」
「一応、冷凍庫も見てみますか?」
洋市に促され、亜希は一緒に冷凍庫もチェックしてみる。
いつ封を開けたか分からない冷凍ニンジン。
スーパーの安売りで買ったと思われるオニオンソテーパック。
ジッパー袋に入れて冷凍されている豚バラ肉。
独身男性ながら、そのまま食べられる冷凍食品などが用意されていないことから、亜希は洋市が『料理をするタイプの男性』だと高評価した。
「料理するんですね、洋市さん」
「最近は外食も高いですからね。少しずつ勉強してるんですよ。下手くそですけど」
年々弱くなる日本円のインフレ対策として、遅ればせながら自炊を始めたことを告白する洋市。
亜希はそんな洋市の思惑を知ってか知らずか、人差し指を顎に当てながら少し考えて、何かをひらめいた。
「よし!今夜はビール煮にしましょう!」
「び……ビール煮!?」
難易度が高そうな料理名が亜希の口から出て、思わず目を輝かせる洋市であった。
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