第八十六話 絆、信頼、そして、喧騒
洋市と地雷系女子の死闘が繰り広げられている中、教会の外に弾き出されたアサンの水源メンバー。
ノアは魔法を駆使して、マンナは扉の弱い部分を蹴り飛ばしたりして、何とかして扉を開けようと試みる。
「ダメ!魔力が全然……通らない……」
「扉自体が壁みたいに……クソッ!」
ガッタは窓から忍び込めないかと試みるが、やはり窓も飾りのようなもので、まったく中に入れそうな兆しが見えない。
三人が苦心している状況を見たセミーンが、サブリーダーとして苦渋の決断をする。
「……ノア! いったん離脱する! ギルドに応援を要請するぞ!」
セミーンの非情とも思える言葉にノアが反論する。
「何言ってんの!? あのままじゃヨウイチ死んじゃうよ!?」
マンナもノアに同調したいが、良い材料が頭に浮かばない。
セミーンもまた、鎧の奥で汗をかいて考え続け、全滅だけは避けなければならないという結論に至った。
「全滅はダメだ!この脅威を誰も報告しないで放置したら、ダンジョンブレイクどころの話じゃねぇ!」
ここでマンナが提案する。
「だったら私行くわ。どのみち、戦闘力ではこの中で一番下だし」
セミーンが注意する。
「森を舐めるな!いくら魔物が弱体化したからって、集団で取り囲まれればひとたまりもねぇぞ!」
実際、ハンスルまで戻る途中で魔物の群れに囲まれれば、いくらスキル【隠密】を持つマンナでも分が悪かった。
マンナは下唇を噛みしめる。
ガッタはセミーンの大声を聞いて急ピッチで戻って来る。
「やめろ!ここで言い争う時間がもったいねえ!ノア、お前が方針を決めろ!」
最終決断を促されたノアは、ガッタの目を見据えてきっぱりと言った。
「ヨウイチを見捨てる判断は絶対にない!」
その判断に対して、セミーンはあえてトーンを落として、ノアに確認する。
「……感情で判断すんな。最善で判断しろ。お前にとっての最善は、それでいいんだな?」
「……!!」
ノアは言葉が出ない。
洋市を見殺しにするのは感情が許さない。
しかし、最善で判断するなら応援を呼ぶのが最適解だ。
現状、何をどうしても教会のドアは開かない。
であるならば、ドアを開けられる人材を連れてくる必要がある。
そして、洋市が魔王の呪いの保有者なら、おそらくあの女と同じような形で生かされる可能性はゼロではない。
ならば、態勢を整えて再度救出に向かうのは、ここで悶々としているよりメリットが大きい。
しかしその最善策は、あくまでも理性で考えるなら、の話だ。
希望的観測を捨てないなら、と言い換えてもいい。
現実問題、洋市が一人であの凶悪な存在に太刀打ちできるとは思えなかった。
深呼吸の後、ノアは目に溜めた涙を振るい決断した。
「……ダンジョンからいったん出るわ。ただしガッタ、マンナの二人がね」
「「「 !!! 」」」
ノア以外の三名は、ノアの指示について正しく理解した。
マンナだけでは、ダンジョンを抜けるのは難しいかもしれない。
しかし、ガッタがいれば最低限、追いかけてくる敵だけを倒しながら逃げ続けることは可能。
そしてハンスル、または砦に向かい、応援を要請する。
その間、ノアとセミーンは洋市の身体を回収する。
そして迷宮抜けの札を使い脱出し、何とか砦まで生還する。
仮にノアとセミーンが倒れても、ギルドや王国から応援は来る。
冒険者として責任は果たしつつ、あわよくば洋市を助け出すことができる。
『最悪、亡骸が腐らず残っていれば蘇生できる! ヨウイチは人間で、魔物でもあるけど……光の神官、闇の死祭のどっちかが蘇生できるはず!』
セミーンは、仮に洋市が命を失っていた場合、ノアがおそらく神官か誰かの蘇生に賭けるつもりなのだと理解した。
そして、あの凶悪な女を倒すのではなく、重症の洋市、もしくは亡骸を回収するのがノアと自分のミッションだと覚悟を決めた。
「迷宮抜けの札を使って、ガッタ」
ガッタはリーダーからの命令を受け、緊急用の札を準備する。
マンナはガッタの傍につく。
二人をノアがしっかりと抱きしめる。
「……ありがとう、ガッタ、マンナ、よろしくね……」
「任せとけ!すぐ戻って来るからな!」
「くれぐれも早まらないでね。セミーンも」
セミーンは鎧を鳴らして頷き、ノアがガッタとマンナの肩を叩いて離れる。
ガッタ、マンナが、手をつないだ状態で迷宮抜けの札を割ろうとしたとき、ふとノアの頭に声が響く。
「!!……二人とも待って!!」
ノアはガッタたちを止めると、直ちに水鏡の魔法を発動し、聞こえる声の通りに念じる。
するとそこには、人間の顔に戻った洋市と、なぜか泣き腫らした顔の亜希が映っていた。
──────────
青・白・黒のマーブルゲートから登場した洋市は、今まさに地雷系女子にとどめを刺そうとしていたところを、どうやら亜希の召喚で呼び出されたものと理解した。
首をブンブンと振るって意識を切り替えると、すぐに体勢を整え、目の前にいるゾンビらしきもの三体に目をやる。
「亜希さん、大丈夫ですか!?」
自分の名前を呼ばれ、安心して一気に気が抜けたした亜希は、小さく「はい」と返事するだけで精一杯だった。
洋市は周囲を見渡す。
人がいない。
通行人も。
自動車も。
自転車も。
時が止まっている場所。
洋市は、かつて亜希に召喚された時の、翔の家があった空間を思いだした。
『何者かが……亜空間に亜希さんを連れ出したのか』
直感的に、目の前の三体を倒せば、元の須田市に戻れると判断する。
亜希を護るため、洋市は右手のクナイ型ダガーに魔力を込める。
ぎゅっ、と力強く握ると、自分の体内から元気が吸い取られ、脱力するような気がする代わりにクナイが青白く光る。
その状態で、スキル【風刃】で三枚の刃を解き放つと、三体の魔物、あるいはかつて人だったかもしれない何かは、一瞬で真っ二つに切り裂かれ塵になった。
先ほど死闘を繰り広げていた、地雷系女子は、どうやらここにはいない。
周囲を見渡し、敵がいなくなったことを確認して、洋市はふう、と一息ついた。
「……終わりましたよ」
洋市が亜希の方に振り向いてそう言うと、亜希は何かを言おうとして、堪えきれず涙声になっていた。
「……ぇぐっ、うっ……よかった……よいち、さん……っ、また、めいわく、かけちゃって……ごめんなさい……!」
ふと洋市が亜希の方を見ると、亜希はポシェットから取り出したのか、異世界で購入した鞭を右手に構えているものの、手が震えている様子だった。
亜希は洋市があっという間に敵を倒している一瞬の間、その様子をスローモーションのように見ながら、自分にできることを探していた。
しかし、自分にできたことは、今さら鞭を取り出すことだけ。
目の前の人は、私を助けながら、自分のことも何とかしようとしているのに!
自分に降りかかった問題を、また自分で解決できなかったことへの、情けなさ。
それが亜希の感情を強烈に揺さぶっていた。
洋市は、そんな亜希の感情のすべては分からなかったが、今できることをしようと思った。
「嫌なら突き飛ばしてください」
そう言うと、洋市は亜希を自分の胸に抱きしめる。
『!!??』
急なハグに戸惑う亜希。
そのまま、洋市は言葉をかける。
「……元はと言えば、私が異世界に亜希さんを連れて行ったせいでこうなったんです。亜希さんが責任を感じる必要はありません」
続けて、端的に、静かに、洋市は覚悟を亜希に伝える。
「私が、護ります。私が生きている間は」
亜希は、父親のような温もりを目の前のゴブリンに感じると、やがて感情を少しずつ開放するようにすすり泣いた。
片親で、家族が母ひとり子ひとりの亜希にとって、この瞬間、洋市は心底安心できる存在へと変わった。
洋市が亜希をなだめていると、ふと、これまでなかった喧騒が戻って来たような気がした。
カタン、と自転車のストッパーを外す音。
参拝客の柏手の響き。
ざわ、ざわ、ざわ……。
ざわ、ざわ、ざわ……。
そう、まるで須田市、忍々亭近くにある公園の駐輪場、奥には神社があるあの風景……。
「ゴブリンマンだ!!」
「おい、女と抱き合ってるぞ!!」
「ねえちょっと! あの子鞭持ってる! ウケるんだけど!!」
ざわざわと、うねる人の声の波に、洋市は亜希を抱きしめたままハッとして周囲を見渡す。
いつの間にか洋市と亜希の傍には、とんでもない数のギャラリーが出来上がっていた。
> クエスト【契約・隣人の盾】継続中
> 受託条件:倉橋亜希の身辺警護(期限なし)
> 危機対象の排除、及び保護対象からの信頼感上昇により、人間味向上(80/100)
> 人間形態維持時間の追加
> 分数調整 3500/ 3500分
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