第八十五話 地雷系女子に毒を吐く(注:物理)
食事中の方はご注意ください。
洋市を除く四名が教会外に弾き出された後、地雷系女子は身の回りに闇を集める。
その闇は、まるで花魁のように華やかなシルエットとなり、一見可愛らしいその姿を、禍々しいものへと変貌させていた。
「続けっぞ、おらぁ!!」
ハイテンションになった女子は、黒い両腕を鞭のようにしならせ、教会のスペースいっぱいに乱打する。
洋市は皮膚感覚を頼りに何とか避けたり隠れたりするが、動きがいやらしくどうしても反撃ができない。
教会内部の壁やベンチは、黒い鞭に破壊されることなく、当たったと思えば鞭は影となって建物内部を通るように女子のもとへと戻る。
このことから、教会自体が彼女の身体の一部なのではないかと洋市は推測した。
「チョコマカしてんじゃねえよ!!」
イライラを吐き出しながら、引き続き鞭が振り回される。
洋市もまた、反撃の機会が得られず焦っていた。
『仮にわざと当たったとして油断させても、一撃で死に至るレベルなら問題だ……何か手は……』
引き続き何とか避け続けていると、さすがに疲れたのか、女子がいったん両腕をだらんとさせる。
「はあ…はあ…クソが……」
ベンチのわずかな隙間から、女子が自分の方に注意を向けているのを目視で確認し、自分が隠れている場所はおそらく女子に見破られていると洋市は思った。
女子は、一見でたらめに鞭を振るっているようで、教会内にいる異物の存在を把握している。
あの鞭のようなものは、おそらく影だ。
影を操って攻撃しながら、自分のもとへ戻す際に、敵の情報を把握している。
正直、洋市自身は『自分のスピードなら避けて反撃できる』と思っていた。
しかし、自分の場所を追尾しているかのごとく飛んでくる鞭の動きに、洋市はずっと翻弄され続けている。
罠毒を使うことも考えた。
おそらく人間種の特徴を残していると思われる彼女に、効く可能性が高い毒も持っている。
しかし、教会という開かれた環境でどう使えばいいのか分からない。
空の瓶も持ち合わせていない。
まともにやっても、このままでは勝ち目はない。
これが洋市の、現時点での結論であった。
『……だったら、あえて誘えば……?』
ふと、洋市の頭の中に、ある考えが浮かぶ。
『変化、陰蛇、手のひらサイズ!』
洋市は特殊スキル【変幻】を意識して小さな蛇の姿に変化し、会衆席のベンチ裏に身を潜めた。
女子は、洋市のシルエットが消えたことに気付き、ニタリと笑う。
「あらぁ? かぁくれぇんぼぉ~? どうしちゃったのヨウイチさぁん?」
女子は、身体を小さくすれば自分に居場所がバレないだろうと、洋市が何らかの手を打ったのだと考えた。
こちらの手の内も知らず、浅はかな手を打ったものだと喜びを隠し切れず、急に上機嫌になる。
わざとらしく明るいトーンに変わった少女の声に、蛇の姿の洋市は戦慄する。
しかし、今のところはこちらの作戦に引っかかってくれているようだ。
女子が近づいてくる。
足音で分かる。
ブーツの靴底が鳴らす音を聞き漏らすまいと集中する。
とうとう、女子は洋市が隠れているベンチの近くにやって来た。
明らかに女子は、洋市の存在に気付いていて遊んでいる。
女子の目が、小さな生き物の姿と距離を捉える。
「……見ぃつけたぁっ」
ここで洋市が行動に出る。
『変化、ゴブリン!!』
姿を蛇からゴブリンの姿に変化させると同時に飛び掛かり、女子のすぐそばまで顔を近づける。
「んなっ……!!」
意表をついたことを洋市は確信する。
唐突に至近距離まで近づいたゴブリンの顔に、思わずひるむ女子。
『スキル【催涙毒】!!』
つい先ほどラーニングしたセミーンの毒を、洋市が全力で吐き出そうと顔を突き出す。
そのとき、女子の唇とゴブリンの唇が触れ合ってしまった。
『しまっ……!!』
予期せぬゴブリンの顔面ドアップと、唇同士がぶつかる感触に驚愕して口を半開きにした女子に対して、洋市は勢いあまって毒を全開で噴射してしまった!!
「ガハァッ!!! ゴホォ!! オェェ……!!」
洋市自身も十分に理解できることだ。
ゴブリンとのキスを望む女子など誰もいない。
そして、口づけしたゴブリンの口から悪臭を噴射されて、心折れない女子などいない。
事故とはいえ、殺し合いの最中にゴブリンからキスされたこと、そしてゴブリンの口の中にあったえげつない臭いの吐息を食らって、女子はダブルショックで苦しみ始める。
もっとも、それは洋市も同じで、敵の身体に自分の敏感な場所が触れたことによるショックは少なからず存在していた。
洋市は、自身が起こした想定外の接触から激しく咳き込み動悸しながらも、一方で自分でも驚くほどに冷静になる。
多分、この機を逃すと、自分が死ぬ。
今しかない。
殺す。
洋市がクナイ型のダガーを構え、女子の髪をつかんで首を刈ろうと決意したその瞬間。
洋市の身体は、淡い光に包まれて消えてしまった──。
──────────
洋市が教会の中で死闘を繰り広げている頃。
亜希は人気の油そば店「忍々亭」で、名物のキャビア油そばを食べていた。
『……うっまぁ!ごめんなさい洋市さん、うっまぁ!やっぱり美味しい~!!』
亜希はアプリ『アルトヤ界観光ガイド』に搭載された新しい機能を確認した後、多少の贅沢なら日本でも許されるだろうと判断し、かつて洋市と一緒に食べた激ウマ油そばに舌鼓を打っていた。
フーデリでは配送料込みで5,000円ほどだが、店内で食べれば4,500円。
亜希はたっぷりの満足感とともに店を出た。
『……これも、色々あったけど洋市さんのおかげ、ごちそうさまでした!』
青空に洋市の顔を思い浮かべ、亜希は天に向かって両手を合わせて拝む。
洋市が笑顔(想像)になったところで、亜希は洋市の様子が気になった。
『洋市さん、あっちからもう戻って来てるかな。やっぱりいったん洋市さんの部屋に行ってみようか』
亜希が職場に向かうときは、帰りがタクシーになるため、行きはバスを使用している。
しかし、忍々亭は自転車で行ける距離のため、運動がてらここまでペダルを漕いできていた。
すぐ近くにある駐輪場へ向かう。
すると、駐輪場には似つかわしくない、異様な雰囲気の男性三名が、亜希の自転車を取り囲んでいる。
『……ん……?何で私の自転車の前で……っ!!』
亜希が目を留めた三人は、麻薬か何かをやっているような表情のようで、まったく生気がない。
危機を感じた亜希は、いったんその場を離れようと走り出す!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
大丈夫。
あとはあの角を曲がれば忍々亭だ。
まだ何人か並んでたから、助けを呼べば大丈夫。
亜希が左に曲がると、そこには先ほど亜希が立っていた場所と真反対から駐輪場が見えた。
「えっ!?」
思わず声が出る亜希。
瞬間、後ろから右肩を叩かれる。
振り返りたくない。
亜希は右手を力いっぱい払い、今度こそ自分の自転車に向かおうとする。
しかし、どこまで走っても、なぜか駐輪場までの距離が遠い。
『なにこれ!どうして、どうして!?』
走りながら後ろを振り向くと、三体の、骨と皮だけの男たちが追いかけてきていた。
「イヤアアァァ!!!」
半狂乱になりながら、ひたすら距離を詰めようと走る亜希。
しかし、駐輪場はプロジェクターに映された映像のように、一向に辿り着けない場所にあるようだ。
ソフトテニスで鍛えた持久力も、次第に底が見えてくる。
亜希はとうとうへたり込み、必死にポケットからスマホを探る。
アルトヤ界観光ガイドのアプリ画面。
一度使用した、あの機能。
『助けて、洋市さん!!!』
亜希が、画面上の『召喚』ボタンをタップすると、今まさに何者かに飛び掛からんとしていた洋市が、マーブル状のゲートから飛び出してきた。
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