第八十四話 できない相談、死闘の始まり
洋市は、過去に会ったことがない人物からの挨拶を受けて、背筋が凍る思いだった。
「……失礼ですが、どちらさまですか?」
周囲の緊迫した空気の中、洋市の口から出た言葉は、一般的な日本人が発するそれであった。
狂気の主、地雷系女子は、ふん、と鼻を鳴らしながら答えた。
「知らなくて当たり前だから。アタシだって別に、好きでアンタの名前覚えたわけじゃないし」
まったく話が見えない状況で、かつ、好意的ではない相手からの返答に、洋市はさらに混乱した。
しかし、それ以上に混乱しているのは、おそらくアサンの水源メンバーだった。
息を吞むようなプレッシャーの中、かろうじてマンナが声を出す。
「よ、ヨウイチさん……知ってる人……じゃないわよね?」
「はい……ただ、あちらは私のことを」
「知ってんだよ、ゴブリン野郎」
女子はニコニコしながら、さらに攻撃的な態度を見せる。
「アンタ、アキの男でしょ?マジキモいんだけど、どういうつもりでそんなコスプレで彼氏面してんの?」
最初の挨拶が嘘のように、ややギャルに寄せたかのような言葉遣いとなった女子。
洋市はやはりギャルに知り合いなどいなかったが、亜希のことは知っているという事実から、洋市の頭には一つの仮説が立った。
「私は彼氏ではありません……亜希さんの知り合いですね?」
「同僚だよ、あっちはどう思ってたか知らねーけど」
合っていた。
洋市は、少しでも情報を引き出そうと、少しコミュニケーションを粘ろうとした。
「私のことは、亜希さんから聞いたんですか?」
女子は口角を不自然に上げた後、洋市の質問に答えた。
「聞いたっていうか、知ってた。アンタ、Talkerでゴブリンマンって呼ばれてた奴だろ?ゴブリン姿で窓破って、アキ助けたんだよねぇ?」
タイムライン型SNS・Talkerの存在を知っていることを把握した洋市は、亜希と何らかの因縁があることを確信しつつも、どういった経緯で敵対しているのかについて疑問を抱いた。
敵であった場合に、下手に揚げ足を取られないよう、洋市は端的に答える。
「はい、一刻を争う状況だったので」
そこで女子は、少し根源的な質問をする。
「ねぇ、彼氏じゃないなら赤の他人だよねあの女、なんで助けたの?」
なんで、と聞かれて、洋市もどう答えるべきか、最適解は思いつかなかった。
「……たまたまです。隣から言い争いが聞こえたので、窓を壊して助けに入りました」
魔王に煽られたことは隠しつつ、事実を述べると、女子はケラケラと笑った。
「あはは!それさあ、何の理由もなかったわけ?下心とか」
若い女にいいところ見せたかったんじゃないの?というニュアンスを含ませて聞く女子。
この女子が誰かは知らないが、これ以上誤解があると、亜希の立場を損なうかもしれない。
詳細は分からないものの、できるだけ失礼のないように、下心を否定した。
「下心で、隣の家の窓ガラスを割る趣味はありません」
毅然とした態度で自分の意見を口に出す洋市に、女子は目元をピクリと上げた。
「……それでアンタが死んでたらどーすんの?意味なくない?」
洋市は内心、この女子が面倒くさい性格をしていると判断し、感情を交えずに逆質問した。
「意味って何ですか?」
「……は?」
「あなたがいうところの“意味”が私には分かりません。何か下心がないと、人を助けてはいけないんですか?」
「……アンタ……喧嘩売ってんの?身体はゴブリンだけど心は正義のミカタってわけ?」
「そうではありません。助けられそうだったから助けただけです。そこに意味があるかと問われれば、ないのかもしれません」
本当は魔王に煽られたから、などと話すと、かえって話がややこしくなりそうなので、洋市は事実を隠した。
女子は洋市との問答の中で、不思議そうな顔をして聞いた。
「じゃあさ、アタシを助けて欲しい、って言ったら、助けてくれるの?」
洋市は、周囲のプレッシャーが一瞬収まったような気がして、交渉が成立するかもしれないと判断した。
「具体的には、どのような手助けをして欲しいんですか?」
女子はニタァ……と不気味な笑顔を見せ、ゆっくりと口を開いた。
「……アキを殺してくれる? そうしてくれるなら、洋市さんをゴブリンの姿から人間に戻してあげるし、アタシが代わりに付き合ってあげる」
洋市の身体中に、再び氷点下の空気が纏わりつく。
しかし、洋市の答えは決まっていた。
「できません」
瞬時、洋市の真上から棘状の影が落ちてくる!
『!!』
忘れていたヒリヒリ感が脳天を焼く!
直感的に洋市は後ろに下がる!
「なんだ避けんのかよ、おらっ!」
口の悪さと連動して、影はギザギザと波打った刃のようになり、引き続き洋市を追いかける。
洋市はアサンの水源メンバーに当たらないよう、自分の皮膚が感じるヒリヒリ感を頼りに、会衆席の広いスペースを走り回る。
『翔のときと違う!強い!!』
影の刃から放たれる殺気は本物と判断した洋市は、油断なくスキル【隠形】を発動し、女子から見て動き回る刃の裏に隠れ様子を見る。
「チッ、どこ行った!?」
静かに、素早く。
洋市は、自分の動きが見えていないであろう女子の裏に回り、後ろから心臓を狙ってクナイで背中を一突きした!
「いっ……たあああい!!!」
情け容赦なくクナイを刺してきた洋市に対して、女子は『信じられない』といった顔をして、その赫い瞳を潤ませる。
「お、女の子を後ろから刺すとか……」
「失礼」
ゴブリンの強化した身体能力で、女子が振り向いたところを再び裏に回り、黒鉄製のマチェットで袈裟切りにする。
上半身と下半身を真っ二つに両断したところで、洋市は手ごたえを感じながらも、引き続きヒリヒリ感は続いている。
いったん距離を取りつつ、アサンの水源メンバーに攻撃が当たらないよう、女子の真横に立つ。
呼吸を荒くしながら、敵に対して情け容赦なくなったのは、果たしてゴブリンになったせいだけなのかと自分に疑問を持つ洋市であった。
「痛っ、痛ぁっ、クソッ、なんでアタシがこんな目に……ウガアァァッ!!」
魔物のような叫び声で気合いを入れると、女子は自らの身体を影で修復し始めた。
瞬時に、洋市たちが出会ったばかりの頃の姿に戻る。
「ふうっ、ふうっ、ふうっ……!畜生、話と違う!おい!魔王!」
その場にいた全員が衝撃を受ける。
アサンの水源メンバーは、魔王が復活したという現実を、目の前にいる女子から放たれるプレッシャーから事実だと確信した。
そしておそらく、この女子が魔王と何らかのつながりがあることも。
その証拠に、女子が洋市を狙う敵だと分かっていても、四名は微動だにできなかった。
ただ一人、洋市だけは、かつて感じた翔からのプレッシャーを思い出していた。
これを機に、女子に洋市が再び話しかける。
「魔王に……魂を売ったのですか?」
女子は、一瞬で痛みを忘れたようにニヤリと笑う。
「さあね! 言わねぇよ!」
一瞬、洋市たちの後ろを円状の黒い影が通り過ぎ、その影を女子が吸収する。
影は凝縮され、今度は女子を起点に円状に広がり、会衆席の広い空間全体に衝撃が走る!
「うわっ!」
「うおっ!」
「きゃっ!」
「わあっ!」
防御する間もなく吹き飛ばされ、門にぶつかるガッタ、セミーン、マンナ、ノア。
洋市はすんでのところで椅子の影に隠れ、壁に身体がぶつかるのを防ぐ。
衝撃でようやく我に返ったノアは、洋市と共闘するためのプランを高速で練る。
その一つとして、まずは無詠唱でスピーディーに攻撃できる魔法を選ぶ。
『水切!』
ノアの足元から高速でビーム状の水が飛び、それはウォーターカッターのように女子の身体を刻もうとする。
しかし、女子の身体にはなぜか届かない。
「……やんの?」
まるで敵と認識していない様子で、ノアにガンをたれる女子。
その強烈なプレッシャーにノアは怖気づいてしまうが、その攻撃の間に左横に回ったガッタが剣を振るう。
「おらあっ!」
火を纏った剣は、間違いなく女子の身体に届いたはずだった。
しかし、女子の目の前で火は消え、斬撃は柔らかい空気にぶつかり勢いをなくした。
女子は右手をガッタに、左手をノアに向ける。
「危ない!!」
洋市が叫ぶと、ガッタとノアに黒い光線が飛ぶ。
「うわっ!」
強化された身体能力でガッタが光線を避ける。
「これはっ!」
とっさにノアは水鏡を展開し、マンナ、セミーンをかばうようにして光線の向きを変える。
光線の勢いは激しく、壁を壊さんばかりだったが、なぜか光は壁に吸収されるとそのまま壁から床伝いに女子のもとへと戻った。
女子はさらにイライラをつのらせたようで、プレッシャーのレベルはさらに上がっていく。
「……どいつもこいつも、何だってアタシの邪魔ばっかりして……」
自分の顔を右手で覆い、ブツブツと何やら言いながら、やがて気が触れたように女子は叫んだ。
「とりあえずアンタらは後で殺す!!」
直後、後ろの扉が開き、アサンの水源メンバーは全員外に吹き飛ばされる。
「「「「 !!! 」」」」
声を出す間もなく、四人は教会の外へと追い出された。
すぐに扉が閉まる。
「ヨウイチ!!」
洋市が極めて危険な事態に陥ったことを悟ったノアたちは、何とかして扉をこじ開けようとする。
しかし、扉は一向に動かなかった。
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