第七十六話 それぞれの世界、それぞれの夜
※エミと亜希の関係性が、過去話と異なる言い回しの箇所があったため修正しました。
ノアが作った埴生の宿は、洋市が思っていた以上に快適なものだった。
ノアによれば、魔法で作ったり壊したりするのが簡単なため、夏場は窓を多くして、冬場は暖炉を設けることもできるらしい。
「いやー素敵ですね、こんなお家ならずっと住みたいですよ」
褒められて鼻息を少し荒くするノア。
「もっと褒めてもよくってよ?ヨウイチ」
マンナがまた笑い出さないよう、ノアと洋市を止める。
「だめよノア、また笑ってたら魔物が来るわ。ヨウイチさんも気にしないで」
思っていたより洋市のトークが冴えていたのか、二人は森の中だというのに上機嫌である。
ガッタとセミーンも、早々に自分の寝袋を敷き始めた。
その様子を見たノアが二人に声をかける。
「あっ、そこでいいの?」
「おう」
「頼むわ」
ノアたちの動きが気になった洋市。
すると、ノアが簡単な詠唱をして、寝袋の下に魔力を送っているのが見えた。
「何をしたんですか?」
洋市が聞くと、ノアが地面を指さして言った。
「土を柔らかくしたの。硬いところで寝ると疲れが取れないでしょ?」
「そんなこともできるんですか?」
「ンフフ、そうよ、そうなのよ……とまあ悪ノリはこれくらいにして、土魔法は生活に欠かせないものだから、農地で働いている人の中にも適性がある人は結構いるのね。で、高い家具を買うくらいなら自分で作っちゃえって人がいて、私はその人に教わったの」
地べたに布団を敷いて快適にするのではなく、地べたそのものを柔らかくするとは!
なかなか斬新なことを考えるものだ、と洋市は思った。
驚いた様子の洋市を見て、セミーンがノアの魔法について解説する。
「割と四元素魔法は生活とつながってるから、色々なところで使われてんだ。で、ノアはそれを応用するのが得意なんだよ」
ガッタが昔を思い出したように笑顔で話を広げようとする。
「そうそう、ギルドカードの件も……」
マンナが明日のことを考えて話を止める。
「長くなるからダメ、また今度ね」
「「えー」」
ノアとガッタが子供のような声を出し、セミーンはくっくっと笑っている。
小さい頃からずっと一緒にいるような雰囲気の四人を見て、洋市はなるべく邪魔をしないように心がける。
しかし、洋市は自分の寝袋がないことを思い出してしまい、やむなくノアに声をかける。
「あの、ノアさんすみません、実は……」
「ああ、そうだったね、寝袋ないんだっけ。じゃあ寝床作るわ」
そう言って、ノアは洋市の就寝スペースで詠唱を始める。
「土の精霊よ、野ざらしの旅人の心細さを、その雄大なる御心で包み込み給え。『柔地』!」
ノアが魔力を込めたスペースは、たちまち腐葉土のような色合いとなり、見ただけでふかふかであることが分かる。
発酵臭や腐敗臭もなく、手で触れてみるとぽかぽかと暖かい。
「これは……」
「そこにそのまま寝て大丈夫。ただね、土が服につくと洗うの面倒だから、裸で寝ることをおすすめするわ」
土の上で裸で寝る!?
洋市は、まるで“大自然で暮らす部族”認定された気持ちだったが、それ以上にブロガーとしての好奇心が勝った。
ノアが寝方を説明する。
「土の層は二層になってて、手で掘れる層とクッションみたいになってて掘れない層があるから、適当に手で掘って土の中に入って寝ればいいから」
言われた通り、ローブや衣服を脱いだ洋市。
ノアを含め、アサンの水源メンバーには裸の姿を見られているが、特に羞恥の視線は感じない。
『ああそうか、俺、ゴブリンの姿だもんな。ペットみたいなもんか』
そう納得し、ゴブリン姿のまま裸で土の中に入る。
中は一般的な布団のようでもあり、電気毛布で暖められたようでもあり、それでいて暑すぎない不思議な温度だった。
「これは……よく眠れそうですね」
温浴効果もあって、肩のコリなども取れそうだと思う洋市。
ノアがふふん、と鼻を鳴らす。
「いいでしょう!これね、もともとはアサンシャの砂場で、砂に埋まってる人を見てヒントを得たの」
セミーンが、故郷の風習を変に誤解されないよう修正する。
「埋まってんじゃねえ、埋めてもらってんだよあれは、お金払ってな」
洋市はピンときた。
「砂風呂ですか?」
「なんだ知ってんのかヨウイチ。アサンシャにはな、なんて言ったらいいか……暑い海みてぇな場所があって、そこの潮が干いた後の砂場は風呂みたいに暖かいんだ。あっちにもあるのか?」
「ええ。聞いたことがあります。しっかり汗をかけて老廃物が排出されると」
妙なところで似たような文化があるものだと、セミーンと洋市は軽く笑い合った。
アサンの水源の四人は、洋市という“異物”がパーティー内に入ったにもかかわらず、不思議と空気が和んでいるのを感じた。
久しぶりに、家族が遠方から来たお客さんを招いて語らうような、そんな時間を懐かしく思っていたが、マンナが明日に備えて気持ちを引き締める。
「はいはい、明日も早いんだから、照明消すわよ」
「「「はーい」」」
母親に諭された子供のように、パーティーの面々はそれぞれの寝床に入る。
マンナは照明型の魔道具を停止させると、念のため窓際から周囲の様子を窺って、それから自分の寝床に向かった。
───────────
洋市たちがダンジョンアタックに向けて行動していた頃、現代日本・須田市でまったりしようとしていた亜希。
しかし、一人ぽつんとマンションの部屋で過ごしていると不安がこみ上げてきて、どうしても自力で気持ちを整えることができずにいた。
そこで、情報収集も兼ねて、亜希は同僚キャストのエミに声をかけた。
日曜日はお店が休みということもあって、エミも自宅で飲もうと思っていたらしく、それなら一緒に飲もうと話が弾み、エミは亜希の部屋に来ている状況だ。
「「エミとアキ、二人のバックに……カンパーイ!!」」
内輪だけで行う飲み会で使われる、バック(歩合)が入るようにとの祈りを込めたコールを行い、二人は楽しく飲み始めていた。
キンキンに冷やしたタンブラーに、同じくキンキンに冷えたビールを注ぎ合い、ゴクゴクと喉を鳴らしてタンブラーの中身を減らしていく。
「一時はどうなることかと思ったけど、アキちゃん、思ったより元気そうで良かった」
「ご心配をおかけしました!まだ本調子じゃないですけど、今はゆっくりやっていこうと思って」
「うんうん、それがいいよ絶対!アキちゃんサポート上手いし、みんな心配してるからさ、全然木金とかに入ってくれてもいいんだよ?」
「ありがとうございます……私もそうできたらいいんだけど、やっぱり忙しい日はまだ不安で」
素直に心配する気持ちをぶつけてくれるエミに、亜希は心から感謝するとともに、自分の事情にエミを巻き込みたくないとも思っていた。
しかし、直近の問題は翔の死という形で、しかも異世界で証拠隠滅も完了していることから、その点においては安心できた。
一方のエミは、翔がまだ捕まっていないというニュースを知っているので、亜希の不安を軽くできるような言葉を選んでいた。
「アイツもさ、ここまで大事になっちゃったら、さすがに須田には戻れないっしょ。捕まえてくれって言ってるようなもんだもん」
世間的に、翔が『とんでもない悪事を働いて逃亡中』の凶悪犯であることを思い出し、亜希は話を合わせる。
「それは本当にそう、私があの男でも、須田に戻ろうとは思わないから」
「ねー……でも、もし不安だったらさ、私でよかったらいつでも呼んでね!宅飲み大歓迎!」
「嬉しい!でもエミちゃん、いっつも呼んでたら彼氏さんに申し訳ないかも……」
「いいのいいの、事情は説明してるから、一緒に連れてくるようなこともしないし、安心して。私もアキちゃんと飲むの楽しいから!」
他愛ないガールズトークの中でも、しっかり不安に寄り添ってくれるエミの存在は、亜希にとって心の支えの一つだった。
そんな幸せな時間。
ふと、ミナのことを思い出した。
「そういえば……エミちゃん、ミナちゃんのこと、何か知ってる?」
ミナ、という名前を聞いた瞬間、エミは顔をくしゃりと歪ませた。
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